「じゃあな、理依哉!」
「はいはい」

 満面の笑みで手を降る春に、桐間は恥ずかしそうに背中を向けた。春はそれでもご機嫌である。
 何故かといえば、夏から付き合ってもいいと言われて隠す必要がなくなった為、朝の登校も二人で行けるようになったからだ。桐間の教室まで送って行ったのも、春が今まで会えなかった分一秒でも長く居たいと思ったからである。スキップしそうになる嬉しさを堪えて、春は自分のクラスに入った。席に座って退屈そうにお菓子を食べている斉藤の隣に座り、肩を叩く。

「おっはよー!」
「しゅん! おはよ…てか、具合は? 良くなったのか?」
「あーうん、ただの寝不足だった。ありがとな!」
「あ、おお。まあ、よかった」

 あの後、保健室で桐間といちゃついていたとも言えず苦笑いすると、斉藤は安心したように笑った。すごく良い笑顔だが、口の端にお菓子のカスが付いているのが気になる。春はさりげなく口はしから取りながら、手を拭いた。
 刺激のない日ではあるがこれで幸せな日に戻ったと思う。友達とも仲良く出来て桐間とは今までのように隠してはいるが一緒にいれるのだ。一件落着と思いながら斉藤からお菓子を貰うと、咳が近くに聞こえる。驚きながら上をみれば、マスクをして心底怠そうな夏が春を睨んでいた。

「うおっ、夏くん!?」
「夏、風治ったのか?」
「ゴホッ、この通り治って…ゴホッ、ねーよ!! くそ。おい、風邪薬飲んだのに治らねーじゃねー、か、ぐ。」

 そこまで言うと倒れこむように春の肩に頭を乗せる。一日じゃ治らないだろう、と春は思いながらも席を立って夏を座らせた。おでこを触ってみると、手だけで分かる熱さである。どうして良いのか迷っていると、夏は机にへばりつきながら春の手にすり寄ってきた。それが猫みたいで可愛かったが、すぐに手を離す。

「なんでこんな怠そうなのに来たんだよ、もう一日休めばよかったのに」
「はあ? それは、お前に…!」
「え、俺に?」
「あ、いや、その」

 歯切れの悪い夏を不審に思い、顔を近付けて見ると夏は目を大きく見開く。熱で真っ赤になった顔は、より真っ赤に染め上がった。

「ち、かよんな!」
「は?」
「ばーか!」
「え」

 言い返す暇も無いまま夏は逃げるように他の友達の輪に行ってしまう。居た時間はほんの一分程度で、風のように去って行った。
 自分から来てなにかいいかけておいて、バカとはなんだ。
 春は思いながらも、斉藤が食べていたお菓子に手を伸ばす。斉藤もボリボリと音を立てながら、春を見た。

「夏のやつ、熱で変になったのか?」
「じゃね?」

 夏が気分屋なのは今に始まった事ではないので、春は興味なさそうに答える。斉藤もさほど気にしていないのか、なくなりそうなお菓子を見て次のお菓子の袋に手を掛けた。

‐‐‐‐‐‐

「ちょっと来い」

 昼休みの時間、いつも此方に来ないはずの夏が斉藤と春の元に来て、怖い顔をしながら口を開く。目的は春のようで、春は食べようとしていたお弁当を片手に口を尖らせた。

「まだご飯食べてないんだけど、終わってからじゃだめ?」
「生意気言ってんな、俺が来いって言ったら来いよ」
「夏ー、わがままだぞ。春が連れていかれたら俺一人になるだろ、あとにしてくれよ」

 相変わらず俺様な夏と、自分のことしか考えていない斉藤に血管が切れそうになりながらも、ご飯を一口口にいれると、夏は春の腕を乱暴に掴んだ。と、言っても弱っているので春を立たせるほど力はない。それでも一生懸命春を動かそうと弱々しく立っている夏がかわいそうになってきて、春は弁当を放置して付き合う事にした。

「で、どこ行くんだ?」
「どこでも、いい。とりあえず話が…げほげほ!」
「そんなんで話できんのか? 昨日より悪化してるし。」

 ノロノロと歩く夏に合わせて、春もゆっくり隣を歩くと夏はうっとおしそうに春を見る。春は呆れて、階段に座った。
 ここは屋上の近くの階段だ。屋上はいつも締め切ってあるので、この階段は使われず人がくる事もない。夏の話とは何を話されるか分からないので、人通りの少ないところがイイだろう。教室からも近いし、直ぐに帰れる。夏も了承し、階段に座り込んだ。

「で、話って?」

 斉藤が待っているから、と思いながら早く済ませようと夏に話を切り出す。夏は荒い息遣いのまま、尻のポケットからサイフを取り出し、そこから二千円取り出した。これで昼メシを買って来いとでも言うのだろうか、だとしたら話とは? 春は夏に立ち寄り聞こうとすると、夏は咳をしながら小さく言う。

