斉藤は携帯を机の上に置いて、両手を合わせて拝んでいた。この前の合コン、二人は夏が帰ったことに憤慨し帰ってしまったが、一人だけ残ってくれた天使がいたのである。その子とメアドを交換して三日目、彼氏はいるのか、と聞いた返事が一日立っても返ってこなかった。だが、斉藤は諦めずに粘っている。春は呆れたように横目で見ながらりんごジュースを飲み干した。

「なあ、いつまでそれやってるつもりなの?」
「来るまで、死ぬまで」
「へーそれは大変だねー」

 棒読みで言えば斉藤が睨んでくる。春は携帯を見つめながら、はっと鼻で笑った。最初は応援していた春だったが、たしか斉藤は隣のクラスの何とかちゃんにもメアドを聞いていて、その子にも気があるような態度を取っていたので応援する気持ちもなくす。この女好きめ、と呟くと斉藤が鋭い目つきで睨んで来たので愛想笑いをしておいた。

「きもっ、なに携帯に拝んでんだよ」

 いきなり本当に気持ち悪そうに顔を歪めてきたのは、久しぶりに話す夏である。夏とは星を見てからというもの話し掛けられることが無かったし、桐間に夏には今でも近付くなと言われていたので自分からは話し掛けられなかったのだが、少し淋しい思いでいた。折角脅しもなくなり夏のことを少しだが知れて、友達になれたと思っていた距離を置かれている。その事実が悲しかった。
 相変わらず口の悪い夏に斉藤はムッとするも、次は頭に携帯を乗せてまた拝み出す。ゲラゲラと笑う夏を見て、安心した。前見た時はしおらしくて、どこか元気ないように見えたので夏は生意気なくらいが丁度いい。

「あっはは、きっも! だから彼女出来ねーんだよ!」

 …こういう、無神経なところは改善して欲しいが。

「夏くんだって今フリーのくせに」
「…はあ? セフレなら居るし」
「あのなあ! もっと純粋な恋をしなさいよ!」

 羨ましい、と斉藤が小さな声で呟いたのはスルーして春は机を叩くと夏を叱った。まず、夏くんはモテるからって調子に乗り過ぎ、そしてオブラートに包むことを覚えた方がいい。あと女の子にはもっと、割れ物を触るかのように、ふわっとだな。
 春が想像だけで色々説明すればしかめっ面で、さすが童貞、と言われてしまった。悔しいが言い返せない。ついでに、俺は一生童貞なんだろうなあ、と思う。

「だからー、夏くんはもっと可愛らしく恋をするべきだよ!」
「はいはい。つーか、お前が言うなよ。純粋な恋をしてたのに見事にムードごとぶち壊したのはお前だっつの」
「いつ俺が邪魔したんだよ! 逆に応援してただろ!」
「そっちじゃねーよ、あほ。あーもういいや、この話なし。恋なんてもんはな、適当で良いんだよ」
「ダメだっつの!」

 ひょんな事からくだらない言い合いが始まって、二人の意見のぶつかり合いになった。最初の方はクラスのみんなも夏が子供のようにはしゃぐのは見たこと無いので驚いていたが、今ではまた始まったかくらいだ。
 斉藤は二人が譲り合わないことを知っているので間に入って止めることもない。ついでにメールを問い合わせてみたがやっぱり来ないので、前の二人に目を向けてみた。

「なんだかんだ言ってこいつら仲良いなー」

 取っ組み合いになっているので二人には斉藤の独り言は聞こえていないが、聞こえていたら仲良くない、と声を合わせて言うんだろう、と思うと斉藤は笑えてくる。
 斉藤とて、夏を完全に信用していたわけではなかった。良い噂は聞かないし、彼女だって寝取られたんだから少しも根に持っていないわけがない。最初は疑ってかかっていたが、最近夏の印象も変わった。前は夏も人を信用しておらず、楽しんでいるようで心から笑えてはいない。どこか人を小馬鹿にしたような態度だったが、春といて彼は変わった。心から笑えているのだ。笑顔から楽しいと言う気持ちがこっちにまで伝わってくる。だから見ていて今の夏なら信用できると思った。

「しゅん、お前はすげーな」

 誰にも聞こえないように、友達を褒める。一回もしたことなかったのでどこか気恥ずかしかった。
 一方、桐間は、と言うと先生が進路の話をするのを聞きながら、夏と話したことを思い出す。夏はプライドが高く、横暴と見えて意外と好きな人の幸せを願うタイプのようだ。あの調子なら春を追いかけることも、桐間と春の仲を引き裂くことも無いと思われる。だからといって、春を好きになった、というより今も好きかもしれない男を春の近くに置きたくもなかった。だが春のことだし言った事も忘れて今頃夏と仲良くしているんだろうな、と思う。春と過ごして分かった事は、嫉妬しても現状は変わらないので多少の関わりならば許さなければいけないということだ。

「はあ」

 春が裏切るはずがないと分かっているのに、どんどん浮かび上がる不安。春の事ばかり考えていたら会いたくなって、重症だと思う。すると、前から紙が送られて来た。配られてきたのは進路の紙のようで、就職と進学、その他と選ぶらしい。桐間は春の事を浮かべた。春と進路の話をした事があるが、お金が入るのならばなんでも良いということで就職の自分に対し、どうやら春は昔から夢があったようで。子どもが好きなので保育士になりたいと思っていたらしく保育士養成施設に行こうとしていた。春が子どもと戯れているところを想像するのは少し心が癒されるが、この後大学に行くのは心が許せない。
 大学に行くならば、自分の知らない人と触れ合う機会も増えるし、春は意外と女の子に紳士的だ。女の子に言い寄られたらコロッと行ってしまうんじゃないかと不安になる。

