「話ってなんだったの」

 皆がぞろぞろと昼食の準備をするなか、よっぽど気になったのか、桐間は授業が終わったあとに春の席へとやってきた。春も桐間の所へ行くつもりであったが、あまりに切迫感があったので息を詰まらせた。ここではない二人きりの所で話そう、言おうとするがなかなか出てこない。桐間にひかれてしまわないか心配なのだ。
 やっと言いたいことがまとまり声に出そうとすると、春は後ろから衝撃を受ける。軋む背中を押さえながら後ろを睨むと、後ろには笑う龍太が居た。

「りゅーたぁあ!」
「うわ、なに、なんで怒ってんだ、っいてて」

 邪魔された上に、清々しい笑顔を向けられてムカつかない奴はいない。春は龍太のお腹にパンチを入れるも、龍太は軽々と拳を手で受け止めた。だが、力は強いのか龍太は、痛そうに声をあげる。それでも春は殴り足りないようだった。
 春の怒っているはふざけている程度であるが、桐間はそうではない。春と龍太に近寄ると、二人の間に入り龍太を睨み付けた。龍太の笑顔も消えて、クラスの中で気付いた者には注目を浴びている。

「お前と話したいことがあるんだよね、ちょっと来てよ」

 明らか、怒りを含んだ声で手招きしながら教室を出た。春は桐間が怒っていることが分かったが、怒った理由が分からない。呼ばれたのも龍太であるし、ここで付いていけばもっと桐間の機嫌を損なう気がした。
 龍太は春が悲しそうに眉尻を下げているのを見て、首を曲げて鳴らす。そして面倒くさそうに一歩を踏み出すが、やりとりを聞いていた浩が龍太の腕をつかまれた。後ろを振り向くと、浩は龍太の腕を力強く掴み直す。

「下手なことは言うな、最近の龍太は邪魔するような事ばかりしている気がする」

 浩は春に聞かれないように、龍太の近くで言った。龍太は浩の真っ直ぐな視線に、目を細める。浩は春を大事にしている、そんな友達の恋路を邪魔している龍太は今や敵なのだろう。攻撃的な眼に、冷や汗をかいた。

「気のせいだよ、浩。」

 龍太はとぼけたように言いながら、浩に背中を向ける。目は、何故か見れなかった。

‐‐‐‐‐‐‐

 龍太ははや歩きで、先に教室を出ていった桐間を追う。桐間が怒っていることぐらい、龍太は知っていた。むしろ怒らせたのだ。
 龍太の中でも、春は大好きな友達だった。凄くいい奴、と毎日思っている。そんな春の桐間への思いの話は、春が桐間を好きと言い出した頃から、最初から、聞いてきた。桐間のことになるといつも真面目で空回って、それでも一途で、そんな春が可愛くてしょうがなかった。
 龍太はだからこそ、今まで桐間が春にしてきた事を思い出して、苛立つ。今更好きだとか、虫がいいとさえ思った。けれど、言われてみれば桐間が途中から春を気になっていたことくらい龍太にだって分かっているし、春が桐間を好きな気持ちも、桐間が春を好きな気持ちも、一緒であったし、なんの問題もない。ただ、桐間は我が儘すぎると思った。子供のように身勝手な性格は桐間の元々の性格である。春も今ではなれたようであった。龍太も最初は気にしていなかった。
 だが、気になり始めたのはついこの前である。桐間が自分たち、つまり春の友達に嫉妬しているのが分かった。春が友達を優先にする性格なのは、龍太も以前は嫌な思いをした覚えはあるが、それも理解すべきだと思う。それなのに桐間は理解もせずに感情を口には出さず、春に当たっていた。自分はと言うと、春の感情も気にせずに女の子と話呆けているという。春が今気にせずとも、いつかは気になること。だから龍太は尚更苛立った。
 はじめは、桐間が傷付くことをいうつもりであって、春には言うつもりはなかった。春が傷つくのはみたくなかったからである。けれど、思わず言ってしまった。周りにいる友達のようにふるまってしまったのだ。龍太はほとほと自分の軽い性格がいやになる。春は自分の周りとは違って傷付きやすいのだ。
 後悔しつつも、今のような状況になってくれて良かった。龍太は桐間と二人きりになりたかったのだ、ガツンと言ってやりたかった。これで嫌がらせを終われると一安心。龍太だって、不機嫌な桐間に悲しむ春を見たくない。
 龍太が考えていると、目の前の桐間が人気のない場所で止まった。ここで話すのか、龍太はきょろきょろと周りを見る。確かに昼休みだというのに、誰もいない。定まらない目線を桐間に合わせると、桐間は口を開いた。

「お前、春のこと好きなの?」

 龍太は吹き出しそうになる。桐間はちょっと意識をし過ぎているが、やはり自分がしていることは、春のことを好きなように見えるのだと。予想通り過ぎて笑えた。

「ふつーの友達だけど?」
「…お前、スキンシップ多すぎ」

 間も開けずに即答した答えに安心したのか、桐間の顔の緊張は解れ、小さく言われる。相変わらず面と向かって言わない桐間に、イライラしつつも、笑顔で返した。

「んなことよりも、俺たちにそんな嫉妬するなら、しゅんに言ってみたらいいんじゃねーか」
「かっこわるい」
「そういうんじゃなくてよ、自分たちの気持ち、話し合ってみたらどう?」
「お前は関係ない」

 どっちの感情を知った上で話し合えと言っているのに、こいつときたら…。やはり話し合う相手を間違えた。龍太の頭は、すでに限界である。だが、このままでは折角嫌がらせしたのに意味がない。
 ここは俺が大人になんなきゃだめだ!
 龍太は自分の中の怒りを沈めて、桐間にこれ以上ない笑顔を浮かべた。

「ツレないこと言うなよ。しゅんも桐間が女の子とばっか絡むから、さみしがってんだぜ?」
「え」
「だから恋人らしいことしてやれよ。しゅんもいいやつだけど、そういう欲だってあんだから」

 龍太はここまで言い終えて、これで二人が恋人らしく幸せになれると思う。自分は一役終えたと誇り高く思いながら桐間を見た。桐間は下を向いて手を震わせていた。
 そりゃ恋人が寂しがってること知ったんだ、ショックだよな。
 桐間を慰めてやろうと近寄ると、桐間の顔はショックと言う顔ではなかった。どちらかというと、また、怒りである。

「え、き、桐間さん?」
「また、お前に相談か!」

 桐間は掴みかかるような勢いで龍太に怒鳴ってきた。龍太も怒鳴り返してやろうか、と思ったが、冷静に考えてみる。桐間が怒っている理由がいまいちよく分からない。
 だが、桐間の言葉をよく考えてみた。また、お前に相談か。そんなことをいいながら怒っているということは、春がいつも龍太に相談していることが嫌らしい。
 龍太はいつも相談されていることを、自慢したかったわけではない。春が不安がっていることを知ってもらって、もう少し大人になってもらうつもりでいたのに。

「そ、そんなこと気にすんなって!」
「っ、お前には分からないよね、春のことをよく知ってるし。戸河井なんて、ずっと一緒らしいし…。」

 もういい。と桐間は一人で事を片付けて、その場を去ってしまう。追いかけようとしたが、龍太は掴んだ手をほどかれてしまった。叩かれた手がひりりと痛む。
 もしかして俺、火に油?だっけ。やっちゃった?
 後悔しつつも、そんな龍太には関係なく、腹の虫は鳴いた。



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