見回りに行ってきます、と言ったきりリカードは一時間と帰ってこない。徐行していても40分もあれば回れるはずのコース、まあ車を降りなければ、だが。まあ、リカードは優秀な警察なので心配ないとハロルドが言ったことを信じ、ケネスは大人しくしていた。ハロルドとケネス、二人とも非常時に備え銃の手入れをしながら、テーブルに向かい合わせに座っている。ケネスはこの小さな建物を見回すと感心しながら呟いた。

「警察署以外にも、点々と警察があるんだな」
「まあな、いきなりハーツリヒに入れたあんたにはわかんないだろうけど普通こーいうとこで下積みがあるんだよ」
「他の国から取り入れた交番ってやつか」
「そ、さっすがケネス警部補、飲み込み早い」

 バカにしたように笑うのだが、やはりその横顔もただの青年。誰がこんな感じのいい男をあの“インビジブル”だと思うか。ケネスは銃を脇腹にしまうと、ハロルドを睨む。

「覚悟しておけ、絶対隙ついてお前を捕まえるからな」
「はいはい、できるもんなら。まず証拠を探そーか、俺にはお前の目撃証言以外、インビジブルの要素もない。撃たれて姿は見られてたが、顔は見られてねーからな」
「ぜってー証拠見つけてやるからな、て、そういえば、足」

 余裕ぶるハロルドに憤慨しながら思い出したよう足に目を向けた。ハロルドはその視線に気付いて制服のズボンを膝まで上げる、そして見せた足は無傷そのもの。まさか、とケネスは思う。スナイパーに撃たれたキズはそう簡単になくなるものではない、スナイパーとて仕留めるつもりで武器を選んでるはずだ。実際ハロルドも一人で歩けないくらい弱っていて、ケネスは驚いてハロルドを見ると、 ハロルドは笑った。

「なあ、あんた俺には特別な力があるって言ったら、信じる?」

 特別な力、オウム返しするケネスにハロルドはにやにやするだけである。確かにハロルドは驚かされるばかりだ。特にあの仮面、いわば瞬間移動、の力か。そしてこの怪我、何故。頭に様々の考えを巡らせていると、ハロルドはいきなり大声で笑い始めた。ケネスはついていけずにハロルドを見ると、ハロルドはケネスの鼻を摘まむ。

「そんな力あるわけねーだろ、ほんとあんた単純バカすぎるだろ」

 笑い過ぎて涙を流すハロルドに、ケネスはムカついてふるふると震えて鼻を摘まむその手を掴もうとするが簡単によけられてしまう。ケネスはあー! と大声を出して、悔しがった。

「うっせ、おっさん」
「おっさんって言ってもお前24、25そこらだろ。あんま変わらねーだろーが!」
「ごめんね、俺の方がビジュアルも勝ってるし、なにより若さが違うよ。なんか疲れきった顔してるし、あんた」

 確かに十代にも見えるキラキラ輝いた彼を見て、ケネスは言い返せなくなる。大学にいた時からも勉強ばかりであったし、大学出てから働きまくったこの8年、休むこともなかったため遊んだ覚えもない。そんな自分に比べて、彼はやはり若さが残っていた。おっさん、と呼ばれても仕方がない。

「…もう勝手に呼んでろ」
「拗ねちゃって、可愛くねーぞ」

 まるでランドンのようなからかい方に慣れているケネスは、睨むこともやめて疲れきった顔で腕を組んだ。きっとこのまま言い合っても切りが無い。諦めた時に、いきなり思い出した、ローナのこと。

「あっ! ハロルド!」
「なんだよ、うっせーな」
「エイルマーに連絡をしたいんだ、連絡先知ってるか?!」

 さすがのハロルドも不意打ちに驚いたようで、うっとおしそうにケネスを見るがエイルマーの名前を言われてもっと顔を歪ませた。よからぬことを考えているのでは、と思ったハロルドの心を読むようにケネスは慌てて言い直す。

「ある女性を守るはずだったんだが、ここにきてそれが出来なくなった。エイルマーとはあって、その後役を任せたいというか。まあ、断られるかもしれないんだが」

 エイルマーに任せろと言われたのにあんな追い出し方をしておいて、今更何を、と言われるかもしれないが頼れるのはエイルマーしかいなかった。エイルマーとコンタクトを取るのにはかなり時間が掛かるし、それなら仲間が目の前にいるのだから頼る他ない。
 また、こんな頼み方をしてもハロルドは教えてくれるはずもないのだが。どうやって頼もうかと思っていると、ハロルドは抑揚のない声で一言言った。

「女ってローナとか言う奴?」

 五天王は定期的に情報交換でもしているのか、そう聞こうとしたがハロルドもなかなかのやり手なので聞かなくとも耳に入ってくるのかもしれない。黙って頷くと、ハロルドは机に肘をつくとケネスを見た。