「あああ、もう!」

 頭を抱えて独り言を言う桐間に、隣の海飛は頭の良い桐間が頭を抱えるなんて最近の就職難はよほど進んでいるんだろうなと、一緒に頭を抱えた。

‐‐‐‐‐‐‐

 二人並び、今日あった出来事を話しながら帰るのは日課になっている。春が夏と話したことを言うと、やっぱりな、と思いながらも夏とは友達になれたと純粋に笑う春に、桐間は疑ってはいけないと自分に言い聞かせた。

「そういえば、今日の進路の紙。なんて書いた?」
「進学ー、もう行きたい短大決めてるし」
「え?」

 桐間は春の言葉に聞き直す。春が進路を着々と進めていたとは初耳だ。春は桐間の言葉に笑いながら返す。

「保育士になりたいって今の担任に言ったら色々調べてくれてさ。男でも入りやすくて、ここから近いとことか調べてくれたんだ。まあ、そんくらいだけどこれから頑張るつもりだよ」

 か、かっこいい!
 桐間はそう、とクールに返しておきながらも心の中では自分の恋人めちゃくちゃかっこいいんですけど、と悶えていた。正直に言ってしまえば桐間は少し、いや少しどころか春を美化している部分がある。だから不安は膨らんで、自分との惨めさが浮き彫りになるのだ。

「理依哉は? 行きたい就職とか決まった?」
「求人票はまだだって。七月から本格的にくるらしい」
「そっか。良い所見つけられればいいな! どんな職ついても理依哉はかっこいいんだろうなー!」

 へへ、と笑う春に桐間はポケットに手を突っ込む。もどかしい気持ちがこころを擽った。言わなくても良い、でも罪悪感が浮かんでしまえばいまさら消すことも出来ない。桐間は下を向いて、ぼそりと言った。

「お前の子ども、作らせてやれない。本当にごめんね」

 誰かと笑いあい自分の子どもの頭を撫でる春を想像して、その春の隣の誰かを頭の中で殺す、これは頭の中だからではない。きっと現実で春がそうすれば、自分もそうするのだ。春が子ども好きだと言った時、浮かんで来たのはこの想いと申し訳ない気持ちで。春を幸せにしてやりたいが、それだけは許せなかった。春が幸せならばそれでいい、そんな考えは心の狭い自分には出来ない。
 春は桐間の弱々しい言葉を聞いて吃驚した。そんなことを桐間が考えていると思っていなかったし、言われると思っていなかったからである。
 春は桐間の手を触った。周りに人がいると桐間は離そうとするが春は強く握る。冷たくて、そっけない、だけど人一倍考えている桐間をもっと好きになった。

「なんだ、そんなこと気にしてたのかよ。理依哉くん、かっわいー」
「ひ、人が折角、真面目に言ってんのに」
「ごめんごめん」

 ふざけて笑いながら言った春だが、徐々に笑顔はなくなる。桐間が不思議に思っていれば、春は手を離して、泣きそうに顔を歪めた。

「俺も、ごめん。桐間が他の人と家庭を持つことも許せないし、俺は子供を産めない。ごめんね。ごめん。」

 繰り返しに謝る春に桐間はどちらも有罪なのだと気付く。だが、気付いた所で罪は償えないのだ。どちらも人の幸せのために自分の幸せを譲る気はない。似たもの同士、嫌な言い方に聞こえるかも知れないが桐間はどこか嬉しかった。

「もういいよ、こんなこと言ってたらキリがないね」

 申し訳ないと思っているのか分からない桐間が、呆れたように言う。春はそうだね、と笑って少し前を歩いた。

「あ、今日親いないんだよ、晩御飯買って行くから寄って良い?」

 そう言いながら春は近くのコンビニを指差す。桐間が頷けばコンビニに足を踏み入れ、弁当のコーナーに小走りで行った。その後姿を見て、桐間は春の後ろにつく。

「なんで親いないの?」
「今日の昼から結婚記念日で二人二泊三日の箱根旅行だって。ほんとはゴールデンウイークなんだけど、混むから今の時期で、俺も行きたかったんだけど母ちゃんが休んじゃダメって。ひどい話だよ」

 春と行けないと知った時父親がかなり項垂れていたのを思い出し、春は笑いながら言った。悪態はついているが両親が結婚をして十年以上経っても仲が良いのは嬉しいので、春は反対はしない。桐間はふうんと口の先を尖らせた。

「じゃあ俺の家に泊まれば」
「…へ?」
「駅から俺の家の方が近いし、3日もいないならご飯だって困るだろうし。うちんちは良いシェフがいるよ?」
「いやいや、功士さんに悪いよ!」
「功士は春のこと好きだし平気だよ。はい、なら決まりね。着替え持って俺の家に来な。」

 そう言うと桐間は春の手にあった弁当を戻すと、ジュースを取ってレジに並ぶ。春はごくんと唾を呑んだ。

「お、襲われても知らないよ?」
「気持ち悪い」

 桐間に文句を言われて春は酷い、と泣きまねをするがすぐに笑顔になる。お泊まりは初めてなので、かなり楽しみらしい。そのはしゃいだ春を横目で見て、桐間は笑った。その笑顔を見て春もまた顔をくしゃくしゃにさせる。
 結婚出来なくても、子供がいなくても、例えこれが罪でも、二人は今、確かに“幸せ”を感じた。



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