ケネスは被害を訴えている被害者の自宅へと訪問していた。警察が訪問すればストーカーを煽る事態にもするが、逆に怯む場合もある。それらの期待も込めて、ケネスは彼女らの所に現れた。すると、どうやらいままで被害届を出しても警察が本気に扱ってくれた事などなかったらしく、彼女たちは驚いて、だからか何度もお礼を言われ、彼女たちが少し安心したように笑顔へ変わるのを見て嬉しい。そうだ、自分は犯罪者を助けるためじゃない、こうやって一人で悩みを抱えて困っている市民を助けたくて警察をしているんだ。普段のデスクワークだけでは味わえない達成感に満たされ、ケネスは久しぶりにやる気が出る。
 最後の被害者は、あのコンラッドからの被害を受けているローナと言う女性だ。ドアをノックするとドアの向こう側はシンとしている。名前を呼びながら二度三度しても誰も居ないのか、と帰ることにした時凄い勢いで走る音が聞こえた。数秒もしないうちに鍵は開き、彼女は顔を見せる。三重に掛けられたチェーンの隙間から見せた彼女の顔はとても、美しかった。だが、その体は細いというより、やつれている。ケネスは言葉を失ったが、彼女の怖い目つきにすぐ声を出した。

「ど、どうも。お電話した、警部補のケネスです」
「あなたがケネスさん? バッジを見せて」

 不信になるのも仕方が無い、見た所一人暮らしのようで頼る者もいなさそうである。ケネスがバッジを見せると彼女は安堵し、やっとチェーンを外しケネスを家に招き入れた。
 家に入ると前に訪問した女性たちと同じように可愛らしい部屋で、普通の女性といった印象である。ただ確かに顔は美しいし、スタイルも良かった。ストーカーがついても疑問には思わない、悪いがそう思ってしまった。
 彼女は珈琲をケネスに出すと、控えめに笑いながらブラウンの髪を綺麗に束ねる。

「はじめまして、私がローナです。すいません、疑うような事をして。」
「いえいえ、貴方は用心深くて何より。三重のチェーンも素敵です」
「ありがとう」

 冗談を交えればローナの緊張は解れて、ケネスはホッとした。被害者の方から状況を聞き出すのは容易いことではない。中には事情聴取をしているだけでその時を思い出し半狂乱になってしまう人もいた。そうならないように警察側も、慎重に聞かねばならないのである。
 だがさっきから目が合わない。この人は手強いぞ、とケネスは咳払いをすると、カバンからファイルを出した。

「最近、ストーカー被害にあっていると」
「はい。最初は無言電話から始まりました。いたずらかと思ったんですが、毎日何通もポストに入れられている手紙や卑猥なものが入ったプレゼント、怖くて被害届を出したら手紙に付着した指紋で犯人が特定されました」
「それがコンラッド」

 ケネスが彼女の発言とファイルを一致させていると、彼女はゆっくりと頷く。そして珈琲を飲むと、一息をついてケネスから目を逸らした。彼女はケネスでさえ、怯えている。先ほどから一言一言発するたび周りを気にしているし、ケネスが動く度にしつこいくらい目で追っていた。資料によれば彼女はコンラッドの顔すら知らないのだ、これだけ敏感になったり、ケネスを疑っても仕方が無い。ケネスは話を進めることにした。

「ふむ、コンラッドとの接点がないのにストーカーされてしまった、と」
「そうなんです、あの、私、もともと男性恐怖症で、あまり男性と話さないんです。だから、つきまとわれる意味が分からなくて!」

 そこまで言うとローナは口を閉じ、ケネスはその言葉に動きを止めた。報告書にはそんな事書いていない。そうと分かっていたら女性の部下に任せたのに! ケネスはさっきまで鼻を伸ばしていた自分を殴りたくなった。道理で目が合わないし、距離も遠いとおもった。頬をかきながら、少し距離を置く。するとローナはあ、と声を漏らした。

