文化祭当日、春は心に問題を抱えたまま、1日目を迎えた。他のクラスの出し物を楽しみにする龍太とは対照的に、気を落としていながらタピオカジュースを大量生産している。

「あー早く抜けてカレーうどん食べてぇ! な、しゅん!」
「おお」
「しゅん、ミルクティー3つ」
「おお」

 人の話を聞いているのかいないのかは分からないが、仕事だけはきちんとこなす春を、浩はロボットにしか見えなかった。ただジュースを注いでいくロボットを、心配してやりたいが、心配しても彼には迷惑なのだろうと思う。自分が力になりたいと思っても、浩がいくら話を聞いても、なにも解決しないことくらい浩はわかっていた。
 あと10分で終わる、自分達の当番をまだ続いてほしいと考えたのは、浩には珍しく考えることが嫌になったからである。

「おつかれー」

 浩の微かな願いは叶わず、次の担当が来てしまった。ありがたいはずなのに、浩はため息をつきながらエプロンを外す。もちろん、春はそんなことも気付かずまだ生産しているので、仕方なく引っ張ってテントから出してやった。

「大丈夫か」
「うん平気、今も理依哉は女の子といんのかな、とか考えてないよ、うん、ほんと」

 何かに指示されたように、平気、平気と繰り返す様はいつもの春でないし、無理をしているのが分かる。浩がなにか励ますように声をかけようとすると、エプロンを外したばかりの龍太が春の肩に腕を回した。あまりの力に春は斜めになるが、浩が支えてなんとか立つ。

「こら、龍太!」
「ごめんごめん! ほら、しゅん、元気出せ? ちゅーしてやるからぁ」
「えっ、ちゅーはやめろ!」

 木のように突っ立っていた春は龍太の声に反応して、ようやく動いた。その様に浩と龍太は目をあわせて、じりじり、と近寄る。

「こっち来いよー、ぶっちゅーしてやんぜっ」
「俺もするぞ」
「うぁああ、浩きもい」
「…俺だけなのか」

 浩の呟きに、今日はじめて春が笑った。傷付いたように見えた浩も、いつも通りに笑っている龍太も、春の笑顔に安堵する。馬鹿のようなやりとりをそのあとも続けて、追っかけ回していると、誰だか分からないがお腹がなった。そしてつられるように一つ、二つ、三人で顔を見合せ、食べにいくことにした。
 配られたパンフレットを見ながら、あっちこっち行ってみるも、魅力的な物がありすぎて選べない。とりあえず全て買って、皆で分けることにして、一年のエリアから回った。浩は嫌な気がしたが、春がどうしてもやきとりを食べたいと言ってきかないので、行ってみることにした、のだが。

「タオルを頭に巻く柏島くんかっこいいっ!」
「写メろ!」

 やはり、と止まった。
 一年のエリアには、柏島、と聞きなれない名字であるが木葉がいるのである。あの春大好き人間だ。春が自分のクラスの出し物に来たと知ったら半狂乱であろう。浩はさりげなく、春のワイシャツを引っ張るがうっとうしそうに手を振り払うばかりだ。だが、めげないで立ち去ろうとするのだが、その柏島がこちらを向く。

「春さん!!」

 木葉は焼いている鳥をほったらかしにして、飼い主を見つけた犬のように春に駆け寄ってきた。クラスメイトは焦りながら、木葉の分を焼いている。そのクラスメイトをかわいそうに思いながら、春は木葉を見た。

「焼き鳥って木葉のとこだったのか。あ、それより、仕事を放置すんなよ」
「いいんですよ! それより春さんが来てくれるなんて!」
「鳥が好きなだけなんだけど。」

 まったく話聞いていない木葉は、クラスの権限で(と、言うより会計の女の子を言いくるめ) 、長蛇の列を抜かして大量の鳥を入手してくる。また来てくださいね、と抱きついたあと、仕事に戻るが、春が退くまでウィンクの嵐であった。浩は顔だけは良いのに、とひっそり思う。

「あの木葉ってやつさすがだなぁー! 俺の舎弟にしてやんよ!」
「龍太は軽すぎ、しかも何様」
「ああ」

 半分木葉のおごりであるため、上機嫌な龍太は鼻歌を歌いながら肉を頬張った。その様はライオンに見えるのは春だけだろうか。自分も肉を少しずつ口に入れながら、龍太を見た。次はカレーうどんと言っているのを聞いて、さっき食べたいと言っていたのを思い出す。
 自分が気を落としているせいで、二人が気を使っていることくらい春も分かっていた。なによりも春を優先にしている。優しい二人のことだ、二日目もこのまま自分に付き合ってくれるに違いない。だが、龍太の気持ちを知っている以上、どうにか二人きりで回らせてあげたかった。それには自分がしっかりしないといけない。今までで、学校内を結構回っているが、桐間には会っていない。もし、会えば最初に戻ってしまうだろう。春は細心の注意を払いながらできるだけ、周りを見すぎないようにした。
 一日目は二人の好意に甘えて、二日目は一人で回ろう。当番が終わってから教室で寝るのもいい。目の前で相変わらず優しい二人を見て、春は心から微笑んだ。


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