もうここに来て一週間経つな、と思いながら、カレンダーを見て、ケネスはハッとなる。
 今年も今日が来てしまったのか、と思いながらも花とお供え物を買わなければと考えていた。
 今日はケネスが新米だった頃、教えてくれていた直属の上司の命日である。彼は警察という仕事を真っ当し、そうして仕事中に息を引き取った。ケネスの中ではジムと共に尊敬できる人間である。
 そんな尊敬する人のお墓参り。仕事が終わってから行ってもいいのだが、墓場は元々ケネスが住んでいた場所。残業付きの仕事を終えてからの墓参りは少々骨が折れる。
 今日くらいは早退させてもらおう、といっぱいある有給半分を使うべく、退屈そうに足を組んでいたハロルドに、ケネスはゆっくり肩を叩いた。ハロルドは触られたところを払いながら、ケネスを汚い物を見るかのように睨む。

「なんだよ」
「…お前、ほんとリカードの前と違うな。リカードが見回り行くと態度変えてよ」
「わーわーうるせーな。で、何。なんか言いたいことあるんでしょ」

 ハロルドの言うとおり、ケネスはハロルドに用があるので肩を叩いた。こちらだって話そうとはしていたのである。早く話せと言わんばかりに話を催促するが、先に話を逸らしたのはお前だろう。不満を抱えているケネスだったがこんなに簡単に聞いてくれるとは思ってなかったので、訝しげにしながら口を開く。

「今日ちょっと用事があってな。少し早く上がっていいか」
「…今日は俺も用事あんだけど」
「どーせあいつらとの密会だろ、俺はなあ…」

 自分は大事な用事なのだ、と見下したように言えば、ハロルドはケネスを睨み付けた。さっきとは比べものにならないくらいの殺気である。ケネスが思わず口を噤むと、ハロルドはそっぽを向いて声を出した。

「あんたが俺の何を知ってるのさ」

 じゃあ、お前は俺の何を知っているんだ。言い返してしまいそうになったが、大人気なくなってしまうので止める。それにハロルドが言っているのも分かる、名前のことと五天王ということ以外、ハロルドのことは何も知らない。それなのにまるで「お前には大切な用事は五天王に会うことくらいしかないんだろう」的な事を言ってしまったのだ。ケネスは悪気は無かったが、無神経過ぎたと思う。ハロルドも五天王の一人と言えど一人の人間、警察をやっていることでもう凄く驚いたが、他の五天王とは違い指名手配にもなっていないハロルドは普通の人生を送れるのだ。例えば友達と遊んだり、恋人を作ったりもできる。だから用事があると言っても、普通のこと。それを否定したようなので、失礼なことをしたと反省しながら、墓参りは今日中なら出来るし夜でも自分が怖いのを我慢すればいいので今回は折れることにした。

「すまん、俺はお前のことなんも知らないな。大事な用なら仕方ない、俺は遅くなっても日を跨がなきゃ大丈夫だから今日はお前が先に帰れ」

 そうだ、それがいい。と勝手に決めつけ、ケネスは見回りに行ったリカードの帰りをそわそわと待つ。何日経っても仲間が見回りに行くのを待つのは心臓に悪かった。少しでも遅いと何かあったのでは、と心配になるからである。外で待っていようかと思ったと同時にハロルドが立ち上がった。そうして、こちらを見る。

「…あんたさ」
「リカード、只今戻りましたー」

 おかえりー、とリカードの頭を撫でながら返すとリカードはただいまです、と笑った。最初会った時より可愛らしい笑顔を見せるようになったと思う。そしてハロルドの顔を見ると、ハロルドの顔は酷く歪んでいた。そういえば何か言いかけていたな、と思いハロルドの目を見る。

「ハロル…」
「リカード、ケネスさんに甘えない」
「うう、はい」

 名前を呼び掛けた時、ハロルドは被せるようにリカードの首根っこを掴んだ。こうやって同僚を叱るところなど、ケネスと二人きりの時の態度では想像つかない。よくもまあ、こんなに猫を被れるものだ。
 もしかしたら、こっちが素なのかもしれないが。
 悲しげに目を伏せるハロルドの顔を思い出して、これが素ならばいいと思う。悲しい過去など持つものではない、とも。

「…じゃあ俺、早退しますね。あとはよろしくお願いします」
「はいよ」
「あれ、ハリー早退?」
「ああ、用があって。ケネスさんに迷惑かけないんだぞ」

 ハロルドは心にも思っていないことをリカードに言いながら、ロッカーへ姿を消した。ケネスはハロルドの姿が消えるのを待ちながら、ふと考える。肖像画事件の時はまさかインジブルと再会するとはおもっていなかった。そして、まさか、五天王とも次々とコンタクトを取った。
 だがその中でひとり、だけ姿を現さないものがいた。あの日以来、彼が亡くなった、今日以来。会いたくも、ないけれど。

「あいつと、会ったのも今日か」
「え?」
「あ、いや、なんでも」

 リカードは不思議そうにこちらを見たが、ケネスは続きを話す気にはなれない。リカードもそんなケネスを見て、黙ってパソコンと向き合った。



 パーシーの夜は長かった。

「ねえ、パーシー。今日はここに泊まって行ってよ」
「どうしようかな、今日は大きな仕事があるんだ」
「ふふ、私みたいな馬鹿な女からお金を取り上げる?」

 余裕のある表情でパーシーを見上げる彼女の唇は潤っていて、思わず目が行く。女は気持ちいい、一緒にいると、気を遣わなくていい、怯えなくても。
 だが、それと同時に憎しみすらあるのだが。
 パーシーは彼女の唇に口付けると、彼女は色っぽく笑った。彼女からはいい匂いがして、包まれたくなる。白いシーツを引っ張って彼女と共に、波にのまれた。そして深いキスをして、
 一部を見ていたらまるで二人は愛し合っているように見えるだろう。だがこの一連の動作にパーシーは愛情など持ち合わせていなかった。だからこそ、彼女の言葉は否定しなかったのである。今日の大きな仕事とはまさにこの女。
 大富豪のジジイどもと結婚しては金だけ取り上げる、絶世の美女。金は山ほどあるだろう。
 彼女に目を付けたのはトニーだ。彼の情報は時にはエイルマーを超える。パーシーもそろそろお金も尽きてきた頃だし、最近稼いでいたハロルドも潜入捜査中だ。派手な動きは出来ないので、渋々パーシーが大きな仕事をしなければならない。

「愛してる」

 彼女の手が絡まってきた時、目を瞑った。だめだよ、離さなきゃ、そんな言葉は出てこない。だってもう、手遅れなのだ。彼女の心が溶けて行くのが分かる。もう彼女は落ちて行くしかなかった。

 さて、ここである男たちの話をしよう。彼らは普通の人間では持ち合わせていない力を持っていた。
 彼らはその力のせいで人一倍苦しんできた為、名前も変えて自分に苦を与えたものに復讐を誓うこととなる。だが、どうだろう、復讐が終わった時には自分には何も残ってはいなかった。そして気付くのだ、自分たちはもう後には戻れないと。
 ある者は感情的になると常人では出せない力が出せた、ある者は不思議な力を宿る物を作れた。
 だが、その力を使うにはリスクもデメリットもある。常人の力を出した時には理性が効かなくなる、自分の思うまま、自分の中で何かか歯止めを利かせない限り止まることは出来ない。それに不思議な力を宿るものは作れるのだが、自分の思い通りには作れない。作った物が勝手に宿る力だし、思い通りには使えない力で時には望んでいないものも作ってしまった。そんな不完全な力ばかり、彼らは望んではいるはずもない。
 ある者は、キスをした人を虜にする力があった。彼もまた、望まない力が働いてしまう。

「俺を好きになっちゃいけないんだよ、馬鹿だなあ」

 パーシーはそう言いながら、冷たくなった彼女の手を撫でた。先ほどまで暖かかった手、今では彼女はマネキンのように固まっている。
 キスした相手を虜に出来る。それは自分に興味のない人物、または自分が興味のない人物だけ。相手がもし、そして自分がもし、ひと時でも相手を好きだと思ってしまえば

「死の闇が待ってる」

 虜になるだけではなく真っ逆さまへ、墜落して行く。自分は愛の伝道師ではない、ただの死神だ。
 自分は誰にも愛されず、そして自分も愛さない。作り作られた愛を信じて行きていくだけだ。
 パーシーは彼女の枕元に手を入れると、下に隠されていた袋を取る。中を見れば鍵があった。きっとボディガードに守られているので、隠す必要もないのだろうが念のため分かり易いところでも隠しているというところか。パーシーは鍵を一回投げると金庫を開けた。そこには膨大な金。カバンに乱雑に詰め込みながら、ゆっくりと仮面を取り出した。歩くのなんで面倒だ、ハロルドから預かったこの仮面で行き来するのみ。思いながら仮面をして思い描く場所に飛ぶ、みんなが待っているあの場所に飛ぶ、筈だった。

「あれ」

 そうして飛んできたのは、暗い道路の歩道の隅である。思い描いていた場所とは違う、人通りもなかなかある道路だ。
 そうか、瞬間移動するとき他のものに気を取られないようにするのが条件だったな。
 パーシーは仮面をかぶる寸前、彼女が目に入り少し笑ってしまったのである。なんだが金目当ての大富豪を見送っていた女が、金を盗まれて見送られる側になるとは酷く滑稽だったからだ。やはり幸運の女神も女だ、女の敵はこんな仕打ちを受けるのか、と腹が立つ。
 意味のないことを淡々と考えていながらも、顔を見られる前にもう一度仮面をしようとしたが、手が滑ってしまい地面に落ちた。動揺してしまったせいだ、らしくない。落ち着かせながら仮面を拾おうとした時、通りすがりの人に仮面を蹴られ、仮面はまるでサッカーボールのように空を舞った。パーシーが後から語るに、その瞬間はスローモーションのようだったという。
 無残にも道路に投げ出されたハロルドの仮面。そうして、ぱりんと綺麗な音がして、パーシーは目に涙を浮かべた。来た車に仮面は轢かれてしまった、いや、正確に言えば粉々に潰されてしまったといった方がいいであろう。パーシーはあ、あ、と言葉にならない声をあげながら暫く仮面を見ていた。だがもちろん、この国の人間は優しくはない。人を轢かない限り止まるはずもなく、仮面を潰した車は何事もなかったかのように通り過ぎて行った。パンクしてしまえ、心の中で叫ぶ。
 パーシーはハロルドはもちろん、トニーやエイルマーに怒られることにも恐れたが、大金を片手に見るからに物騒な街に飛んできてしまったことが怖かった。金目当てにやって来た輩を自分の力ならばねじ伏せることは可能だろうが、見知らぬ街から自分の街まで歩くのは不可能に近い。なにより、パーシーは体力がないのだ。

「おおい、うそだろお、ここどこだよ」

 五天王の誰かに連絡、と思ったがこの前「誰が野郎の番号登録するか」と踏ん反り返って言ったのは自分である。どうせ隠れ家に行けば誰かに会えるし、と余裕ぶっこいていたのがあだとなった。適当に女を引っ掛けてもいい。だが、ずる賢い女という生き物は自分の身を安ずることばかり考えているのだ。多少スリルが好きな女も得体の知れない大金を持った男にのこのことはついていかないだろう。暫く歩き出し、疲れた足を休める。せめてここが、どこだか分かればいいのに。
 そうして顔を上げた先には、電柱柱。そこに書かれた落書き、かっこいい色で一言。
 カジミール、俺らの町。
 何処かの若者が書いたのだろう。お前はこの町をまとめる力があるのか、と少し馬鹿にしたように笑って目を逸らした。だが、また落書きを見ることとなる。
 カジミール、だと!?
 たしか、カジミールはハロルドが潜入捜査していたところだ。これはいい、警察に見つけられてもハロルドが手を回してくれるだろう。ならばもうこれしかない。パーシーは携帯を取り出すと、警察の番号へと掛けた。歩くよりパトカーで送ってもらった方が何倍もいい。
 やはり女神も女だ、女の味方はするが最後には俺に微笑むんだな。と、呑気なことを考えていたせいか。彼は大事なことを忘れていた。
 ハロルドがいる町にはもちろん、彼もいるということを。


 











 





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