今日は一日、フリーだ。ケネスは次の日が休みの日は夜遅くまで起きている。その事あってか、休みの日起きるのはいつも昼過ぎだ。今日もゆっくり休むはずだったが、思わぬ来客のせいでケネスは起こされる。

「ローナさんの監視はちゃんと俺がやるから、ケネスはコンラッドの件から離れてくれるかな」

 そういって腕を組みながら、ベッドの横に立つのは無表情のエイルマーだ。今日も格好いいと寝ぼけ眼でエイルマーを見ていたがすぐにおかしい事に気付き、体に掛けていたシーツと共にケネスは壁に張り付く。

「な、ななな、なんで、おまっ」
「さあ、なんででしょう。ところでお願いの答えはOKってことで良い?」

 そうやって笑うエイルマーは、何を考えているのか本当に分からなかった。お願い、それはローナをエイルマーに託すこと。確かにエイルマーの腕は五天王に入るくらいだし、こうやって申し出て来ると言うことは何か手があるということだ。だがケネスは寝起きの頭で、よく考えてみる。
 あの日、ローナを守ると約束した。別れ際、ローナがあんな悲しげな表情をしているのを見て、一人にしたくないと思い、警察として国民を守るために全力を尽くそうと思う。それなのにエイルマーに一言言われて、その決心を分かりました、と簡単に折るか。ケネスはシーツをきちんとたたみながらエイルマーを睨んだ。

「NOに決まっているだろ! お前は殺人を冒していないとしても犯罪を冒していることには変わりない。ローナさんを任せられる訳がないだろう!」
「って、言うと思った。本当面倒くさい性格してるね」

 ケネスはエイルマーを指した指を固まらせる。ランドンに「お前は変な所で頑固だ、面倒くさい性格してるな、だからその歳でも彼女できねーんじゃねーの」とよく言われるが、そのワンフレーズを言われたからだ。面倒くさい性格、仕方ないだろう、これが俺の性格だ! 思っているがあながち間違ってはいない。確かに自分で自覚はあったし、治そうとも思った。だが、あれは28才の頃、そうだ、無理だと悟ったのである。それからケネスは開き直って今に至った。

「…ああ、そうだよ、俺は面倒くさい性格だよ、だから彼女も出来ないんだよ! だからこそ絶対曲げるもんか、俺がローナさん守る! お前は黙って五天王が悪さしないように見張ってろ!」

 半ギレ状態のケネスにエイルマーはハットの柄を撫でる。やってしまった。いつも人と話す時、相手の様子を伺って言葉を選ぶエイルマーにとって相手を怒らせることはまずない。だが、今は自分に余裕がないこともあってかケネスと言う単純人間の逆鱗に触れてしまった。これでは交渉がうまくいかない、どうしたものか。
 怒りながらも顔を洗いに行ったケネスにエイルマーはため息をつく。こちとら命の危機がすぐそこまで迫っているのだ、断られたからといって簡単に折れるわけがない。軽く靴を鳴らすと、顔を洗い終えて歩いてきたケネスの腕を捉えた。ケネスは反撃する暇もなく、壁に叩きつけられる。痛くて小さく声をあげると、エイルマーはケネスの顎を指で上に向けると目を合わせた。

「頼んでダメなら実力行使でも良いんだけど」

 そういいながら、エイルマーはケネスの両手首を片手で一括りにするとゆっくり顔を近付ける。そこで怯むかと思いきや、ケネスは思い切り息を吸い始めた。なにかとエイルマーが手の動きを止めれば、ゴツンと大きな音がする。その音と同時にエイルマーはおでこが痛み、目の前に星が散らばるのが見えた。頭突きをされたようで。

「な、にす」
「なにが実力行使だ、俺と同じくらいの実力のくせに」

 ケネスはふんと鼻を鳴らすと、頭突きの拍子、手を離したのを良いことに逆に手を掴むと無理やり玄関まで連れて行く。そしてドアを開けると力の限りエイルマーを外にぶん投げた。尻もちをつくエイルマーにケネスはにっこりと笑う。

「また出直して来い、坊ちゃん」

 そういってドアを閉めた。エイルマーは暫くそこに座っていたが、立ち上がりスーツを払うと身支度を始める。そうしてドアを一発蹴ると、大きい声で叫ぶ。

「後悔すんなよ、くそ警察!」

 その場に五天王が居たならばエイルマーの言葉遣いに驚いていただろう。だがここはごく一般の市街地、道ゆく人が少し振り返る程度。エイルマーはそれがまた恥ずかしくなり、舌打ちしながら踵を翻した。
 ケネスは、というとエイルマーが帰ったのを確認すると一息ついてソファに腰掛ける。寝起きで機嫌が悪い、尚且つ怒っていたこともあるがさすがにやり過ぎたかと思いはじめた。あの、国だけではなく世界が恐れる五天王の一人にあんなことをして自分の命が心配になってくる。感情が荒ぶると後先考えられなくなるのはケネスのくせだが、折角守ってくれるといってくれたエイルマーにあの態度は無かったか。だが、壁に押し付けられたのにはカチンと来たし、同性、しかも完全年下であろうエイルマーに力で負けてしまったことが増して腹が立ったのだ。
 この性格、治さなきゃな。うん。
 五天王の仕返しにビクビクしながらも、ケネスは珈琲をいれながら心を落ち着かせる。まあ、大丈夫かな、と思い始めたとき、インターホンが鳴りケネスは情けない声を出しながら体を跳ねさせた。玄関を見ると、ジリジリ近寄る。何かが来ても身を守れるよう念のためその場にあった靴を両手に鍵を開けた。そして開かれたドアの前には。

「早く出ろよな、暇人」
「ら、ランドン?」

 先ほどまで考えていた、ランドンだった。ケネスはかなりビクついていたのでランドンは不思議そうな顔をする。

「なんだよ」
「いや、なにも。何の用だ?」
「ああ、まあ話は部屋に入ってからだな」

 こいつどんだけ図々しいんだよ。
 心の中で悪態つきつつも、ランドンがケネスの家に訪れることなどなかなか無いので大切な話だと悟り部屋にあげる。部屋に上がるなりランドンはソファに座り、テレビをつけ始めた。ケネスはもう一つ珈琲をいれるとランドンの前に出す。一口飲んで、やっとランドンは口を開いた。

「この前巡査部長が通り魔に殺された事件、あったろ」
「あ、ああ、俺から奪った仕事だろ」
「はは、そうだっけか。その事件に当たってからさ、誰かに見張られてる感じすんだよな」

 ケネスはランドンの顔を見てびっくりする。今まで見た中で一番臆病で、何かに恐れているといった表情。自信家で誰にも負けないランドンがこんなに恐れている所は初めて見た。それに、いつも馬鹿にしているケネスに相談するなど余程困っているのだろう。ケネスはランドンの隣に座り、俯くランドンと目を合わせた。

「もしかして、犯人につけられてるのか?」
「そうだろうな。犯人探しの途中に警察がやられる話は聞いたことあるが、まさか自分がされるとはな。今俺はいつ襲われても可笑しくねぇ」
「でも通り魔くらいなら、ランドンだったら蹴散らせるだろ」

 普段の威勢はどうした、そういう意味を込めて大きな背中を叩くとランドンはケネスを見た。そしてゆっくり、ケネスの手に指を重ねる。

「きっと、ただの通り魔じゃねえ。俺このままやられちまうかも。あれかな、お前に意地悪してた罰が当たったのかも」

 小さく笑うランドンは、本当に弱っていて。ケネスはランドンの手を強く握った。そうしてこちらをみたランドンの顔を叩く。驚いたランドンの表情を見て、ケネスは笑った。

「お前が俺に意地悪してた分は俺が返す! 神様とかが与えるもんじゃないからな。だから大丈夫、パパがそんな顔じゃ奥さんも娘さんも心配になるだろ」

 な、とケネスが言うとランドンは黙ってケネスを見つめる。そして、大きな体をちいさく縮こませるとまるで子供のようにケネスの肩に顔を埋め甘えてきた。長いことランドンと過ごしてきたがこんなことをしてきたことは無い。よっぽど弱っているのだ、と分かりケネスは安心させるようにランドンの背中を一定のリズムで撫でた。最初手を払われたが、すぐに抵抗は止める。ランドンにはかりがあるし、彼には奥さんとまだ小さい子供もいる。死なれては困るのだ。色々考えていると、ランドンは顔をあげてこっちを見る。なんだ、と思えば鼻を摘ままれた。

「っつ」
「まあお前が俺に意地悪し返すのは無理だろうがな」
「ああ?!」

 言い返そうとすると、ランドンの顔から先ほどの弱々しい表情は消えていて、いつものように余裕のある表情に変わっている。
 ムカつくけど、こっちの方がいいな。
 ケネスは思いながら、ランドンに言い返した。



