『…元気か。返事がないこの言葉も、何度目になるんだろうな。ケネス、なぜ俺の電話に出てくれないんだ。もうお前の声を聞かないで、五年になる。ずっと心配していた、メッセージも聞いているんだろう? なぜだ、どうして! …すまん、取り乱した、この前テレビで見たよ、安心した。だけどお前の声が聞きたいんだ、いつでもいい、電話してくれ。頼む、兄さんを悲しませないでくれよ。…待ってる、からな。』


「やあケネス。今日も元気そうだな」

 やっと日中の任務を終えて昼食を食べながら一件、入っていたメッセージを聞いていると、目の前にランドンが座った。食堂日替わりランチのケネスとは違い、ランドンは綺麗な奥様からの手作りなのだろう、サンドウィッチ。ランドンはケネスをからかいたいだけで見せ付けるつもりは無いらしいが、ケネスはからかわれるよりそちらの方が気に障った。ちょうど今、兄からのメッセージを聞いて気が立っているというのにバットタイミングで来たと思う。
 しかも、今の不機嫌な顔の、俺の、どこが元気そうに見えんだよ!
 イライラしながらサンドウィッチを睨みつけた。

「目の前に座って、次はなんの嫌みを言いに来たんですか」
「捻くれるなよ、俺ら同期だぜ、楽しくランチでもしよう」

 いつもならば仲良くしようと歩み寄るケネスに距離を置くのはランドンだ。それなのに今日は冗談でもこんな事を言うなんて随分上機嫌なようだ。ケネスは一口食べてランドンの様子を伺うと、ランドンは笑う。

「パーシーの件、フレーザー警視長がお前を落として他の奴に任せたらしい。おいおいどうした、忙しくてフレーザー警視長へのご奉仕、怠ったのか?」

 ゲラゲラと笑いをあげるランドンにケネスは口にしていたパンを落としそうになった。下品で下衆な事しか言えないランドンに腹が立ちながらも、ここは冷静に、と咳払いをして口を拭いた。そして昨日の事を思い出す。
 たしかに昨日、誰かに任せて自分をこの件から外すと言われた。理由も聞いたのでいまさら落ち込む事もないし、自分ももうあんな危険なパーシーとは関わりたくない。そして、なにより、あの仮面にも。

「勝手に妄想してろ、ご馳走様」
「あっおい」

 ランドンは引き止めるがケネスは食べる気が失せてしまった。昨日の出来事、パーシーの事もあるがそれ以上に会った黒髪の仮面の男、助けられたのにこんな表現をするのは気が引けるが正直、不気味でしょうがない。お礼を言いたいので会いたいと思う反面、関わってはいけないとどこかから信号が送られてきた。第一、ケネスすらお手上げのパーシーから鍵を奪うなんて余程の実力者である。そして、あのキス。何故されたのか分からないし、言葉の続きも気になって今日は三時間しか眠れなかった。
 あの、背丈と声、少しあいつに似てたような。…ないない、第一黒髪だったし、警察の俺に、つーかまず男の俺にキスするわけねーだろ。というか、なんでキス?
 一人浮かんできた候補は消して、うがいする。顔を上げて窓をみれば、雨が張り付いていた。傘を持ってきていない、と思いながら見ていると、名前を呼ばれる。振り向けば警部が指を曲げて呼んでいた。

「なんでしょう?」
「ケネス、パーシーの件、外されたんだって?」

 警部に言われてハッとする。そうだ、任してくれたのは警部、それなのにはるかに上の警視長がケネスを外したとなれば警部の判断違いとなり、警部が周りから笑われることになるのだ。ケネスは頭を下げようとすると、警部の手に止められる。

「警部」
「謝らなくていい、その代わり君にやって欲しいことがある」

 警部はケネスを引っ張ると、耳元でつぶやいた。

「今日は結婚記念日で定時に帰りたいんだが、見回りがあって。代わりに行ってはくれないか?」

 ケネスは警部の机に妻と子どもと撮った幸せそうな写真がある事を思い出す。今日は特に用事はない、気になる事と言えば雨の見回りは見渡しが悪く車では隅々まで見えず、歩いて見回りに行かねばならないという事だけか。

「任せてください」

 そう言うと、ケネスは写真を思い出し笑顔で警部に言う。警部はゆっくりと笑った。




「チッ雨は嫌いだぜ」

 サイラスは小さな窓に目を向けて、降ってきた雨に顔を顰めた。暇があれば五天王が集まるこの部屋もこんなときに限って誰も来ていない。寝てしまおうかと思うが、雨が屋根に当たる音が聞こえればサイラスは起きてしまう。この前だって豪雨が続いた日の不眠と言ったら、何人か金も取らずに殴り倒した。

「ダメだ、イライラする」

 外に出たくないが、屋内に引きこもっているのも、嫌な事しか思い出さない。サイラスはジャケットを羽織り、
階段を降りる。ドアを開けると、どんよりとした空から小雨が降っていた。
 サイラスがため息をつく。雨は嫌いだが見渡しが悪くひと通りが少ないので、人を襲うにはぜっこうな日なのだ。こうやってサイラスは悪循環にはまる。

「外に出るか。」

 しっとりと、髪を濡らす雨に苛立ちながら、サイラスは目を瞑った。








 



 




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