「すいません。気になさらないで下さい」
「いや、すいません。わかっていたら女性に任せたのだが。しかも仕事と言っても独り身の女性の家に上がるのはあまりにも無神経でした。」

 ケネスは膝の上で震えているローナの重ねられた手を見て、目を伏せながら謝罪するとローナは何も言わなくなる。二人とも黙ってしまったところで、おずおずとローナは口を開いた。

「いままでコンラッドにストーカーされた女性は亡くなっているし、そこの資料にある通り標的の女性の恋人や友達、邪魔をするものは全て傷つけられてる。それのせいかしら、犯人が分かって名前が割られた途端友達は私から離れて行ったわ。家族には頼りたくないし、孤独で不安だったの。警察も被害届を出しても相手してくれないし、もう私の人生は終わりかと思ったんです。でも今日こうやってケネスさんが来てくれた。今も少し不安はあるけど貴方みたいな人が来てくれてとても安心しています。」

 ケネスの胸にじんわりと暖かいものが溢れる。こうやって必要とされるのはいつだって嬉しかった。彼女は一人で酷く辛かっただろう。ケネスはこんなにも弱い女性を一人にした周りを責めたくなった。
 彼女は珈琲を一口飲むと、一息をついて胸元を押さえる。瞬きをすれば涙が落ちてきそうなくらい、涙目でケネスは見て見ぬふりをした。

「貴方は強い、資料にあったけど自力で逃げ出したらしいね」
「ああ、前仕事帰りに口を塞がれました。あの時は怖くて手を噛んで逃げ出したんですが。」
「それは、無事で良かった! もっとボコボコにしてやりたかったですよね! おしい!」

 ケネスはヒヤヒヤしながら話を聞いていると、ローナは笑う。ケネスはまた余計なことを言って変に思われたかと思うが、ローナの表情からして嫌そうではなかった。ケネスが首を傾げると、ローナが口を開く。

「なんだか不思議です。貴方は警察なのに、まるで友達に話しているみたい。それくらい、貴方は親密に聞いてくれてるってことね」

 ふふ、と上品な声で笑うとその笑いがぷつりと止まった。そうして、骨しか無いのではというくらいの自分の手を片手で握り締めると下を向く。ケネスはその姿を見てカバンを漁り、ローナがそれに気付き顔を上げると、ケネスは名刺を出した。

「ローナさん、何かあったらここへ。私の携帯に繋がります。警察に電話しても対応が遅いでしょうし、私が近ければ勤務時間外でも飛んで行きますから。心配しないで、今日はぐっすり寝て下さい」

 ローナは目にいっぱい涙を溜めて、何度も頷く。それがまるでありがとうと言っているようで、ケネスは嬉しくなった。なにも言わずに立ち上がり、彼女の家を立ちさる事にする。ケネスはコートを着るとドアを開けて外へと出た。思ったよりも時間が掛かってしまい警部に怒られそうだが、まあいいだろう。思いながら、彼女の家から鍵をかけた音が聞こえたのを確認するとケネスは歩き出した。パトカーは少し遠くのパーキングに停めてある。ここら辺は道が狭くて車が停まれば他の車からのクラクションは鳴りやまないためだ。被害者たちと電話番号したあとから誰からの着信もない携帯を見て安心していると、角を曲がったところで誰かにぶつかる。体つきのいい男なのでこっちが少し飛ばされたが前を見ていない自分が悪いので謝ろうと
顔をあげた時、鋭い目つきと目があった。咄嗟に離れると、危機一髪、男は拳をふってきたのだ。

「あっ、くそ、避けるなよ!」
「なにする、っ!」
「よけんなって、はは」

 楽しげに殴りかかってくる男。前髪だけ長く、刈り上げられた頭、顔は大きいマスクに隠されて目だけしか見えない。ケネスは顔を覚えながらも、次々と繰り出される拳に避けることに必死である。しかもこの男、ただものではない。いつものケネスならばもう体格のいい相手でもどこか隙をついて倒している筈だが、彼にはどうも隙がなかった。拳はとても乱暴的で、サイラスほどではないが威力は凹んだ壁を見れば分かる。
 ケネスがどうしようかと思っている時、上から声がした。