「じゃーな、明日寝坊すんなよ」
「しないわ!」

 ケネスが怒るとランドンは笑いながら手を振る。こんなに優しく笑うランドンを久しぶりにみて、いいのか悪いのか分からなかったが、ケネスも笑い返した。
 ドアを閉めてソファに座る。ランドンが言っていた通り魔、どうやら本当に只者ではないらしい。誰かにつけられていると分かれば誰だって恐怖心を覚えるが、今回は違った。この職を長年やっていると様々な人と出会う。だからこそ危険人物とあった時に、本能が知らせるのだ。だが今までランドンはどの人物にも怯んだことは無かった。そのランドンが神経を尖らせていると言うのならば、それは。

「あ、あいつ時計」

 テーブルの上にあったのはランドンの腕時計だった。見せてきたことがあるので覚えている。ランドンの家は元々金持ちで奥さんもなかなかなので、よくブランド品を持っているがその中でもこれは超高級。盗んだと言われてもいやだし、とケネスはその腕時計を取ると適当な靴を履いて玄関から出た。
 外はもう夕日が出ている。そんなに話し込んでいたかと考えるが、久しぶりに話が盛り上がったというのもあるんだろう。そんなに先には行っていない筈だと、ランドンの帰り道を考えながら歩を進めていると大きな音がした。あれはフェンスが揺れた音、ケネスはこの先の曲がり角の行き止まりにフェンスがあることを思い出す。

「ランドン?!」

 ランドンでないかもしれないが、嫌な予感がしてケネスはランドンの名前を呼びながら走った。ポケットから腕時計が出てしまいそうになるのをしまい込み、角を曲がるとそこにはフェンスの前で足を抑えているランドン、と、男の背中。

「ランドン!」
「ケネス、来んな!」
「でもっ…?」

 何処かで見覚えのあるその後ろ姿は茶髪の小柄な男。髪の色は同じではないのに、前に会った男と重なる。手を握られた温もりが蘇り、ケネスは立ち尽くした。彼はゆっくりと振り向くと、そこにはやはり仮面。パーシーに手錠をかけられた時に助けてくれた男だと一目瞭然だった。あの時と同じく仮面の下の表情が驚いているのが分かる。ケネスはランドンに目をやりながら、男に近寄れずその場で呟いた。

「お前、あの時の? なんで、いいやつじゃ、ないのか」

 得体の知れない奴だし危険を感じたとは言えパーシーから助けてくれたのは確かだ。だからこそ次に会ったら絶対お礼を言いたいと思っていたのに。ショックを受けたケネスが言うと、仮面の男は手元の血が滴るナイフを握りしめる。そして一歩ケネスへ駆け寄る。

「こっちへ来るな!」
「ケネス…」
「お前は誰なんだ、なぜ俺を知っている、なぜ俺を助けてくれたのにランドンを!?」

 仮面越しではあるがキスされたことを思い出し、ケネスが身震いすると仮面の男が言葉を無視してゆっくりと此方に向かってきた。ケネスは身を固まらせながらも少しずつ後ずさりすると指を震えさせながらケネスの表情を伺っている。そしてついに距離が縮まったとき、仮面の男はケネスの口に触れた。

「僕を恐れないで、僕を拒否しないで。お願い、だから」

 そして落ちていく白い手袋をした手。手袋越しでも冷たさが伝わり、驚いてしまうほどだ。消えてしまいそうな声にケネスは黙ってしまう。すると彼はナイフを革生地の入れ物に入れると、踵を翻して目の前から消えて行った。一瞬にして消えたことにランドンは驚いているようだったが、すぐに足の痛みを思い出す。ケネスはランドンの名前を呼んで彼に駆け寄ると、ランドンの足は無残にもナイフで引き裂かれていた。
 ケネスは遅れてしまったことに申し訳なく思いながら自分のベルトめ止血をし、救急車を呼ぶ。すると、ランドンはやっと聞こえる声で呟いた。

「ケネス、ありがとう」

 そうして、引っ張られる腕。厚い胸に顔から飛び込んだケネスは急いで退こうとしたが、普段触りもしないランドンがこんなことをしたのだ。死を目の前にして怖かったのだろう、自分も警察をやっていて何度も経験があるので、その恐怖心が痛いほどわかる。ランドンの背中を優しく叩くと、ケネスは腕の中で微笑んだ。





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