「んじゃいってくるよ、お留守番よろしく」

 ランドンはわざとらしく声を掛けると、ケネスは手をあげるだけだった。最近ストーカー被害ばかり担当していたので、久しぶりの大事件担当にはしゃいでいるのが分かる。それだからこそ、ケネスは黙り込んだ。
 警部補と警部、総勢がオフィスから出て行くのを見送ると、机に顔を突っ伏してため息をつく。いまから犯罪予告がされているのになにも出来ないなんて、こんなに悔しいことがあるものか。だが、出番の人の分のデスクワークが残っているので、ケネスはすることにした。するとドアがノックされる。この棟の者はほとんどの人が警備に出て行ったはずだ。ケネスは誰だと思いながらそちらを向くと、ジムが立っている。

「あっ、わわっ」
「ふふ、わざわざ立たなくていいってば。ほら座って」

 大きな物音を立てて、立ち上がり敬礼をしようとしたケネスを笑いながら椅子に座らせた。そして、ケネスの隣の椅子に勝手に座るとにっこり笑うので、ケネスはゆっくりジムを見る。特になんのイベントが無い時にジム程の位の警察がこの棟に来るのはおかしいことだ。

「フレーザー警視長、こんな所になんの用でしょうか」
「…サボったわけじゃないからね。これ、ここに届けろって上から命令でさ。」

 そういって渡されたのは自分みたいな下っ端が受け取っていいほどのものではないことが分かる。これは警部の手に直接渡すべきものだ。しかも、警視長から警部に渡すなど、また順序がおかしい。警部に渡されるならば警視が警部に伝達するはずだ。ケネスがジムを見ると、ジムは困ったように笑う。

「やっぱ騙せなかったか。ごめんな、ケネスに会いたくて下に渡さないでそのまま届けに来ちゃった」
「フレーザー警視長…」
「そんな睨まないで」

 ジムはケネスの寄った眉間をつつくと、ケネスはため息をついた。たまにこうやって何かしら理由をつけて会いに来てくれるのは、ケネスにとって困ってしまうことである。前までなんの功績もなかった頃なんかは、媚を売っていると、ランドン以外にも嫌味を言われたものだ。時にはジムを好きな女性にも言われたりもして、それはそれは悲しい思いもしたものである。
 だがこの前はあまりいい別れ方はしていないし、一人で居るとうだうだ考えてしまうので、正直今日来てくれたのは嬉しかった。そこで、ジムはんーと唸る。

「ところで、ケネス」
「はい?」
「メールの返事、まだ聞けてないんだけど」

 ジムの言葉にケネスは見返すしかなかった。ジムがなにを言っているのかさっぱりだったからである。そこですぐに携帯を引き出しから出して、メールの画面を開くがいまだ届いた形跡はなかった。ジムはえ、と声をあげる。

「メール、届いてなかったのかい?」
「え…はい、そうみたいです。」
「おかしいな、ちゃんと送ったんだけど…」
「あ、すいません」

 ケネスが頭を下げようとしたのを見兼ねて、ジムはううんと首をふった。 だが本当におかしい、ケネスにメールを打つ時は何回も見直しをして送るのも見届ける。それほど念入りなのに送っていなかったなど、あるだろうか。だが、これ以上言えばまたケネスが恐縮してしまうので言うのは控えることにした。

「いや、勘違いだったみたいだ。じゃあいま誘おうかな。今日暇かな、そうだったら寂しい俺に付き合ってくれるかな?」


 そう笑われて、ケネスは頬を赤らめる。45歳とは思えない若い容姿だが、大人の色気が出ていて、そんな人から誘われているのだ。ケネスも男と言えど、ましてや憧れの相手からじゃ頷くしかない。
 ジムは皆の前や仕事では一人称は僕で柔らかい印象を受けるが、こうやってケネスと二人きりの世界になれば少しだけ強気な印象を受けた。それもギャップらしく、うちの事務課の女の子がキャーキャー言っていたなと思い出した。