「お前、コンラッド?」

 聞いたことのある声、上を向いた時にはもう彼は自分の目の前で姿勢良く立っている。品のいいベストに、見慣れたスラックス、ハットから出た緑色の髪に彼しかいないと思った。

「エイルマー?!」

 ケネスの声に、エイルマーは少しだけ振り向きリップ音をたてるとすぐに前を向いて男に近寄る。エイルマーは男をコンラッドと言った。ならばそうなのだろう、と言いたいところだがファイリングされていたコンラッドの顔とは程遠い。整形した、と聞きたいが記録では六年前160cmと小柄だったはずだが、男は180cmは軽く超えている。いくら肉体改造をしたとしてもこれはあり得なかった。故に、はてなマークを浮かべているケネスだったが、男は首を物凄い音で鳴らして、にっこりと笑うと大きく頷く。

「はは、正解。エイルマーくん、百点満点!」

 男の言葉にエイルマーは響くほど、分かりやすく歯ぎしりをした。初めて会った時のエイルマーとは違いすぎて、今はまだ危害を加えられていないケネスも怖くなった。

「はっ、可笑しいと思ったんだ。コンラッドは殺したのに指紋が歩き続けるなんて」
「はは、それでなんで俺って分かったのー?」
「情報屋だからさ、いやでもキチガイお前の情報入ってくんだよね」

 な、なんの話だ。
 完全取り残されたケネスは二人の会話が全く理解できない。エイルマーはコンラッドを殺したと言ったが、コンラッドは目の前にいるし、エイルマーが言ったとおりコンラッドの指紋はストーカー被害を受けた女性の家の彼方此方で発見されているのだ。死んでいるはずがない。頭が混乱していると、コンラッドは手を叩きながら大笑いし始めた。その笑いにエイルマーは手を震わせナイフを取り出すと、彼の元に走って襲いかかる。だが実力は一目瞭然、エイルマーはすぐにナイフを奪われて道路へと投げ捨てられた。ケネスは彼を助けようとしたが、コンラッドはエイルマーの顔にナイフを付けて此方を見たので下手に動けなくなる。

「うそつきー、エイルマーくん。俺のこと殺したくて殺したくて殺したくてたまらなかったくせにい!」

 ナイフを投げ捨て、エイルマーの顔を挑発するように叩くと笑狂うコンラッド。顔はいつものように涼しい顔をしているが、手筋から浮き出る血管が耐えているのを表していた。コンラッドは全てを分かっているかのように、ケネスを見ながら言う。

「ねえ、お前ローナを助けようとしているのかなあ」

 コンラッドがナイフでエイルマーの頬に一本線を付けた。ケネスは見ていて耐えられなくなり動こうとするが、すぐに冷静になってやめる。もし、いま二人でコンラッドに掛かって行っても勝てる確率はゼロに近かった。エイルマーとて弱いわけではない、むしろケネスと互角と見るべきか。コンラッドは、良からぬ空気を漂わせている。周りを服従させるような、力が。
 ケネスはどうすればいいかわからなくなり、息を飲むしかない。この先のイメージが湧かない。相手がどう出るかが分からないと言うのもあるが、自分の命は彼に握られている事が分かるからだ。
 まるで、あいつと会ったとき見たいだ。
 ケネスはコンラッドの問いに答えようと口を開きながら、ある一人の男を思い出す。

「ああ、助ける、必ず」
「そんなに弱いのに? 助けられるの? だって俺がいまお前殺してもいいんだよ?」
「うるさい、なんででもだ!」
「へえーー」

 二本目の線を引いたところで、コンラッドは手を止めた。白い肌が赤く染まるのをケネスは見ていられない。体が動きそうになったとき、コンラッドはにっこり、不気味に笑った。