「あんたに言われなくったって、エイルマーは守る気みたいだよ。命懸けでね」
「命懸け?」
「まあ、あの件はエイルマーに任せとけよ。部外者は関わんな」

 ハロルドの分かったような口の聞き方にケネスが言い返そうとしたが、確かにエイルマーとコンラッドはなにかありそうだった。決着をつけたかった、だとか、仕返し、だとか。コンラッドもエイルマーを知っているからこそ、挑発しているように見えた。こうなると、ハロルドの言うとおり、部外者は自分だった。
 何も言わなくなったケネスを横目で見ると、ハロルドはため息をつく。リカードはまだか、と頭の片隅で思った。

 



 部屋の中に存在する何百という暗闇に、彼女は何度恐怖したことだろう。寝るたびに考えていた。寝て覚めた時に目の前にストーカーがいたらどうしよう、新聞を取ろうと玄関に立ち寄った時にドアの向こう側にいるのでは。被害妄想に近いのだが、人の想像は稀に現実となる。彼女は物音に目を覚まし、目の前の男を見たときにその瞬間を体験した。

「あ、あなたは」
「やあ、俺のローナ、おはよう」

 ローナはシーツを力一杯掴むとベットの背もたれへと後ずさりするが、男はそれを楽しそうに見ている。そうして、ローナはファイルに貼られた写真しか見たことのない顔を思い出した。だが、その顔とは程遠い。他の誰かということも考えたいが、ローナはあいにく一人暮らし。その家に入ってくるのは、一人しかいない。ストーカーだ。そのストーカーとは。

「コンラッド?!」
「は、は」

 渇いた笑いがローナを包むが怯まずローナは横目で携帯を見た。この前来たケネスという警察、他の警察とは違いわざわざ私用の携帯の番号まで教えてくれたのである。だがそれも、大きな手により遮られてしまう。

「いや、助けて、誰か!」
「ふは、誰も来ないぜ、さあ泣け泣くんだよおお」

 恐怖から腰を抜かしてしまいうまく歩けなくなりながらも、必死でローナをからかいながら追い掛けるコンラッド。家にあるありとあらゆるものを投げつけるも、コンラッドはびくともしない。玄関の目の前へ着き、扉を開けようとしたが、コンラッドに足を引っ張られローナは顔面を床へ叩きつけられた。痛みに唸るローナに馬乗りになりながらコンラッドは嬉しそうに見つめると、大きな拳を大きく振りかぶった、がコンラッドはその場から女を持ち上げ壁に寄る。すると、コンマ数秒の差で床には大きな銃声と共に弾が撃ち込まれた。

「彼女から離れろ」
「っ、てめえ」

 人質をとるように彼女の首筋をナイフで切りつけるコンラッドの睨みつける先には、こちらに銃を向けているエイルマーの姿がある。コンラッドはくそっと声をあげた。

「邪魔するな! 俺には時間がない、早くこいつを殺して目に焼き付けたいんだよ!」
「勝手なこと言わないでくれる。誰がそんなこと許した、手を離せ、この変態屑野郎」

 中指を立てて挑発すれば、コンラッドのおでこに青筋が立つ。

「彼女は渡さない、いまから彼女にはいっぱいいっぱいいっぱい泣き叫んでもらうからね。だけど彼女が終わったら、君も遊んであげる」




「ただいま戻りましたー」
「無事かリカード!」
「へ? は、はい!」

 のんびりとした喋り方で入ってきたリカードに、ケネスは勢い良く駆け寄ると身体中を叩いて安否の確認をした。リカードはまさかこんなに心配させると思っていなかったのか、困ったように背筋を伸ばす。

「随分遅かったな、ケネスさん心配してたんだぞ」
「そ、そうだったんですか。すいません、道を聞かれて案内してたらこんな時間に」
「君は方向音痴だからな」

 ハロルドがからかうように笑うとリカードは顔を真っ赤にして目を逸らした。そして素直に謝ってくるのだから、ケネスからしてみればリカードが可愛くてしょうがない。
 だがそれに比べて、このハロルドは生意気すぎる。リカードの前ではケネスに敬称を付けたり、紳士的な対応をしているが二人きりのときと言ったら彼は我儘な上自由奔放だ。あれをしろ、これをしろと事務仕事を先輩のケネスに押し付けて自分は呑気に紅茶を飲みながらリカードを待っていた。まあ、それはケネスがポーカーで負けたせいでもあるが。

「今日の見回りはきつかった」
「そう、ならじゃあもう今日は夜番は俺一人でやるよ。ケネスさんもまだここ来て慣れてないだろうし、リカードも疲れたろ。二人で家に戻っていて」

 じゃあお言葉に甘えて、とリカードが退勤を押したと同時にケネスとハロルドは目が合う。早く帰れ、とでも言いたげな鋭い眼差しにケネスは腕を組んでハロルドを見た。

「いいや、ここは危険な町と聞いたぞ。なら一人は危ない、俺も残る」
「いいですよ、もともと俺ら二人の時は一人ずつ交代で夜番してましたし。」
「そうですよ、ケネスさん。ハリーこう見えても結構凄腕なんです」

 それは痛いほど知ってる。
 思いながら顔を歪めたケネスを見て、ハロルドは笑いこらえながら椅子に座り直した。そうしてケネスは初出勤の日を無事に終えたのだ。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -