「おっとバレちゃったか、で、どうするのかな。俺を捕まえる?」
「まさか。貴方とは一度でもいいから会ってみたいとおもってたの。数多くの女性を唸らせた男がどんなかってね。」
「強気だねえ、まあそういう女性も嫌いじゃないね、むしろ大好物。」

 綺麗な女性がニコリと微笑むと、パーシーはただ微笑み返すだけだった。そんな二人とは対照的に、ケネスは腰のベルトについている拳銃のグリップを握る。パーシーは今、安心しきっているので、不意をつけば捕まえることもできるのだから、逆に慎重に行かねばならなかった。ケネスは二人を通り過ぎて、ゆっくりと歩きながら考える。
 ま、まさか、本当にあのパーシーに会えるとは。
 パーシーは五天王の中で一番出現率が高く結構な有名人であるため、ケネスの気持ちの中では例えばハリウッド俳優にあったような感覚だ。ドキドキしながらもパーシーの顔を、さりげなく振り向いて見ると確かに女性がころっと行きそうな顔をしている。綺麗すぎる、だが近寄り難い印象は受けず、好青年といったところか。指名手配の写真は防犯カメラや遠目から見たものなので、実物を見ると圧倒された。
 ケネスがグダグダ考えているうちに、二人は話を進めて場所を変えるらしい。ここから出てしまえば大通りに出てしまう。夜がふけたこともあり人通りが少ないとは言え、いまから銃を扱うのだ。一般人は巻き込めない。タイミングはいましかない、ケネスは銃を構えた。

「警察だ! パーシー・エリオット、手のひらを見せてこちらを向け!」

 叫ぶと同時に女性がこちらを向き銃を見ると、さすがに驚き口を押さえて悲鳴を耐えるとパーシーの後ろに隠れる。いや、貴方撃たないからそいつから離れてよ。ケネスは思いながらもパーシーの後姿を睨みつけた。パーシーは後ろから見てもわかるくらい大きくため息をつくと、肩を落として手を上げる。

「ふふ、警察かあ。俺君たちきらいだなー。」

 そしてゆっくりと、体を回転させた。

「だってとっても野蛮で自分の利益しか考えてなくてさー。なにより、いま自分が野暮なことしてるってわかってる? まあ君には消えてもらうしいいけ…どおお!?」

 女性と話していた時とは違う低い声で威嚇してきたと思いきや、顔を上げてケネスの顔を見るなりパーシーはカッコ悪く声をあげた。そして、逆に女の後ろに隠れる。

「その女性から離れるんだ!」
「け、ケネス・キャボット、なぜここにいるんだよ!?」
「離れろと言っている!」
「わああ、来んな、近寄んな!!」

 パーシーはケネスを怖がるように女性の肩を持ち、盾にしてぐるぐると回りながら逃げ回ると、女性は呆れたようにため息をついた。たしかにさっきのかっこいいパーシーはどこに行ったのか、今じゃ情けない一人の男である。ケネスも思わずやる気がなくなってしまい、外していた安全装置を付けてパーシーを見た。

「女性を、こちらに引き渡せ。そのあと、この手錠を自分でつけろ」

 ケネスは手錠を地面に置きパーシーに向かって蹴りつけると、パーシーの足元に行き着く。パーシーは観念したのか、女性の肩を離すと自ら手錠をかけた。女性は小走りで来ると、ケネスを見て、にっこり笑う。

「あとは宜しくね、ケネスさん。この事について証言とかはお断りだから」
「え、あ、ちょ」
「ま、頑張って彼を捕まえてね」

 ケネスの耳にキスすると女性はヒールの音を立ててその場を立ち去った。耳にキスされたということもあり、リップ音がダイレクトに聞こえたケネスは、好みの女性に、あんな素敵なことをされたことに少なからず顔がにやけそうになる。だが、すぐに顔を引き締めた。警察の最大なる天敵、パーシーがいるからである。パーシーは長い足を交差させてケネスを見ていながら、すこし笑った。

「あの噂のケネスも美人には弱いんだねー」
「あ、あのな、俺も男なんだ」
「成る程、あいつが聞いたら悲しくて泣いちゃうかもね」

 俺が美人に弱いと聞いて誰が悲しむ、はじめて会ったパーシーと共通の友人が居るなんて聞いていない。あいつ、が気になり聞こうとするとパーシーが近寄って来るのがわかった。

