ケネスはこの前の出来事を上部に報告するか迷っていた。実際会ったコンラッドは資料とはるかに顔が変わっていたし、むしろ別人、だがあのエイルマーがコンラッドと言ったならばそれは間違いない真実。だが、コンラッドが顔変わっていました、など報告してバカにされることは目に見えていた。そこでエイルマーの名前を出せば、ただでさえランドンに疑われているのだ、取り調べは逃れられない。そうなればハロルドのことも言わなければならなくなる。どしゃぶりの雨の日酷く弱った彼のことを話すのは、ケネスはどうしても避けたかった。
 そしてケネスが考えた答えは、ジムに相談する、ということである。ジムはエイルマーと一度つながっているようだし、一番安全で信用できる上司だと思ったからだ。ケネスとジムでは位の差ではそんなに簡単に話せる関係ではないが、ジムがケネスを気に入っているということもあるのだろう。ケネスが相談があると言えば、山ほどある仕事を定時で終わらせて、ケネスの棟まで迎えにくるのだから。ケネスは周りの目を気にしながら、明日残業覚悟で定時で上がった。

「帰りにケネスから呼び止めてくれるなんて珍しい。」

 上機嫌のジムがニコニコしているのをみて、ケネスは苦笑いした。ハロルドとあった日、断ってからまともに話していなかったので気まずいのもあるが先ほどからジムが穴が空くのではないかというくらい見てくる。ただでさえケネスは憧れのジムといるだけで緊張しているのに、これは話しにくかった。だがジムは貴重な時間を割いてケネスの相談を聞いてくれるというのだ、はやく話せねばと意を決してケネスは話すことにする。

「忙しいところすいません、話したいことがあって」
「大丈夫さ、ケネスが僕を頼ってくれるなんて嬉しいよ」
「フレーザー警視長!」

 どこまでも優しいジムにケネスがジムの名前を呼びながら感動すると、ジムは本当に嬉しそうに口を緩めた。そしてケネスは早速、本題に入る。昨日あったことをありのまま全て話すとジムは黙って聞いてくれている。だが話を聞いて行くたびに眉間にシワが寄って行った。まだケネスが研修生で上司の仕事を見学した時、ジムは難解な事件を当たっていたのだがいつも彼は笑顔だった、だが、一人になった一瞬、一瞬だけだがこんな顔を見せた覚えがある。それほど、今ケネスが直面している事件は複雑ということだ。ケネスが話し終わると、そこでやっとジムが口を開いた。

「少し前、五天王と並ぶくらいの犯罪者が出てきたんだけど、その中の一人かもしれないな」
「え?」

 そこまで言うとジムは道端で話していることが気になったのか、周りをキョロキョロと見渡し始める。すぐ近くのレストランを見つけると、入ろうか、とケネスに優しく声を掛け入るとウェイターより早く席に引いた。まるで恋人がやるように仕草に恥ずかしく思いつつ、もともとそういう人なので話を聞くためにも気にしないようにして、黙ってそこへ座るとジムは目の前に座る。珈琲を二つ頼むと、また話を始めた。

「殺しや金を好きな五天王とは違って、彼らは性的倒錯者の集まりらしいんだけど」

 性的倒錯者、と聞いてピンと来ないでケネスは首を傾げているとジムは難しいよね、と苦笑いする。そうして考えると、人差し指をあげた。

「まあ一般的ではない性的嗜好っていうのかな。別名異常性癖っていうんだけど例えばサディズムもそうだよ、彼らは人を傷つけることによって性的興奮を得る。何で自分の嗜好を得るかによって種類があるんだけど、それらをこざっぱりにいって異常性癖と呼んでいるんだ」
「その人たちの集まり、ですか?」
「うん、集まりと言っても五天王と同じように五人。しかも計画がかなり念入りで、これも五天王と同じくらいの実力者ばかり。だから僕たち上部が扱っている事件なんだけど解決もしていないし、内容が酷いからニュースにも出ていない」

 そこまで言うと、珈琲が届きジムはコップに口を付ける。だが、ケネスはコップに手を伸ばす気にもならなかった。犯罪者が多いこの国ではあるが、警察の手では負えないものが多すぎる。これでは警察の意味が無いのでは、と心配すら抱く。その不安を感じ取ってか、ジムはコップの柄を撫でた。

「その中の一人に、セロンという男がいる。顔は分からない、ただ度々犯罪現場に名前を置いて帰るんだけど。彼かもしれない」
「? 何故、彼と? コンラッドはただのストーカーですよ」

 ケネスは疑問をぶつけると、ジムが机を指で叩く。ケネスは自分が偉そうな質問をしてしまったことに気付き謝ろうとすると、ジムはすぐに話し出した。

「実はね、なかなかストーカー犯罪は解決しないことが多いから僕も気になって色々調べたんだ。そこで、コンラッドのストーカー事件について出て来てね。そこで彼女達への殺害の仕方、指紋のつき方の特徴、警察への煽り方、どれもセロンに似ている気がしたんだ。でも指紋は違うし何とも言えなかったんだけど。ケネスの話を聞いて思ったよ、何らかの形でセロンは死んだコンラッドの指紋を盗んだのかもしれない」

 指紋を盗む、そんな物を盗む訳じゃあるまいし。ケネスは言いたかったが、相手が尊敬するジムということもあり現実味のない話でも思わず頷いてしまった。ジムが言っているのだから、信じるしかなかったのかもしらなき。そして、そんな手強い相手に狙われているローナがかわいそうで仕方が無く、守るという気持ちがより一層高まった。
 そこでジムがゆっくり言う。

