ケネスはベッドの端にある椅子に座ると、寝ているハロルドを見た。弾は貫通していたので取らなければいけない、なんて面倒なことにならず、応急処置をしたので血は止まったので良いだろう。寝苦しいそうではないし、平気だろうと思った。約束していた二人やランドンにはちゃんと謝罪や励ましを送ったのでいいだろう、素早く動いて疲れ切ったケネスはため息を吐いた。
 ベッドに眠る彼は綺麗な顔をしていて、はじめてあった時を思い出す。あの時はただの野次馬かと思ったのに、まさかインビジブル本人なんて。可愛らしい顔はきっと二十歳くらいの顔だ。まだ若いのになんでそんなことをするのだろうと思いながら彼の頬を触ろうとした時、彼は目をいきなり開けた。ケネスもいきなりのことで驚いていると、ハロルドは無言で起き上がる。

「お、おはよ、!?」

 挨拶した瞬間、ハロルドはケネスをベッドへと引っ張った。ケネスもバランスを崩してベッドへと叩きつけられると、ハロルドはケネスを触る。わき腹や首所々触られて驚くが害があるようには思えなかった。不思議がって黙っていると、一つ、ケネスの胸ポケットからボールペンをハロルドは見つけた。そして眈々とそのボールペンを解体し始める。

「おい、それ高かった…」

 すると、そのボールペンから見たことのない部品が出て来てケネスは止める手を止めた。するとハロルドはその部品を思い切り床に叩きつけると、自分の靴で叩き潰す。本当数秒の出来事でケネスは固まってしまった。すると、ハロルドは怠そうに髪をかきあげるとケネスを睨みつける。

「証拠がないから盗聴器まで仕込んで俺を捕まえようと? 最悪だな。いい人そうな顔してる奴ほど、残酷だったりすんだよ」

 舌打ちをしながら、ハロルドはベッドから降りると自分のジャケットを羽織った。足を引きずりながら歩くハロルドを見て、ケネスは彼の腕を掴む。

「と、盗聴器なんて知らねーよ! これ、前から使ってる奴だし今更内蔵させんなんて無理だし。本当だ! な、なんだよ、あーあ、だったら病院連れてって警部呼べば良かった!」

 病院に連れて行き銃で撃たれたとなれば、報告書などが面倒であるし、なにより病院の方は警察が手を回しているはずだ。だから病院には行けず家にはノエルがいるので帰れない。わざわざお金も下ろしてホテルを借り、処置用具も買って来たというのに。濡れ衣を着され、ムキになりながら言い返すケネスにハロルドは虚ろな目で見返していたが、ケネスの本気さがわかったのか、ハロルドはまた足を引きずるとベッドに倒れこんだ。確かに盗聴器を仕掛けて捕まえて、など七面倒なことをせずともハロルドを警察に連れて行き、現場に落ちている血を比べてみれば一目瞭然である。なによりケネスがそんな頭のいいことは出来ないだろう、ハロルドは笑いそうになった。そして、壁に背を掛けると、ケネスを見る。真っ直ぐに見られて、ケネスは少し下を向いた。

「ほ、宝石は? 返しなさい、そしたら返してやる。あとあの不気味な仮面、あれも預かるからな!」

 また犯罪を犯されてはたまったもんじゃないと思いながらケネスが言うと、ハロルドは鼻で笑う。ケネスはその態度にカチンと来たが握りこぶしをつくって我慢すれば、ハロルドは口を開いた。

「仮面があったらあんなとこでトロトロ歩いてるわけねーだろ。宝石も仮面もどっちも渡しちまった。残念だね」

 ムカつきながらも気持ちを落ち着かせると、ケネスはまた椅子に座る。今のハロルドの発言から取れるのは仮面はテレポートできる力がある、とでも言うのか。だが、その不可思議な体験を実際した事のあるケネスはない、とも言い切れないのが現状だ。
 しかもそれを渡したなど、ハロルドの商売道具を渡すなど信用しているものしかいないだろう。だとしたら五天王か、他の共犯者、もしかしたら恋人かもしれない。だとしても仲良いものがハロルドの状態を見て、放るだろうか。そう考えると、全く信用のないものだろうか。矛盾ばかり生まれてくるのでもんもんと考えていると、ハロルドは笑いながら手を叩いた。

「お前、顔に出やすいね。いいよ、わかりやすい奴は好きだ」
「はいはい」
「おい、無視すんなよ、おっさん。教えてあげよっか、仮面はなにか、渡した相手はだれか、何故そいつは弱った俺をおいていったか」

 ただでさえハロルドの馬鹿にした言い方にイライラしていたのに何でもお見通しなので不機嫌になったケネスは、首を振って椅子の方向を変えてそっぽを向く。だいたいハロルドは電話した時もケネスを毛嫌いしていたし、予告状だってケネス抜きなんて酷すぎやしないか。今更だか一回考えればだんだんヘラヘラしているハロルドに不満が生まれる一方である。まだ笑っているのでケネスは、やっぱり助けなきゃ良かったかと思った。だが、ケネスの中でこれはあの絵画のお礼である。こうやってまだ警察をやっていられるのもこのムカつく男のお陰だ。しかも、自分の誕生日を憎まなかった、あの感覚。まさに、幸せだった。

