ケネスはエイルマーに指定された所、いわば自分の家で待っていながら罪悪感に押しつぶされそうになっていた。いや、実際もう胸が押しつぶされて痛い。今更だが逃げられるなら逃げたいとも思っていた。だが、自分から選んだので逃げるわけにはいかない。なにより、今回が自分の人生の恩人、ハロルドに会えるチャンスなのだ。
 黙って待っていると、インターホンが鳴る。ここ最近、インターホンが鳴ったことなどないので、これはエイルマーだろうと確信しながら急いでドアを開けた。だが、そこに立っていたのは宅配便のお兄さん。

「お届けものでーす」
「届け物? ああ、ご苦労さん」

 届け物なんてここ最近もらっていない。はこを見ながらたまたまポケットに入っていたお金をチップに渡すと、包み紙を広げて見た時、扉が閉まる音がした。すると、宅配便の彼も部屋に入っている。ケネスはなぜこの人も入っているんだ、と思い顔をあげると目の前に居たのは綺麗な顔をした男。

「もしかして、エイルマー?」
「いかにも。はじめまして、ケネス。君の不用心さには呆れてちゃうよ」
「う、うっせえな」

 ケネスが悔しそうに言うとエイルマーは堅苦しい帽子を外して何処から出したのか黒色のハットをかぶる。そしてその帽子から覗くのは緑色の髪と、目は珍しい琥珀色。口と鼻、耳朶と軟骨には右左ともに五個づつ付けているが、まだ穴はあるらしい。さぞ痛かっただろう、とゾッとしていると、エイルマーは服を脱ぎ鞄からシワ一つないスーツを出して、着替えはじめた。黒光した靴に履き替えて、此方を見る。

「さて、本題に。ハロルドの事が知りたいんだっけ? ハロルドの事って? 居場所か、あと家族構成? もしかして過去の事か?」
「えーと、いや、ちがうんだ」
「なんだ、もっと深いこと知りたいのか?」

 ここまで来ても覚悟のつかないケネスは考えた。ハロルドの居場所を知って会ってお礼を言う、これは、警察として許されないだろう。そしてなにより、またジムに嘘をつくことになる。それは流石に出来ないと思い始めた。だが、それではエイルマーが危険をはらってまでここに来たのが水の泡である。そこでケネスは考えた、これ以上ないくらい考えた。

「ハロルドと電話させてくれないか、一回でいい、話がしたいんだ」

 エイルマーは予想外のことを言われて面食らう。そして、考えているのかピアスを触ると、ケネスを見た。

「何のために? 逆探知でもするつもり?」
「ち、ちげえよ。ただ犯罪者の居場所を知って黙っておくなんて罪悪感に潰されて死んじまう。だから、電話で。それなら後腐れなくていい。本当に裏なんてないから、お願いだ」

 もう自分と会っている時点で警察としてどうか、とエイルマーは思いつつもたしかに仲間のリスクも少なくなるし、そっちの方が此方としてもいい条件だ。なにより、ケネスの言っている事は嘘じゃないようだ、長年取り引きしていれば嘘が本当かくらいなら分かる。なにより依頼人の言葉は絶対なので、エイルマーはその条件で飲む事にした。鞄を広げると携帯を探す。逆探知された時にいつでも捨てられる様に、携帯はたくさん持っていた。その中でもハロルドと連絡が取れるものは一つだけ。しかも登録されてるのはハロルドと言う名ではない、もし取られてもわからないように、と被害を少なくするためだ。エイルマーは偽名だっていっぱいある。実際、このエイルマー・バックル、この名も偽名であった。それはあのお偉い国家警察ですら知らない。
 あれでもないこれでもない、と鞄からたくさんの携帯が飛び出るのをケネスは口を開けて見ていた。ハットの時もそうだが、彼の体や持ち物からはマジックの様に様々なものが出てくるので見ていて楽しい。エイルマーはやっとハロルドの連絡先が入っている携帯を見つけたが、ケネスが目を輝かせてこちらを見ているのに気付いた。エイルマーは動きを止めると、ケネスは首を傾げる。