「良かった、断られたらどうしようかと。」
「断りませんよ、そんなもったいない」
「そう、嬉しい。ケネスは素直で可愛いね」

 三十路にもなって可愛いと言われてケネスは居た堪れなくなり苦笑いを返す。ジムはこれをからかっている訳でもうわべだけでもなく、本気で言っているからたちが悪かった。すると、そこで電話が鳴った。ジムがどうぞ、と言うし、まわりには誰もいなかったので出ることにする。どうやらノエルからのようだ。

「なに」
『明日まで泊まって行こうと思っているんだが、今日の夕食何がいいかなと思って。なにかリクエストは?』
「えー、あー」

 どうやら兄はスーパーのようで、ザワザワと人の声が聞こえる。かなり上機嫌な声で、ここで断るにもいかなった。悩みながら、ジムをチラ見して肩を下ろした。

「適当でいいよ。じゃあね」

 ジムと食べ終わった後に、兄とも食事をしよう、と腹を括って言えば電話は切れる。本当にノエルはタイミングが良いと言うか、悪いと言うか。そんなケネスに、ジムは少しだけ顔を顰めた。

「彼女?」
「えっ、いや、兄です! 今帰ってきてて、すいません」
「そうかい」

 さすがに上司目の前に長電話は失礼だったかと頭をさげると、ジムの機嫌は直りケネスの頭を撫でる。

「じゃあそろそろ行かなきゃ。いい子に仕事しているんだよ?」

 な、なんだ。この、なんか、こしょばゆい感じ。
 ケネスはむず痒い感情持ちながら、ジムを見送る。すると、メールが入った。送り主はランドンのようで。

『サボってんじゃねーだろうな。ちゃんとやっとけよ。そうだ、帰りにどっかで今日のインビジブルの話してやろうか』

 仕事中なに携帯触っているんだ、と思いつつも、久しぶりのランドンからのメール。一人だけ外されたケネスに嫌がらせのメールだが、せっかくの誘いもまた今日の帰りだ。展示場はここから近くにあるし、その帰りにでも奢らせるつもりなんだろう。いつもは一人なのに、何故こうやって皆今日の帰りに集中するのだろうか。モテ期かとふざけながら、思っていた。


 すると、調子に乗っていたからだろうか。ジムと待ち合わせの場所に行こうと傘をさした時、携帯が鳴った。
 ランドンからのメール。『ダイヤ盗られた』、ランドンの悔しみが文面にから見ても分かる。励ましを送ろうと立ち止まって携帯をいじっていた時、周りには誰もいなかった、筈だったのに。
 いきなり視界の端にあの、金髪が映った。ケネスは咄嗟にそちらを向くと、遠くの角を曲がる。
 ケネスはジムに、ランドン、ノエルの事よりも一人浮かぶのはインビジブル、基、ハロルドの顔。拳銃すら持ちあわせていないのに、雨の中走った。冷静に考えればジムとの待ち合わせ、ランドンへの励ましやノエルとの約束、やらなければいけないことはある。だが、それ以上にハロルドを追いかけるしかないと思った。
 ああ、なんでよりによって今日なんだ!
 ケネスは角まで走り、曲がると人影が見える。よろよろと歩くその姿にケネスはスピードをあげた。やっと追いつく、その瞬間メールが来る。こんな時に、とメールを開くとケネスは固まった。五メートルもない目の前にいる男、ケネスは走って彼に近寄る。肩を掴み、おもわず名前を呼んだ。

「ハロルド!」

 振り向いた彼はゆっくりと振り向いた。彼は足を押さえて、こちらを見ている。肩で息しているのが分かった。そして足から伝う、赤色の液。
 そのままハロルドはケネスの肩に体を預けるように倒れこんだ。ケネスは彼を支えると傘も落ちる。二人で雨に打たれながら、目を瞑った。

『けど、インビジブルの姿、皆見たぜ。詳しくは話すけど、うちの優秀なスナイパーが一発、奴の足に撃ち込んでやった』

 上機嫌なランドンが喜ぶ姿が浮かぶ。ケネスは彼の腕を肩に回すとのろのろと歩き出した。










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