木葉が二年の教室にいることがおかしいと気付いたのは、春と龍太と浩のなかでは浩しかいなかった。当たり前のように春の机に前屈みになりながら、春と会話しているのを見て、浩は汗をかきながら突っ込む。

「いやいやいや、あれおかしい! なに溶け込んでるんだ!」
「え、なにが」
「気付かないのか、お前は!」

 鋭いツッコミを入れても、龍太は大好きなコーラを飲みながら浩に聞き直した。浩はかくがくしかじかで、と説明をすると龍太はやっと分かったようで木葉をみた。
 木葉は、春と楽しそうに会話を広げている。春も木葉と居ることを楽しんでいるようで、昨日と一昨日の落ち込んだ姿は見られなかった。春が元気になるのは良いが、相手が木葉なのは二人が思うにあまり宜しくないように思える。
 木葉が春に想いを寄せていることは話に聞いていたが、目の前にして言われなくても分かると龍太と浩は思った。木葉が春に向けている目は、まさに春が桐間に向ける目なのである。

「浮気かね」
「からかうな。しゅんも、つらいんだろ。浮気というより、頼っているんじゃないのか」

 浩が春と木葉を見守りながら言うと、龍太は首をかしげた。桐間に愛想がつきたのか。まあそれも分かると龍太は笑うが、春が桐間を嫌いになるわけがない。きっと、いや、確実に原因は桐間の方かと思えた。だが、ここでまた龍太がでしゃばれば、次こそ桐間と春の中を壊す気がして、てを出すことはできない。もとはと言えば、龍太が余計なことをしたせいでなったことだ。龍太もどうにかして落とし前をつけたいのである。
 いきなり黙りはじめた龍太が、何を考えているかなど浩は聞かなくとも分かっていた。だからこそ、浩もなにも言えない。良いアドバイスが浮かばないからだ。二人でもんもん、と考えているとチャイムが鳴ると同時に桐間が入ってくる。そこの後ろにはクラスでも目立つ女子がちらほら居る。それを見て春が目をふせ、桐間は春を気にする素振りすら見せなかった。担任の教師が入ってきて、やっと木葉は教室から出る。その時、桐間と木葉が睨みあっているのを、浩だけが感じた。
 春が桐間と距離をおいてから、桐間の女付き合いは悪くなったのは春じゃなくても分かる。桐間は性格を作って話しているわけではなく、そのまま冷たく話しているがまたそこがいいと近寄る女子も少なくはなかった。春も桐間からではないと言い聞かせるが、喧嘩してからの桐間は女子の前でよく笑う。
 話しているのも、良いと思った。別に一緒にいるなとも言わない。けれど春は、そんな優しい笑顔を、恋人の自分に向けないのに、他の人には向けてほしくなかった。今日も桐間の行動は春の胸を締め付ける。

‐‐‐‐‐‐‐

 文化祭の準備は春たちが手伝わなくとも、ほとんど済まされていた。教室の内装は女子たちが終えている。文化祭まであと3日、春たちの出し物は面白おかしくもないタピオカジュースの販売であった。

「ねー、しゅんくん!」

 帰ろうとかばんを肩にかけると、可愛らしい女子に名前を呼ばれる。久しぶりに女子に話しかけられ、またその女子が同じクラスなのに初めて話した女子となると、どうせ浩と関わりたいなどと言い出すのだと思った。浩と関わりたいと言えば龍太許さないんじゃないかと思いながらも、浩も、龍太も、木葉も、桐間も女子から人気な者がよく、こんなにも自分の周りに寄ってきてくれたものだと思う。
 だが、友達たちを好む彼女たちには罪はない。春は眼鏡をあげながら出来るだけ優しげになに、と答えると、女子はひかえめに顔を赤らめた。

「もし、良かったら、なんだけどね? 後夜祭のダンス、一緒に踊ってくれないかな。」

 一瞬にして春のあたまはショートする。今なんと言った、と聞きたいが、聞き直して取り消しにされたらそれはそれで嫌だ。すぐにこうとして、春の首は止まる。
 俺は理依哉がもし、女子と踊ったら嫌だ。だから、もしかして、理依哉も嫌かもしれない。
 そう思うと頷けないでいた。たとえ、桐間が他の者と約束していても、自分は約束はしたくなかったのである。きっと、二度とないチャンスであろう。けれども、春は手を揃えると、頭を下げた。