「なんだ?」
「なにみてんのかなって」
「え、は、はは」

 機嫌悪そうにエイルマーが言うのでケネスは苦笑いすると、エイルマーはもっと顔を顰めた。ただでさえケネスを疑っているのに今のように不審な態度を取られてはエイルマーもいい気はしない。そんな本心が分かったのか、ケネスはバカにするなよ、と言うとエイルマーの鞄を指差した。

「お前、マジシャンみたいだな。すっげー色々出てくるし、格好も凄い紳士的、うん。なんて言ったらわかんないけど、情報屋なんて辞めたらすっげー奴になってそうだなって。つーか、マジシャンになればよかったのに!」

 指と指を絡ませてエイルマーを見るとエイルマーは驚いた顔をしている。ケネスはやってしまった、と思った。好きで情報屋やっているんだし、なによりマジシャンなど路上で暇つぶしをさせるお遊びに過ぎない。こんなこと言ってもバカにされるだけ。ただ、ケネスは昔を思い出していた。
 12歳の夏、両親にはじめての遊園地に連れて行って貰ったときのことである。ケネスは一人で迷子になってしまい、泣きそうになりながらも自分は中学に上がったばかり、泣くもんか、と園内を歩いていたとき、ある一人のピエロが近づいてきた。そのピエロはケネスが迷子になったことを分かって助けようとしていたのだろうけど、ケネスはピエロが一番の苦手なもの虫の次に怖いもので、ケネスは全速力で逃げる。すると、ある男の子にぶつかった。その子は自分より、何歳も下に思えたがちゃんと言葉は喋れるようで、その子は吹き飛ばされたのに腹を立て怒ってケネスを責める。すると、ケネスは段々なんで自分が怒られているんだろうと思った。はじめての遊園地、今頃両親と兄は楽しく乗り物でも乗っているのだろう。なのに自分ときたら大っ嫌いなピエロに追い掛けられて、小さい子に怒られて。最悪だ、と我慢していた涙が流れたとき、男の子はびっくりしていた。だが、すぐに何処かに走って行ってしまって、そりゃそうだもう大きな少年が目の前で泣き出したならば、逃げ出したくもなるだろう。だが、すぐ、男の子はケネスの元に現れた。ハンカチを出してにっこりと笑うと、ハンカチを手の上にのせる。そして、そのハンカチを取ると、男の子の手のひらから小さい白い花が出てきた。感動したが泣かないで、という男の子に感動してもっと泣いてしまったことを覚えている。その後男の子に手を引かれて兄と合流した。
 あの頃からケネスの中で、マジシャンは特別な存在である。だからこれはケネスの中で褒め言葉なのだが、エイルマーからしてみればバカにされたようにも感じるかもしれない、とケネスは弁解しようとすると、エイルマーは腕まくりをしてケネスに両手のひらを出した。

「な、なんだ?」
「手のひらにはなにも乗ってませんね?」

 ああ、と返事をすると、エイルマーはにっこり笑う。その笑顔があの、男の子に見えて、ケネスはびっくりして後ずさりした。

「では、このなにもない手のひらを重ねて、貴方がいま欲しいものを出しましょう」

 そう言って一度叩いた手。ゆっくり開いて見ると、携帯一つが置かれている。なんと、なにもないところから携帯が出てきたのだ。まるで前に見たあのマジックのようで、ケネスは感動して立ち上がって拍手をした。

「わーお! すっげえ!! やばいよ、お前! やっぱりマジシャンになれるよ、凄い!」
「は、そう?」
「ああ、ちょっと、他にないの? 見せてくれよ!」
「…はいはい、それはいいから俺の手に乗ってるものをとってくれるかな」
「え?」

 呆れたように差し出された携帯の画面に表示されているのは、全く知らぬ名前である。なんの話だろうと思った時、本来の目的を思い出した。エイルマーの手から恐る恐る携帯を受け取ると、ケネスはエイルマーを見る。

「ハロルドに、繋がるのか?」
「ああ、きっと。彼が携帯を変えていない限りね」
「こんなことしていいのかよ」
「いまさらだな。いいから、掛けてよ。俺はこれでも一応売れっ子でね、忙しいんだ」
「す、すまん!」

 そうして、ケネスは通話をタッチした。耳に当てると呼び出し音がやけに響く。

『エイルマーか?』









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