「近寄るな、止まれ、撃つぞ!」
「できないくせに。話をしよう、いいだろう?」
「貴様と話すことなんてない!」
「ちょ、ま、怒らないでよ!」

 皆、撃てないと笑う。それはそうだ撃てるはずもない、撃つ必要が無いのならばできれば撃ちたくないのだ。だがパーシーのお気楽な態度に腹を立て、安全装置を外して引き金をひこうとすると、パーシーもさすがに焦った声を出す。
 それにしてもこいつ、情けないやつだな。
 ケネスはいままで、トニーをはじめとした、ハロルドやサイラス、エイルマーと会ってきたが五天王と呼ばれるだけあり、迫力がありケネスも負けていた。だがそれに比べ、パーシーと来たら、会った女性が見惚れるだけの容姿はあるが性格はダメ人間そのものである。だからこそだろうか、ケネスも本気で彼に当たれず、撃つ気など失せてしまった。害がないようにも見えるこの男、これでも大罪人なので今日必ず捕まえてみせるとケネスは決心しながら自分の機嫌を伺うパーシーを睨む。

「話したいこととは、手短に済ませろ」
「げー、ケネスちゃん可愛くない、これのどこがいいのか」
「…何の話だ」
「あ、まあ、気にしないで」

 パーシーはいいながら手錠を鳴らして手をふった。ケネスもため息をつきながら、で、と催促するとパーシーは髪を耳にかける。

「俺ね、殺しとか嫌いだしできればしたくない、君は特に殺しちゃいけないらしいし。だから、見逃してくれないかな?」

 パーシーが笑ったと同時にケネスが切れた音がした。

「おっまえなあ! なにふざけたことを言ってんだよ、あほ! だいたい、だから、じゃねーよ、話が繋がってねーし!」
「やだな、ふざけてないって、真面目だよ。俺は君が一般のただの警察だったらもうとっくに殺してるよ」
「いいか、俺は拳銃を持っていてお前は手錠をしている。逃げ道はないし、どうがんばったって俺を殺せないんだよ。分かったら、俺に連行させろ」

 堅苦しい言葉遣いだったケネスもパーシーの言い分に怒鳴りつけるように言う。するとパーシーは片目を閉じて、うるさいと表現するが、その態度がもっとケネスを挑発した。
 ここで冷静を失ってはいけないぞ、ケネス、頑張れ。
 言い聞かせながら拳銃を再び構えると、パーシーはまた手錠を鳴らす。

「じゃあ、証明してあげる。」

 ケネスが目を一層開いた瞬間、ほんと一瞬だった。3メートルほど、遠くにいたパーシーが目の前でケネスを睨み、拳銃が宙に舞ったと思えばその拳銃はパーシーの手元に、そして手錠は床へと落ちて大きく音を立てる。銃口と目があって、息を呑んだ。

「ごめんな、俺、ただの女好きじゃないの」
「ああ、舐めてた。一発で仕留めてやればよかったよ」
「はいはい、強がりはそこまで。顔を壁に付けて、手は後ろ。んーと、鍵かしてねー。」

 語尾にハートを付けて笑うパーシーに虫酸が走りながらも、彼なら撃ちかねないとケネスは従うと、パーシーは手錠の鍵を開けて、そしてまたケネスに掛ける。どうやらパーシーは手錠の鍵を外したのではない、自分の関節を外して、手錠から抜けたのだ。さすが五天王、と感心しながらもかけたことはあるが、かけられた事は人生初めての今日。一生自分には掛からないと思っていた手錠が掛かるという、その嫌悪に目を瞑って顔を下げると、パーシーが優しく背中を叩いた。

「手錠されただけでそんな肩を落とさないで、俺に殺されなかっただけいいと思いなよー」
「ああ、そうだな。覚えてろ、いつか絶対捕まえてやる」
「うんうん、楽しみにしてるー! 五分立つまでここを動くな、俺は足が早いといえど逃げる時間くらい欲しいんでね」
「うるさい、早く失せろ、くそ」
「ほんとムカつくやつだなお前、一発殴りたいくらいだよ。だからこれは没収。もう会わないことを祈ってるよ」
「あ、こら、まて!」