「ごめん、俺、後夜祭出れなくてさ。誘ってくれてありがとう」

 春が本当に申し訳なさそうに言うと、女子も分かったようでいいの、と笑う。春はその子が傷ついたか心配だったが、桐間を裏切るのは嫌だったのだ。
 女子に別れを告げて、教室から出る。やはり自分は桐間しか、ダメなのだと思った。彼しかいないのである。
 木葉に会うのも気が引けて、今日はサッカーをしないことにして、春は真っ直ぐ駅に向かった。

「しゅん!」

 足早に歩くなか、春は名前を呼ばれる。聞き覚えのある声に振り向くと、そこには龍太の友達、海飛が笑いながらこちらに手を振っていた。春は龍太や浩などでないことを、良く思った。今は親しい人には会いたくない。深く考えたくないのだ。
 立ち寄ってくる海飛に足を止めると、海飛はすぐに春のもとへと来た。珍しく女の連れはいないようである。

「なに、いまから帰るの?」
「おお。海飛は?」
「俺もそうなんだ。駅まで一緒にいこうぜ。確か地元の方向一緒だしさ」

 仲良く二人で帰る仲でもないが、人当たりの良い海飛の笑顔に春はうなずいてしまった。後悔もないので、海飛はよほどフレンドリーな者なのだと思う。
 二人に共通の話題など、龍太くらいしかないが、龍太の話をせずとも、話は盛り上がった。学校の授業、先生、文化祭、はたまた昨日のテレビの話まで。いつの間にか腹から笑っている。春は笑ったのは久しぶりだ、と感じてしまうのはもちろん近頃、笑っていないからだ。否、笑ってはいたが、楽しいという感情が無くなっていた。楽しいの感情が来る前に、どこか虚しさが来たのである。
 それすら忘れさせる海飛は凄いと、春は思った。結局話に花を咲かせて、駅前のファーストフード店に入り、二人で笑いあっている。そこで、海飛は笑いすぎて出た涙を拭いた。

「しゅんとこんな話したのはじめてだよな!」
「そうだな。お前への認識、龍太の友達だし。」
「ああ、俺もそんな感じ!でもなんかもう友達みたいな。あ、メアドおしえてよ」

 海飛は携帯を出しながら、春へと言う。いいよ、と言って携帯を出すはずが、すぐに出せなかった。あれ、あれ、とポケットや鞄を漁るが、見つからない。そこで春は気付いた。見つかるはずもない、学校の机に置いてきたのだから。

「うっわー、やっちまったよ! 学校置いてきたー!」
「まじかよ! 最悪だな、じゃあ取り行くべ」

 携帯を取りに戻る気満々な海飛は、トレーを片付けようとしている。だが春は止めて、自分一人で取りに行くと言った。折角駅まで来たのにわざわざ、海飛まで往復させるのは気が引けたからである。
 海飛は行くと意見を曲げなかったが、強く言えば、気を付けろよ、と渋々折れてくれた。春は本当に良いやつだと思いながら別れを告げ、来た道を引き返すことにする。
 今日はなんだか良い日だったのかもしれない、と鼻唄を歌いながら春は思うが、学校に戻り教室についたときにそう思ったことを後悔した。
 教室には仲良さげに話す、桐間と男子一人と女子二人がいる。ドアを開けた春を四人で見るが、桐間だけ目をそらしてしまった。春は気まずく思い、携帯を取ると一人教室を出る。走るなか、誰も春を追ってはこなかった。

 あの、男の子は誰。あの、女の子は誰。あんな笑顔は俺にしか見せなかったのに、なんで。
 今まで味わったことのない嫉妬が春を襲う。桐間は春のものでもないのに、ただ、自分に掛けられない優しさを誰かに向けるのは嫌だと思ってしまうのだ。

 情けない、醜い、やり場のない気持ち。春はただ、駅まで走るしかないのである。



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