ケネスは物陰に隠れて二時間、次にパーシーが現れると思われる場所に張り込みしているが、どんな美女が通ろうと彼が現れる気配はない。ケネスはコートに手を突っ込みながらマフラーに顔を隠すと、後ろから差し出されたコーヒー。湯気が出て熱そうで美味しそうだ。ケネスが振り向くと、ジムがにっこりと笑う。

「時間外に一人で個人的な張り込み調査とは感心しないね」

 そう言いながら自分の分のコーヒーを飲んで幸せそうな顔をするが、ケネスの顔を見るなりすぐに顔色を変えた。ケネスの頬にあざがあり、形状を見て殴られた後だというのはすぐわかる。ジムは肩を竦めて、ケネスから目を逸らした。

「フレーザー警視長、何故ここに?」
「君がこの事件を任されたことを帰りに知って、君のデスクに寄らせてもらった。机の上に置かれた地図の一部だけ、大きな赤丸がついてたので思わず来てしまったよ。これは長年やってきたから分かるんだが時間外にするのは危険すぎると思うね、熱くなるのも分かるが冷静さに欠けるな」
「…すいません」

 ジムの最も過ぎる説教に、ケネスが素直に謝ればジムはその後一度も笑わない。ジムはどんな時もケネスに優しく笑顔で接していてくれたので、今日は相当怒っているようだ。なぜ怒っているのかなんて分かる筈もなく、ケネスは階段に座ってコーヒーを飲むと細い路地裏を見る。ジムはその隣に座ると、ため息をついた。

「その頬、どうしたんだい」

 本当に心配なのか、ジムがケネスの頬をさすりながら言う。ぴり、とする痛さにケネスが顔をしかめれば、謝りながらすぐに手を離した。ジムは、目元を押さえながら膝を抱え込む。

「心配なんだ。最近、君は良くないことに首を突っ込んでいる気がする。俺は誤魔化せるかもしれないが、ランドンは誤魔化せない。なにか小さなことでも尻尾を掴まれれば警察を辞めるどころか、ムショ行きだぞ?」
「違います! 俺は犯罪者と組んでいない!」
「だとしても彼方の誰かが君を気に入っている。君がそんな気なくても、いつかは自分から近付く事になるだろう。そこを捕まえられれば君に未来はない。あとひとつ言っておこう、この前のエイルマーとの取り引き、あれは俺が言ったんじゃない。言わされたんだ」

 ジムの言葉にケネスはえ、と息を飲んだ。ジムはケネスと向き合って、目を見る。

「誰か、は分からない。だが、君には恩があると言っていた、恩返しをするとも。でも、それがいい物とは思えない。いいか、もう五天王と関わるな。パーシーの事件も俺が警部に厳しく言って君の任務から外す、だが他の信用できる奴に任せると約束するよ。だから今日は帰ってくれ。きっと彼ら、いや、誰か、一人だけ君に執着している者がいる。そいつに近付くな、ただの犯罪者じゃない!」

 後半、怒鳴るような声にケネスは手が震え、コーヒーをこぼした。それを見て、ジムは後頭部を荒々しくかくと、ため息をつく。ケネスの背中を優しく叩くと、首をふった。

「すまない、怖がらせるつもりはなかったんだよ。でも、君には今自分がどれだけ危ない状況に置かれているかわかって欲しかったんだ。」

 いつもの優しい口調に戻ると、ポケットからハンカチを出してケネスに掛かってしまったコーヒーをふく。ケネスはいえ、とだけ言うと顔をそらした。相当怯えているケネスにジムは困ったように顔をしかめると、その場を立つ。ケネスのほおを一度だけ見て、背中を向けた。

「あと一つ。パーシーの被害者は殆ど、パーシーの正体、“五天王”と分かっているのに、一夜を共にする女性が多い。この意味分かるかな、殆どが自業自得なのさ。だから君がそんな煮詰まることは無いからね。じゃあ体が冷えないうちに帰りなさい」

 そこまで言うと、ジムは手をあげて歩を進める。今まではケネスの気持ちを優先していたが、命令にも聞こえるきつい言葉をぶつけた。それほどケネスが心配なのだろう、ケネスもさすがにジムの言うとおりにすることにする。
 ジムの言ったとおりパーシーからの被害者が拡がるのは、パーシーの正体を知っていても尚、何故か彼と一緒にいたいと思ってしまう女性が居るせいだ。五天王だから、ということで任務を放置する者もいると述べたが、この自業自得の女性達のために動きたくないという理由で任務を放置する警察も少なくはない。
 ケネスはため息をついた。ジムがこの任務から自分を外すといったなら、彼は本当にそうするだろう。そして、本当に信用出来るものがこの件を受け持つのも分かっているし、ジムに対して信用が無いわけではない。自分に任された仕事、ケネスにとってはどん底から這い上がった今、どんな仕事でも成し遂げたいのである。若干、ランドンを見返してやりたいという私情も挟んでいるのだが。

「…帰るか」

 ジムが言っていた自分に近付いている危険にも、情けないが怖くなってしまった。自分を気に入った犯罪者、それがどのような者かは知らないがジムが言うのなら近付かないのが一番である。ケネスは冷たくなったコーヒーを片手に、立ち上がると帰路へ足を向けた。今更であるが道は暗く、こんな場所に一人で出歩く最近の女性の方が自分よりも強い気がしてくる。ジャケットのポケットに手を突っ込み、身震いしながら角を曲がった。こんなところで叫んでも誰も助けには来てくれないだろうと思いながらコーヒーをのみほすと話し声が聞こえる。しかも男女のようで楽しそうにはなしていた。
 そこでケネスは少し前のことを思い出す。そう、あれはケネスが仕事でこっぴどく怒られた日だ。肩を落として帰っていながら、家についたら明日は休みだし酒に弱いがやけ酒でも煽ってやろう、と考えていた時、横に幸せそうな今時のカップルが通る。ケネスはただいいなあ、と眺めていただけなのに、女性の方がケネスの視線に気付くと彼氏の影に隠れてケネスを指差した。「あの髭面のおっさん、さっきから見てくる! 変態?」「あ? なんだあ、おっさん、通報されてーのか?」通報されても一番近い俺が対処するだけだけどね。どこかで冷静に思いながらも、そう言われた時、ケネスの何かが壊れた音がする。それから、ケネスは出来るだけカップルが通るような所には行かないようにしたしいれば見ないようにして、ついでに髭も一日と空けずに剃るようにしていた。
 トラウマを思い出したケネスは、道を引き返そうとするがジムに早く帰れと言われたし自分の家はこっちの方向に行かなければかなりの遠回りとなる。見なければ良いのだ、大丈夫。彼らが遠くに見え始めて、足早に過ぎようとすれば楽しそうな声が耳に入った。

「見たことある顔、モデル? それとも俳優かしら?」
「さてね。俺が誰か当てたら一杯奢ろうかな」
「あら、素敵。それじゃあ」

 クスクスと綺麗な声が聞こえて、ケネスは女性の顔が見たくなる。きっとこの声は大人の女を絵に描いたような綺麗な人なんだろう。綺麗な女の人がコーヒー片手にパソコンをいじる姿はケネスのどストライクだ。どうやらケネスは、かわいい系より綺麗系に弱いらしい。そんな余談は置いておき、続いて放たれた言葉にケネスは歩を止めた。

「あなた、パーシー・エリオットね?」

 俺の好みを頭に浮かべている場合じゃない。










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