 パーシーが笑いながら耳元で呟くので、耳に当たる息が気持ち悪く、鳥肌がたつ。まして、からかう声にケネスは自己嫌悪に浸った。あと一歩で捕まえられるはずだった、油断した自分がいけない。しかも、俺の言葉遣いに怒ったのか手錠の鍵も返してもらえず。明日このまま出勤し、報告書を書いたあと、壊してもらうしか無い。だが、その時、ランドンが何処からか聞きつけて、またなにかしら言いに来るのだろう。
 ランドンに嫌味を言われることを考えて、胃がキリキリしながらもその場に座り込んだ。パーシーが走って逃げた時、遠くでなにかが落ちた音がしたので、きっとあれは取られた拳銃が捨てられたのではないかと思う。あとで取りに行かなきゃと思っていると、足音がするのが聞こえた。
 もしかしてパーシーが手錠の鍵を返しに戻ってきたのか、と思うがさっきの反応からして返しに来るはずもない。こんな所で手錠しているおっさんなんて、なにか危ないプレイをしている変態としか思われなかった。通報されてしまえばそれこそランドンがうるさい。逃げようと立ち上がった時に、足音が早くなるのが分かった。このままではまずい、立ち上がると暗い奥から声が響く。

「待って、動かないで、ケネス」

 優しい声に、ケネスは思わず歩を止めた。どこかで聞いたことのある声、だが思い出せない。振り向くとそこに立っていたのは闇と同化するほどの黒髪の男だ。黒のトレンチコートに、ブラウンのストール、寒々しい白のトップスにあわせられたのは、引き締まったズボンに、高級そうな革靴。一見、少年にも見えるが格好がそうでないことを表している。
 そして、顔にはハロルドがしていたあの奇妙な仮面をしていて。ケネスは声をあげそうになるが彼は右手の人差し指を立てて自分の口元に当てる。ケネスは思わず言葉を飲むと、彼は左手を上げた。その指には手錠の鍵が下がっていた。ケネスは、目を見開く。

「お前は…」
「こんばんは、ケネス。こんな所で一人でいるからこんな目にあうんだよ。もう少し、自分を大事にしておくれ」

 ハロルドか、と問うつもりだったが近づいてくるうちに違うことが確信に近付く。知らない人なのに危機感を感じず、ケネスはそのまま立ち止まった。敵ではないと分かり、ケネスの声色は一気に優しくなる。

「君、なんで俺の名前を知っているんだ。その鍵は? パーシーはどこに行った?」
「手を出して」

 ケネスの質問には答えず一方的に言われたが、従う他に術はなく、ケネスは手を差し出した。すると彼は持っていた鍵を差し込むと、手錠は簡単に外れる。手錠が地面に落ちたとき、ケネスはお礼を言おうと顔を上げた。その時、彼はケネスの手を握り、そして、仮面越しにキスをする。一秒も触れずにすぐ離れると、なぜか仮面のしたで笑ったのが分かった。

「また会おう、僕の、」

 そこまで言うと続きは言わず、彼は離れて、紳士の様に一礼をして、仮面を口元まで外す。その口元はやはり笑っていて、その一瞬だけみせるとまるでハロルドの様に目の前から消えた。ケネスは手錠を拾おうと手を伸ばすが、そのまま膝を抱え込む。そして頭をかき乱すと、手で顔を覆った。

「なんだ、あれ!?」



 暗い道を歩く、黒髪の男。片手に仮面を持ち、澄んだ青の瞳が輝く。前髪を掻き上げるように髪を撫で上げると、その人口的な漆黒の髪は地面に落ちた。そして、どこから火が出たのか、程よい風が手を貸してじわじわと燃えて行く。
 その風に揺らぐ茶色の髪。彼は仮面と向き合うと、ちょうど口の場所にキスをする。そして、口を離し、笑った。まるで、祈るように目をつむる。
 あの五秒間、ケネスは彼しか見ていなかった。まるで時間が止まったように、真っ直ぐと彼を見つめていて、そして彼、トニーもケネスだけを見つめていたのだ。

「また会おう、僕の、神様」





 
 




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