タクシーから降りたケネスはあくびを噛み締めながら鍵を出そうとすると、ポケットを漁るといれた覚えもない紙が入っていた。しかも綺麗に畳まれて、ご丁寧にDear Kennethと書かれている。いつの間に入れられたものか不信に思いつつも好奇心に勝てるはずもなく、その紙を広げた。すると、そこには五天王の一人、この世の中の情報を掴むエイルマーへの取り引き方法が書かれていたのである。なんで、誰の仕業だ、自分を陥れようとしているのか、と慌てふためいた時、携帯が鳴った。相手はなんと、フレーザー警視長こと、ジムだ。

「は、はい?」
『手紙は見たかい?』
「え、これ、フレーザー警視長が?」

 まさか、ジムほどの人がエイルマーとの取り引きの仕方を知っているとは思わない。彼は指名手配犯ではないが警察がマークしているのは確かで、彼とのコンタクトの取り方を知ったのならば自分に教えるよりも警察本部に公開するのが警察としての役目だ。驚いていると、ジムは電話越しに苦笑いする。

『いいかい、ケネス。警察の上部までなると色々あるんだ。どうしても欲しい情報は彼に頼むとか、ね』

 ケネスは息を飲んだ。警察の中でも自分の地位をあげるために犯罪者と手を組むものがいると聞いたことはあるが、まさかそれが自分の憧れ、ジムだったなんて。犯罪者を庇って嘘ついた自分も人の事を言えないが、これはバレてしまえば警察を辞めるどころかお縄ものだ。ケネスは焦りながら声をあげる。

「いけません、こんなこと! バレれば警視長だってただじゃ…」
『しー、静かに。近所迷惑だ』

 まるでジムは自分の隣にいるかのように、ケネスの状況を分かっていた。たしかにまだ部屋にも入っていない外でこの話をするのは危ない。ケネスはポケットから鍵を出すと、ドアを開けて部屋へ入った。そして、また電話口に話しかける。

「とにかく、この事は聞かなかったことにします。しつれいしま、」
『誰しも秘密はあるよ、これは君にも言えることだ。分かるだろう?』

 ジムの優しい声に、ケネスははい、と返事をするしかなかった。その返事にジムは笑う。

『良い子だね。僕の秘密はそれ、エイルマーと取り引きをしている。それを君に話したということは、僕は君を信用してしているんだよ、分かるね?』
「な、何が言いたいのか、分かりません」
『簡単なことさ。聞きたいことを彼に聞けばいいのさ』

 ジムの言葉にビクリとした。三十路の誕生日、あの日から胸に秘めている思い。聞きたいことは一つだ。聞きたいこととは、ハロルドの居場所。もう一度彼に会って、お礼を言いたかった。犯人なのでは、と疑われたりもしたが、やはりここに居れるのは気まぐれといえどハロルドのお陰なのである。
 ジムがだれのことを言っているのか分からないが、ここまで言われると自分の心までお見通しなのではないかと思った。ケネスは押し黙ると、ジムは追い打ちをかける様に言う。

『大丈夫だ、少しあって話を聞くだけだ。罪悪感なんて感じる必要ないんだから。じゃあ僕は言ったよ、あとは聞くも聞かないも君次第だ』

 電話はそれ以上を語らずに切れた。ケネスは携帯と紙を交互にみて、頭を抱えるが、すぐに引き出しからもしもの為の置いておいた大金を取り出すと封筒にいれる。そして吹っ切れた様に殴り書いた。
 さて、そんなケネスの背中を押したジムはというと、背中にナイフを押し付けられていた。もうすでにきれている携帯を耳から離すと、ジムは冷や汗をかく。

「これでいいのかい?」
「うん、上出来だ。」

 服越しに感じる鋭い刃先にジムは焦りを感じながらも、自分の靴に仕込まれた銃をいつ取り出そうかと思っていた。だが、後ろの男は隙がなく動けば容赦無く自分を刺すだろう。ジムは手をあげながら、彼の気を引くものを考えた。それは、まさしく、ケネスである。

「ところで今の会話はなにか教えて貰えるかな。ケネスはあのエイルマーに頼んでまで誰のことを知りたいのか、そして君はなぜ自分のリスクまで背負って警視長の僕に近付いた? なぜ、そこまでしてエイルマーとケネスを会わせたい?」

 自分でも聞き過ぎたと思いつつも気になるところだ。あの真面目なケネスが犯罪と分かっていても、誰かの情報をエイルマーに聞きにいったなんてよほどその誰か知りたいんだろう。それも気になるが、実際聞きたいのはこのいかれた男が自分のリスクを背負ってまでエイルマーの居場所を教えたことだった。すると彼はすんなり答える。

「僕は彼に恩がある、ケネスに恩返しをしたいと思ってたんだ。なにかしてあげたいと思ってたんだけど、浮かばなくてね。そしたら彼はある男に人生を変えられたと言うじゃないか、そこで僕は閃いた、そこまでされたらケネスは礼儀正しいからお礼を言いたいだろうなって思って機会をあげただけさ。別にエイルマーにケネスを合わせたいわけじゃない。それで、ケネスが憧れる上司、君のいう事ならケネスは従うかなって思っただけ。あと」

 後ろのナイフがより一層、背中に威圧をかけた。

「ケネスがエイルマーに僕の情報も聞いてくれないかなって、ほんのちょっとの期待だよ。」

 あは、と聞こえる声にジムは確信する。最後の方が彼の本心なのだろうと。ジムは彼がどんな人物なのか気になった。あのエイルマーとの取り引きの仕方も知っていれば、この厳重な警備の警察本部に入ってきた上に警視長のジムを捉え、隙を一度も見せない犯罪者。名を聞けば殺される可能性すらあるので黙っていると、背中のナイフにいれる力が徐々に弱くなるのがわかった。すると、彼はジムから離れる。

「大丈夫、君はケネスに優しいから殺さないよ、これからも頑張ってね、フレーザー警視長」

 そういうと物音がして、後ろから人の気配がなくなる。意を消して振り返ってみればそこにはもう誰もいなかった。ジムはまだうるさい心臓を抑える。いなくなるときに言った言葉、君は殺さないといったがあの言葉は全くの嘘だ。最初感じた殺気といったら、誰でも気付くほどのものだ。何年も警察をやってきたが、こんなに死と直面したのははじめてで、息をするのにも一苦労である。

「ケネス、君は何を隠しているんだ。僕はただ君が無事なことを祈るよ」

 ジムはそういいながら、自分の唇に手を当てた。ケネスの熱は、温かい。近くにいればもっと欲しいと感じてしまうほどである。ケネスがなにかを隠し事しているのはケネスの態度でわかっていたが、こんなに危険なことに頭を突っ込んでいたなんて。
 そこでジムはそうだ、と思い出して今度は取りやすいところに、と銃をウエストにねじ込ませた。こんど襲われたら迷わず頭を撃ってやろう。





 

 
 




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