「さすがアイツノお気に入り」

 コンラッドはそう言ってエイルマーとナイフを投げ捨てると体を翻す。エイルマーは懲りずナイフを取ると立ち上がるが、ケネスは大きな声でエイルマーの名前を呼んだ。エイルマーはその声に動きを止める。すると、コンラッドの蹴りが空振りした。もしも、ケネスが呼ばなければ命中していただろう、エイルマーは頬の血を高そうなシャツで拭くと某然と彼の足を見た。コンラッドは残念そうに肩を竦めると、ケネスを睨むがケネスはめげずに見返すと飽きたように消えて行った。
 残されたエイルマーとケネスは立ち尽くしていたが、すぐにエイルマーが振り向かず口を開いた。

「…なぜさっき止めた」

 エイルマーの声が震えているのが分かる。それがなぜ震えているのかも。

「危なかったから、だろ」
「俺がどうなろうと関係ないだろう?! 黙って見ていれば良かったものを!」
「待てよ、お前には勝ち目はなかった。しかも怪我どころじゃない、当たってれば重症だ…」
「それでも! 俺はあいつと決着をつけたかったんだ! 仕返してやらなきゃ、」

 今まであまり会った事はないが、イメージが一気に崩れた。彼は冷静で物事を判断できる紳士だと、思っていたがそうではないらしい。現時点で、かなり取り乱しているのが分かるが今にもケネスに飛びかかろうとしているくらいの勢いだ。だが、ケネスは怯まない。コンラッドに比べたらエイルマーなど怖くはなかった。逆に、危機感のないエイルマーに怒りさえ感じる。痛々しく赤い頬の反対をつねると、ケネスは我慢していた事を言った。

「仕返しって、出来ねーくせに言うなよ! コンラッドとお前じゃ実力の差がありすぎる。仕返しどころか、一発も攻撃出来ずに返り討ちに合うぞ、早死にしてーのか、ばか!!」

 やってしまったと思う。これではエイルマーのプライドを傷つけるどころか、ズタボロだ。だが、それでも言いたかったのである。
 エイルマーは根は悪い奴ではないと思うから、だからこそだ。こんなつまらないことで命を無駄にするなんて、見ていられなかったのである。エイルマーのプライドを傷つけると思ったが、それでも言いたかった。
 エイルマーは根は悪い奴ではないと思うから、だからこそだ。こんなつまらないことで命を無駄にするなんて、見ていられなかったからだ。
 エイルマーはびっくりしていたが、すぐに、いつもの余裕のある表情に戻る。さきほどコンラッドを前にして敵意をむき出しだったエイルマーとは似てもにつかなかった。

「俺を気にするなんて君は馬鹿なんだろうね。だから罪人に好かれるんだよ、君は神父にでもなったつもり?」

 そう言うとエイルマーが嫌味ったらしく鼻を鳴らしたのを、ケネスは癇に障ったがすぐにエイルマーが黙ってしまったのでケネスもつられて黙る。もしエイルマーが来なければ確実に殺されていただろう、助けてもらったことに感謝を言いたいがこのままでは言えなかった。立ち去ろてうとしないエイルマーをどうすることも出来なくて、ケネスから立ち去ることにする。 エイルマーはその場から一歩も動かず、ただ悔いているようにも見えた。
 ケネスはそんなエイルマーを置いて無事にパトカーに乗り込むことができると、深呼吸をひとつ。警察になったときから命がいつなくなっても仕方ないと思っていたが、最近命の危機が頻繁過ぎる。本当に心臓に悪い、とまだ早い鼓動を収まらせようとしながら、コンラッドの言葉を思い出した。
 アイツノ、お気に入り。
 五天王の口からよく出る“アイツ”だが、まさかコンラッドの口からも出てくるなんて。アイツとは誰なのか、彼はなぜ自分を気に入っているのか。さっきエイルマーに聞けば良かったと思いながらも、エイルマーも一応五天王、もうこれ以上の接触は気が引ける。

「怖かったあ」

 一人になり、やっと本音がぽつりと出た。車を発進させると、家に帰れるという安心感からか先ほどの出来事は夢のように思われる。勿論コンラッドと闘って恐怖から思い出した男、トニーのことはもうすっかり忘れていた。







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