「これ、風邪薬代」

 早く受け取れ、と険しい顔をするので、春は急いで受け取ろうとするが、手がかたまった。わざわざ、渡してくる必要がない。先ほど春に用事があると言っていたし、これだけのために学校に来たなんてことあるものか。夏の事だからまた交換条件を出してくるのでは、とジリジリ近寄ると夏が顔を顰めた。

「なんだよ」
「いや、別にいいよ。返さなくて。こんなこと教室でも良かったのに。ん、待って、この為だけに学校来たとかないよな」
「…うっせ。」

 照れたように目を逸らす様、本当にこれ以外目的はなかったらしい。意外すぎるし嬉しさはあるが、お金は受け取れなかった。春が勝手に買ってきたものであるし、なによりも夏の風邪は治っていない。余計のお世話だったということだ。春は首を振ると、夏はまたより一層顔を歪める。

「んだよ、俺の金はうけとれねえってか? 随分俺も嫌われたな」
「え、いや、違う違う!」
「じゃあなんだよ。」

 不貞腐れた顔で、夏は腕を組んだ。弱っているはずなのに、威厳は変わらない。春は何て答えれば良いか考えながら、頭をかいた。

「いや、本当いらないから。あれは俺が夏くんに治って貰いたくて買ってきたやつだし、俺が勝手にした事だしさ。」
「あんな、 それ理由になってねーから」
「あ、えーと、ほら! 夏くんは嫌いなのに飲んでくれただろ! 今日だって怠いのにそれだけの為に学校来てくれたし。俺嬉しいから、それで十分だって。ありがとう」

 こじ付けた理由を言えば、夏は目をそらしながらあっそとだけ言う。ぶっきら棒ではあるが、折れたということは納得したようであった。春は夏がお金を財布にしまうのを見て安心する。
 もう斉藤のこともあるので帰りたいと思っていると、桐間と付き合ったと言っていないことに気付いた。このまま言わないで面倒ごとになるのも避けたいが、わざわざ夏が弱って居る時に言うことでもないと思う。夏もさほど、春たちに興味はないと思ったからだ。うんうんと唸りながら悩んでいると、夏がおい、と春を呼ぶ。

「なに?」
「お前さ、まだあいつのこと好きなのか?」

 あまりに話しやすい場を設けてくれたので、心を読まれていたのかと思った。春は夏の隣に座り夏の方を向く。

「あー、それが、より戻したんだ!」
「はあ!? ゲホッ…」
「ああ、そんな大きい声出さないの」
「うるせー! それより、より戻したって、どういうことだ。」

 より戻すとは思っていなかったらしく、夏はかなり驚いて咳き込みながらも、春に状況を聞いてきた。どういうことだ、と言われてもそのままなのだが。春はボロを出さないように打ち合わせした通りに話し出す。

「夏くんが優ちゃんのこと気にしてただろ、俺もりい…あ、えーと、あいつのこと好きだからかなり気になってて。で、昨日より戻せって言っくれたから一か八かで切り出してみたんだよ。そしたら、あいつも俺をまだ好きでいてくれたみたいで。めでたく付き合った、です。優ちゃんのことは遠回しに! あんまり関わらないように言って置くから。これからはそれで解決でいいか。俺らも、お前の前で気持ち悪いことはしないから」

 春は話しながら、納得してくれるだろう、と踏んでいた。前は何のことで夏が自分たちを掻き回しているか分かっていなかったが、もう優が原因だったことは分かっている。それならばそれを条件にお互い干渉しなければいいのだ。オブラートに包んではいるが、関わるな、と言っているその言葉たちに夏は少なからず気を悪くするだろうがいってしまうしかない。
 夏の返事をまっていると、夏は隣で咳を悪化させた。やはり今度話すべきだった、と夏の背中をさすりながら後悔してると夏は首を凭れさせる。そして、か細い声で言うのだ。

「勝手に付き合ってればいーじゃん、優に関わらないなら、それで、いいし」

 その言葉を待っていた春はガッツポーズを作りそうになるのを我慢して、ありがとう、とだけ言う。夏はそれ以上何も言わなかった。

「じゃあ、教室に戻るか。それとも保健室に連れて行く?」
「別に。後で一人で行くから勝手に帰ってろ」
「いや、こんな夏くん置いてけないし、ほら立って。昼食の時間もなくなっちゃうし」

 腕を掴んで立ち上がらせようとすると、逆に掴まれてしまう。またなにか悪戯か、と呆れていると先ほどより力が強くなったことに気付いた。その瞬間、春は夏の腕の中に入る。春は夏を突き放そうとしたが、さすがに病人を突き放せず、震えた指先が自分の背中に当たるのをただ感じた。

「あー、熱で考えらんねえ」
「そ、そうなの。とりあえず手、放してくれる?」
「なあ、前もこの階段で話したこと覚えてるか。」

 話を聞いてくれ!
 春は思いながらも、熱い息で一生懸命問い掛けてくる夏を責めることは出来ずに一回だけ頷く。その間も離れようと腕を剥がそうとするが、力は篭るばかりだ。