「なぜ、ケネスはこんなにも危険な事件に首を突っ込むかなあ」

 笑っているようで笑っていないジムになにも言えずに珈琲をのんだ。



 エイルマーは、ただ何をするわけでもなく、歩いていた。街からかなり外れた廃墟の並び、治安が悪いので悪人以外滅多に人は来ない。だからこそ過ごしやすい、なによりエイルマーの寝床はここにあった。何も一つの家と決めているわけでは無い。ここで自分の目撃情報が噂立てば、他の場所に移動する気はあり、もう目星は付けていた。
 だが、その目くらましも効かない相手がいるのは自分がまだ未熟だということだろう。部屋に入ると古びたテーブルの上に足を組んでこちらを見るトニーが居て、ため息をついた。

「…今日は情報屋おやすみなんだけど」
「君には頼みたい事があるんだよね、たっくさん」
「情報じゃなくて頼みごとか、尚更やんなったけど」
「やだな、エイルマー、タダでとは言っていないだろう。僕はきみが知りたい情報あげるよ?」

 ねえ、とトニーがエイルマーの手を握るとエイルマーは頬を引きつらせる。払えばあとで何されるか分からないので、片手で優しく離すとエイルマーは充分に離れて向かい合うように座った。

「コンラッドの事だと嬉しいな」
「まさに、その通り。」
「信用できない、嘘言うかも」
「嘘、か。君なら見切れるんじゃないの、見きれなかったらそれまでの実力だ。それなら自分を恨めばいい、どちらにしろ君は僕の頼みごとを聞かなければならない。一度僕が譲歩したならば君は話を聞かなければならないんだよ」

 エイルマーがなかなか話に乗らないからか、トニーは心なしか腹が立っているようで少し興奮気味にまくし立ててくる。だがエイルマーは慣れているので怖くはない、なによりここで怯んだら大事な情報を聞けないかも知れないのだ、それだけは勘弁してほしかった。分かった、聞くよ、とエイルマーが言うとトニーは両手の指を絡ませる。

「交渉成立。コンラッドが次出現するのは明後日だね、今まで警察が本気で動かなかったからスローペースだったけど、今回はケネスが邪魔したから早くローナを物にしようとしている、ローナに手を掛けるのも時間の問題だ」
「…ケネスめ、余計な事したな」
「ふふ、自分のした重大さが分かっていないところもケネスの良いところじゃない」

 エイルマーはトニーの悪趣味に鼻で笑うと、トニーは両指をひたりと合わせ対抗するように笑った。

「そして君に頼みごとなんだけど、ローナの護衛を頼んでいいかい。」
「は?」

 ご、護衛? トニーの口からそんな言葉が出る時があるなんて、世の中もよくなったものだ。トニーはいわば破壊神、誰かを守るなんて考えがあるなんて思わなかった。元々前々からローナのことはマークして居て、コンラッドが手を加えようとした時はエイルマーがなにかするつもりである。それをトニーは分かっている筈だ、なのになぜわざわざ。すると、トニーがテーブルから降りるとエイルマーの唇に指を滑らせた。

「あの変態はなかなか手強くてね、ケネスじゃ殺されちゃうだろうから、君がローナ守って死んでよ。そしたらあいつも少しは満足だろう。ま、あいつを始末するのが一番良いけどね」

 エイルマーは思わず、彼の手を払う。怒らせないようになんて理性は残ってなかった。彼と自分との中に友情も同情もなかったが、こんなに簡単に命の終わりを告げるなんて、実際されると胸が怖くて何度も跳ねる。コンラッドと相討ちなら死んでも、と思ったが人から死を告げられて頷けるものか。

「俺は死なない! 彼女を守って、あいつを葬る」
「それが実現できないだろーから言ってるんだけど。うん、始末出来るんならどうぞ」
「ああ、やってやるよ」
「あは、期待してる」

 思ってもないことをトニーは言うと手を二回叩き窓辺に座る。曇ってもいない綺麗な夜空に気分を良くしたのか何処かで聞いたことのあるクラシックの音楽を鼻歌を歌うと指でリズムを取った。エイルマーはその鼻歌が耳に焼き付けられる。これはトニーのお気に入りの曲で度々耳にするが、もしかしたら、これが最後の曲がこれかと思うと鳥肌が立ち、明日なにか聴きに行くことにする。なんでもいい、ジャズでもロックでも、これ以外のクラシックでも。
 トニーはとても残酷だ。たまに信用してくれたのかと思えば、このように平気で人間を切り捨てる。命乞いが聞かないのは、彼の良いところ、もう何も彼には聞こえないのだ。たまにそれが羨ましくも感じる。そして自分、死に恐怖はあるが仇が取れると思うと、興奮が舞い上がった。自分は充分目の前の彼と何の変わりもない気がする。
 どうせ、だれも分かり合えやしないのだ。

「そう言えばこの前警察殺したらさ、他の警察が僕を嗅ぎ回ってるみたいでさあ、彼も亡き者にしちゃおうかなあって。」
「勝手にしなよ、今さら誰か殺してもカウントにもならない」
「そうだよね、うん、まあいっか」

 指をパチン、と鳴らすとトニーが立ち上がりエイルマーに近寄る。そしてハットを奪うと、エイルマーよりかすか小さな頭でかぶり青い目を暗闇にぼかして、掠れた声で笑った。

「きみのマジック、好きだったなあ」








人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -