豪雨のせいで誰もいない街中で、ハロルドは一人、屋根の下に隠れていた。ここは空き家なので雨宿りは何時間でもできる。いつになったら動き出そうか、思っていると前から誰かが歩いて来た。誰か、と言ってもハロルドは何者かは分かっている。むしろ、やっと来たかと思いながらタバコを出した。やがて彼はハロルドの目の前に来て、傘を回しながら首を傾げる。

「ハロルド、手配はちゃんとしたのかい?」
「ああ、今日ちゃんと獲ってくる。もうヘマはしないぜ」

 ハロルドがタバコに火を付けながら笑うと、頼んだ本人のトニーはふうん、と興味なさそうに言った。トニーにとっては失敗をしないのが当たり前なので、いまのハロルドの言葉は褒めるほどではなかったからである。トニーは足をクロスさせて、ハロルドを見た。

「ところで、ケネスからの電話どうだった?」
「!?」

 ハロルドは体を固まらせる。トニーの方を見れないでいるのは、後ろめたいと思っているからであった。タバコの火が横殴りになってきた雨がかすれる。その脆い火を見て全てを知っているのか、トニーは傘を回して、そして、傘を止めた。同時に、傘捨ててハロルドを覗き込む。

「ワルイコトって思っているみたいだけど、大丈夫だよ。これぐらいで怒ったりしないさ、僕は意外と紳士だよ?」

 ハロルドの頬に、冷や汗が流れたのを見て、トニーはようやく笑顔を見せる。きっとハロルドに対してではない、ハロルドの奥に誰かが見えているのだろう。一人しかいないが。

「だが、これ以上関わるのはワルイコトって思って欲しい。でも、わかってるんだよね。予告状、よくやった」

 それじゃあね、とトニーは手をふった。すると、傘は置いて雨の中に消えて行く。ハロルドは息を飲み、風が木を揺らすのを見ていた。




「あっれ、サイラスいたの?」

 パーシーは部屋に入るなりサイラスの姿を見つけ、声を掛ける。サイラスはパーシーに目を向けると、顔を顰めた。

「いちゃ悪いかよ。」
「いや、違くて、天気予報みたら一週間雨だって言うじゃない。だから、暴れてるかなあってね」

 サイラスはごもっともなことを言われて座っているソファに足も乗せてまるまる。パーシーはその目の前に座ってサイラスの様子を伺った。なんだか様子が変である、いつもなら今のブラックジョーク、鵜呑みにして暴れている筈なのに。すると、サイラスはポケットから何かを出した。いや、正しくは出そうとした、である。その手を止めて、また座り直した。パーシーはその動作を見て、口を開く。

「な、なんだよ。まっさか、今回も歯止めが効かなくて殺したのか? おいおい。後処理するこっちの身にも…」
「ちげえよ! なんでいまの動作でそう思うんだよ!」
「いや、なんとなく?」

 パーシーの勘違いにサイラスは怒りながらも、手はあげずに座り直した。その姿にパーシーは驚く。雨の日だっていうのに彼がこんなに大人しいのが信じられないのだ。首を傾げた時、サイラスが声を出す。

「これ」

 ほら、と渡されたのはどうやら名刺のようだ。だが、なぜか水で湿って文字がぼやけてしまっている。パーシーは名刺を取るとひとつ唸り、苦笑いをした。

「すまん、読めない」
「…だよな」

 サイラスはそう言うと、また大事そうにポケットにしまう。サイラスの様子を見るに、どうしても知りたかったようだ。あんなの誰だって解読出来ないだろう、サイラスもわかっていてパーシーに見せたのだと思う。こんなサイラスを見たこと無いのでパーシーも協力してやりたいが、こんなのはどうしようもなかった。気まずい雰囲気のなか、サイラスが口を開く。

「ケネスの名刺なんだ」

 パーシーは驚き過ぎて目が飛び出るかと思った。その代わりといってはなんだが、飲んでいたコーラを吹く。

「うわっ、汚ねえ、吐くなよ!」
「げほ、げほごほ、おまっ、なに、ちょ!?」
「口拭いてから話せ、ぼけ!」

 パーシーは走って入り口の近くのタオルで口元を拭くと、またダッシュでサイラスの前に戻ってきた。そして、サイラスを睨んで、なぜかもう一度口元を拭いて、また睨む。

「お前な、キャボットの名刺なんて貰ってんじゃねーよ! しかもなんだ、読めないのをそんな落ち込んでるってことは連絡するつもりだったわけ!? 死にたいの!? 来るよ、来ちゃうよ、トニーさん! あの死神どこで見てるか分からないんだからね?! 地球の裏側にいても飛んで来るよ!?」
「あーあーうっせーな。分かってるよ」
「分かってないから言ってんだろ!」

