暖かい珈琲の匂いが鼻をくすぐり、ケネスは目を覚ました。昨日珈琲使い切って買いにいかなければと思っていたはずなのに、なぜ家にあるんだろう。ついでにカーテンが開けられているのを見ると、首を傾げた。いつの間に、あけたのだろう。今日も雨か、という落胆と共に不思議に思った。
 するとドアをノックされる。驚いてそちらを見ればドアが開かれて、そこにはノエルが立っていた。そうだ、昨日は夜遅くまで語り明かして、ノエルは泊まっていったんだ。

「おはよう、カレンダーに今日は遅番と書いてあったから起こさなかったよ。あれ、もしかして違かったかい?」
「おはよ。ああ、まだ起きる時間じゃないけど、起きちまった。ふあ、ご飯は?」
「作ってあるよ。顔洗っておいで」

 家族っていいな。
 最近ひとりだったケネスはらしくない事を考えてしまう。その家族から逃げたのはケネス本人だ。朝起きてからある家族四人の食卓が一番嫌いだったケネスは部活があるふりをして、よく早出をしていた。本当は部活などせず、バイトばかりの日々。ただ、早く家を出る事ばかり考えていたのである。やはりそんな時支えになったのはノエルとドナだった。だからこそ、お祝いすべきなのに。
 なにがあったんだ?
 妬んでいたといえど、上手くいっていないと聞いて喜ぶほど落ちてはいない。昨日兄と色々な話をしたが主に仕事の話ばかりで、ケネスの話をノエルが聞いているという状態だった。かなりゆったりしたひとときだったが、ドナの事だけは聞けなくて。

「ほら、ケネス。早く食べて準備しなさい」

 ノエル、仕事は。
 よく考えてみればノエルほどの弁護士なら今日こちらでノロノロしている時間はないはずだ。ここからノエルが住んでいるところまでなら、電車でも一時間は掛かるだろう。ならばいまから仕事に行ってもきっと遅刻だ。だとしたら、休んだとしか。聞きたいが、その言葉は飲み込んだ。よくない返事が帰ってきそうで、苦笑いを返す。ノエルは満面の笑みを浮かべた。テレビから天気予報が流れる。今週一週間は雨らしい。
 脳裏で少しだけ、雨が苦手な彼が浮かんだ。



「ストーカーにも種類があるって知ってたか?」

 今日は豪雨という事もあり、久しぶりのデスクワークをしていた時に隣のランドンが呟く。ケネスはパソコンから目を離し、ランドンを見た。

「は?」
「調べて見たんだけどよ。まあ分類はいろんな人の考えによるけど、どれにしたって酷いもんだぜ、きもっちわりい」
「あ、あの、何をいきなり?」

 いつも皮肉しか言ってこないランドンがまとも、なのかどうかは分からないが、話しかけてきたので焦りながら聞き直すとランドンはこちらを見る。その顔色は実に悪いものでケネスはギョッとした。

「いきなりじゃねーよ。お前があちこち雑用やらされてる間、こっちはストーカー被害の殺人の問題を押し付けられてよ。ったく、やってらんねーわ」
「そんなこと、してたんだな」
「ああ、嫌な事件ばかりこっちにまわしやがって。下に回せよな。」
「巡査部長も研修生の教育で忙しいんだよ。もんくばっか言うな」

 注意すればランドンがため息をつく。そしてまた黙り込むと、パソコンと向き合って打ち込みはじめた。いまのケネスの言葉に怒らなかったなど、ランドンはよほど参っているのだ。ランドンとはこの前言い合ったばかりだが、こうやって何もなかった様に話しかけてくるものだから憎めない。気にしたらキリが無いので、自分の仕事に集中する事にした。
 すると事務所がノックされる。ここでは一番下のケネスが席を立ち、開けるとそこには巡査部長が立っていた。しかもケネス直属の部下である。

「あれ、どうしたんだ」
「それが…」

 話を聞いて、ケネスは固まった。

「インビジブルから今日の夜行われる宝石展示会に予告状が届きました。展示会を行わずとも盗りに行くと。そして…ケネス・キャボット警部補を警備に付けた場合、その場にいる者は全て皆殺しにするとのことです。」

 事務所がざわつく。名前を出された本人、ケネスは驚きで何も言えなくなった。
 なぜ彼が自分をこんなに避けるのかわからない。この間電話した時もそうだったが彼はケネスを避けていた。警察、だからではないらしい、それがケネスにとって引っかかる。
 そしてなにより、ケネスは、ハロルドを少しだけではあるが、気に入っていた。警察が犯罪者にそんな感情を抱いてはいけないが、悪い奴では無いだろうとおもっていたのである。なんせ、この国には窃盗だけに留まらず殺しに手を染める輩もいるのだから、まだハロルドは可愛い方だと思っていた。
 だが今回の予告状、皆殺しなど、なんて悲しい言葉を使うのだろう。ケネスは何故か、とてもショックだった。
 そして自覚する。ハロルドも五天王の一人、極悪人に決まっているのだ。そして自分がいままで会っていた五天王、いい奴かもしれないと思ったが所詮犯罪に手を染めた時点で、自分の、いや国の平和の敵なのである。
 予告状が来たので、事務所は一気に忙しくなった。警備の手配、位置の確認、武器の装備。そんななか、ケネスだけは動けない、自分が動けば邪魔になることはわかっている。

「次は、捕まえてやる」

 ケネスは、甘かった自分を殺したくなった。








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