「俺はお前に感謝、してる」

 言うか迷った言葉を言えば、ハロルドの笑いは止まる。もうお礼は言ったが、面と向かって言えるなら言った方がいいと思ったから言ったがハロルドの反応が気になった。すると、ハロルドはふーん、とつぶやく。

「だから、助けたって?」

 冷たい声が部屋を張り詰めた。ケネスはゆっくりとハロルドを見ると、ハロルドは鼻でケネスを笑う。

「あっまいな。甘いよ、お前は! いや、偽善者だ。警察なのに俺みたいな犯罪者を殺せずに、捕まえる事も出来ずにただ犯罪者にも国民にもいい顔するだけで! 自分をいい奴だと思い込んでるんだから! 本当の悪を捕まえられないで、こうやって自分の感情だけで生きて、それなのに正義のヒーロー? 糞食らえってんだよ!」

 そこまで言うとまくらを叩き、ケネスを睨んだ。勢いよく叫んだからか、息を大きく吸い込み息を吐く。ケネスにとってとても、衝撃的だった。そして正論とも思う。だからこそ心が痛んだ。自分を信用してくれている国民を裏切り、何度見逃したものか。悔しかった、でも、だからこそ。

「だからと言ってお前は捕まえない。お前はいつでも俺を殺せたのに、生かしたり絵を譲ったり。だからこんな、弱っているお前を捕まえるなんてフェアじゃない。俺だって人間だ、これくらい許してくれ」

 自分だって、何度見逃して貰ったか分からない。ハロルドやサイラス、パーシーもいつだってケネスを殺せた。だが、見逃してくれたのだ。そんな相手を捕まえるなんて卑怯すぎる。ケネスも一人の人間なのだ、感情で流されてもいいんじゃないか。開き直ったケネスには、ハロルドの挑発には乗らなかった。ケネスの態度に怒ったのかハロルドはまた、イラついたように口を開く。

「あのな、そういうのも偽善者だっていって…!」
「叫ぶな、傷に響くぞ」
「〜っ!」

 ハロルドは言い返せなくなり、布団を頭から被りケネスに背を向けた。それを見てケネスは密かにこの減らず口に勝ったと思いながら、ケネスも彼に背を向ける。
 でも、こいつが怪我してなかったら本当に捕まえられたのか?
 これ以上の深入りをすれば、するほど。分かっている、だからこそ、これ以上彼と話す気にもならなかった。沈黙が痛くなり、ケネスはどこかに出掛けようと思う。どっちにしろ彼は少し回復した ら、何も言わずどこかに帰るだろう。ドアを開けて出ようとした時、布団が擦れる音がした。

「感謝はしないからな」

 ケネスは立ち止まると、後ろを振り向かず笑う。素直じゃないな、思いながら歩を進めた。結局何歳だとかは聞いていないが、結構年下に見える。生意気な口調が、また、子供っぽい印象を受ける。それをいえば怒る気がするが。
 欲しいわけでもないジュースを買って、部屋に戻るか迷っていると電話が鳴った。携帯を取ると、見たことのない番号。ケネスは首を傾げながら、耳に当てた。

「はい?」

 すると、控えめな声が耳を掠める。

『よう』

 聞いたことのある声。いや、記憶に新しい。ケネスはあ、と声を上げた。

「さ、サイラス!?」
『当たり。声だけでよく分かったな』

 本当自分を褒めたいくらいである。電話越しのせいか声も心なしか違うし柔らかい声もサイラスらしくない。あちらで嬉しそうに笑っているのが聞こえて、機嫌が良いのが分かった。それが可愛らしくてこっちも笑ってしまう。

「まさか本当に電話来るとは」
『お前がして良いって言ったんだろ。だいたい結局番号エイルマーに聞いて…まあ、それはいいか』
「え?」
『いや、それより』

 何故ここでエイルマーが出てくる、と言う前にサイラスがまくし立て、言葉を遮られた。

『そいつ保護してくれてありがとよ』

 照れたような声がして、ほんわかする中、ケネスは固まる。

「え、なんで知って?! まさか、盗聴器はサイラスか!?」
『は、盗聴器? ちげーよ、今ハロルドから連絡きた。いまからそいつ迎えに行く。』
「そ、そうか」

 あいつ、ちゃっかり連絡してたのかよ。
 ハロルドがすぐにここを逃げ出そうとしていることがわかったところで、盗聴器が誰だかも気になる。サイラスじゃなければ誰が何のために。サイラスにこれ以上聞いても分からないし関わらないように、と電話を切ろうとすると、サイラスが笑った。

『やっぱお前は、普通の警察とちげーな。変だ、なんかお前の声聞いたら、はは、元気出た。うん、また電話する』

 じゃあな、と一方的に電話を切られてプーッと電子的な音が聞こえてくる。ケネスは黙って切られた携帯を眺めた。
 いまの会話でなんで元気が出たか分からないが、力になれたなら嬉しい。だが、またかかってきてしまうのか、それは…罪悪感に殺されるだろう。

「参ったな」

 結局その時は部屋には戻れず、二十分後部屋に戻った時には壊れたボールペンとメッセージカードひとつだけだった。










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