 パーシーがため息をつきながら頭を抱えた。たしかにサイラスとハロルドはケネスに興味を持っていたが、なんたってあのトニーのお気に入りである。あの場の好奇心で面白がっていただけで、まさかお近付きになるなんて思わなかった。そんなの命知らずのやることである。なにより、この前パーシーもケネスに会ったばかりだがなにも惹かれるものなんてなかった。
 ついでにパーシーはケネスに手錠を掛けてしまったせいか、トニーに腕を折られそうになったというトラウマも持っている。手錠の鍵をしぶしぶ渡したあの日を思い出して身震いした。あの時パーシーが鍵を渡さずにいたら、命すら危なかっただろう。まあ、そんな恨みも含めなくても、ただのおじさん、ただの生意気な警察と思い全く興味を惹かれなかったパーシーにとってそんなケネスにこんな表情を見せるサイラスが理解出来なかった。たとえが分かりづらいが、まるで彼女から返信が来なくて携帯を何度も見る彼氏のようである。
 本気で止めるパーシーに、サイラスは噛み付くように言った。

「色々あってさ。雨が苦手ってことバレてよ。でもあいつ、深く聞いて来たりしねーで、雨の日、いつでも連絡しろって言ったんだ。そんでこの名刺くれた。でもポケットが濡れてたせいでぐしゃぐしゃになっちまって。これから、一週間も雨なんだ、連絡くらいいいだろう? エイルマーに聞けば分かるか?」

 パーシーはサイラスの目が輝くのをはっきりと見てしまう。だから、サイラスが本気でケネスに頼っていることが分かり尚更嫌だった。自分の仲間が選りに選って男、ましてや警察に夢中になってしまうなんてなんとしても避けたい。パーシーは考えた末に、人差し指をあげた。

「あのな、サイラス。そんなの嘘に決まってんだろ。やつら警察は手柄が欲しいだけさ。連絡したら現在位置を逆探知されて、俺ら全員捕まるぞ、いいのか?」
「ケネスがそんなことするわけねーだろ!」
「だめだ…、もう洗脳されてるね。なに、キャボットって催眠術かけれちゃう警察なの?」
「ふざけるなよ」

 パーシーがオーバーにリアクションすれば、サイラスが苛立ったように返す。サイラスの反応を見て、なにを言っても聞かないと分かった。だがここで諦めるパーシーではない。こう見えても五天王の中で一番お兄さんなのだ。そこでパーシーはサイラスを睨みつける。

「ふざけてるのはサイラス、お前だろ。警察に頼って何になる。俺らは犯罪者だ、いつかキャボットも俺らを捕まえに来る。つーか実際捕まえられそうになったし、俺。」

 捕まえられそうになったのは本当だし、ケネスは正義感が強い方だ。ハロルドやサイラスだって最初は捕まえられそうになっていて、ただ二人が強かったから捕まらなかっただけである。そう、いままではたまたま、偶々ケネスが捕まえなかっただけで、奴は警察。次会えば本気で掛かってくるだろう。そんな奴に仲間が連絡するのを簡単に許すことなんてできるものか。
 少し卑怯ではあるが、サイラスが仲間に弱いことを利用して言うと、サイラスは案の定指を硬く握り締めながら頷いた。

「…そうか、そうだよな。あいつも、所詮汚い人間だ。どうか、してた」

 手が震えているのが見えたが、これが正しいのである。トニーのことが無ければ目障りなケネスなど一瞬で殺しているのに、殺しは嫌いだが危険は片っ端から消すべきだ。思いながらもパーシーは明るく、サイラスに笑いかける。

「うんうん、それでよし。これでトニーに殺されないね!」
「…なんだそれ」

 サイラスが呆れたように言えばパーシーはなんでも、ととぼけて笑った。半分冗談で、半分本気な言葉。トニーと一番長くいるパーシーには分かる、ケネスへの執着心がどれほどのものかということくらい。前までは話も少ししか聞いたことはなく、気付かなかったが、ハロルドが会ってから彼の執着が酷いものだと分かった。
 なんで、どいつもこいつも、あんなやつを…。
 そんななか、一人浮かんでくる。ケネスに興味を持っていたが、徹底的にケネスを避けている仲間。パーシーは手を叩いてサイラスに指差す。

「あ、そういえば新情報! ハロルド、トニーの指示で今度はダイヤを盗みに行くとかなんとか。今回は金になるよー、どこに旅行行こうかー」
「さあな」
「そういえば、予告状面白いんだよ。ハロルドのやつ、よっぽどトニーが怖いんだろうね。ケネスは連れて来るな、ケネスを警備に付けたら警備を皆殺しにするって書いたんだよ。まあたしかに警察もまたケネス連れて来そうだよな、そしたらまたとれないしね。でも、そこまでケネスに会いたくないのかなー」
「…そう、なのか」

 誤算だったか、ケネスの名前を出した瞬間、パーシーの言葉などうわの空で、文字が滲んだ名刺ばかり見るサイラスをパーシーはため息をついて見た。どうやらサイラスは、パーシーの言葉に耳を向けていない。
 ケネス・キャボット、お前はうちの純情くんになにしてくれたんだよ。
 思いながら窓に目を向けた。雨はまだ、やまない。






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