「その時さ、俺、お前の元カレ理由に優にフラれてさ。かなり落ち込んでたんだよ。まあその前も何回かふられてんだけど。」
「え、ふられ…」
「ごほ、黙って聞いてろ」

 何を言い出したかと思えばプライドの高い彼が恋愛について語り出す。聞きたいとは思っていたがフられた話など、どう反応していいかわからなかった。言われた通り、黙って聞いてると、夏が怠そうに春の肩に頭を預ける。

「で、イライラしててさ。お前に理不尽に当たったんだけど、俺が本気じゃないっつっても、お前もあいつ理由に俺のことフりやがって。な、お前俺を舐めてんだろ、な?」

 なめてなんかないんだけどな。
 思いながらも返さないで、聞いているだけにした。こうやって聞いているような言い方は夏の口癖で、別に春に答えを求めているわけではない。夏は心地良さそうに春をより一層抱きしめた。

「かなりショックだったんだ。あいつには勝てねーんだろうなって。正直めっちゃ答えた。」

 でも、と夏が顔を上げる。

「お前が頭撫でて来たとき、なんかホッとしたんだ。なんかなやんでんのがバカらしくなってきたっつか。それからお前が側にいんの、安心するっつーか。なんつうんだろ。」
「あ、ありがとう。」
「うるせー、俺が話してんだろ! えー…ゥゲホッ、はー。んで、これからも友達として一緒に、じゃねーな。えと」

 そこで、やっと夏が春から離れた。咳き込んでいたせいで涙目の夏の背中をさすろうとするが、夏はその前に春に言う。

「とりあえずやっぱさっきの付き合えばいいとか嘘だ、あいつとより戻さないでくれ。」

 春は背中に伸ばしていた手を止めた。夏は至って本気である。だが、卑しい笑みを浮かべたり、ふざけて笑っているわけではなかった。本当に本気なのだ。
 春は手を引っ込めて、目をそらす。今の夏は熱でおかしくなっていると思った。

「意味わかんない、夏くん良いってさっき言っただろ!」
「それは、意地張ったっつーか! いいから付き合うなよ!」
「だからもう付き合ったんだってば。」
「じゃあ別れろよ」
「可笑しいだろ? 夏くんが付き合えって言ったんだし、なにより夏くんは理依哉と俺がつきあって嬉しいはず…」
「嬉しくねーんだよ!!」

 夏は叫ぶように言ったので、春はビクリと肩を揺らす。夏が感情的に取り乱すのは初めてなので、するどい目に恐怖すら感じた。春は刺激しないようにと黙っていると、夏はため息つきながら足を蹴る。

「俺も意味わかんねーんだ、自分が。優が居れば良いはずなんだけどよ」
「う、うん」

 もうなんでも良いから帰らせてくれと、春は縮こまって話を聞いていると夏は口を開いた。

「理依哉に、お前はもったいねーよ。お前はバカで単純だけど、素直で一途で。それに比べてあのヤローは」
「あ、俺に理依哉はもったいないよ?」
「ちげーよ、バカ! お前がもったいないんだって」

 話していてクエスチョンマークが浮かぶ春に、夏は半ギレでツッコミをいれる。そして、夏は春に言った。

「男とか好きじゃねーし、べつにお前好きじゃねーけど! けどお前らが付き合うのはヤダ、絶対無理! だから付き合うなよ!」
「はあああ? 意味わかんねーから、理不尽だから!」
「うるせーよ、従えって!」
「絶対無理、もう別れたくないもん!」
「お前っ、っほ、げほ…なに生意気言ってんだよ。バラされたくねーんだろ!?」
「それずるいぞ、夏くん!!」
「うっ、お前にずるいって言われたからって、脅しやめねーからな! 泣き落としでどうにかなると思うなよ!」
「いやいや別にないてないけど!」

 勢いのある言い合いになるが、夏の風邪は悪化しているようで、大きな声をあげたせいで辛そうに肩で息をしている。ここは自分が大人にならなくては、と春は夏の体に手を回した。夏は暴れるも、春は呆れながら肩に夏の手を回す。

「なにすんだ、さわんじゃねー!」
「はいはい、もう保健室行くぞ」
「俺に指図すん…ゴホゴホ、ごほ!」
「病人は黙ってください」

 春が眼鏡を直しながら言うと、夏は本当に辛かったのか咳をしながら黙り込んだ。階段を一段一段下がって行きながら、夏は下を向く。

「俺なんかほっときゃいいのに。変に優しくすんなよ」
「そんな辛そうなのにほっとけないよ。しかも優しくしたわけじゃないしな。元気だったらもうおいて行ってる」

 誤魔化すように笑う春を横目で見ながら、夏は一つ咳をする。そして心で思うのだ。
 嘘つき、と。

「お人好し、ほんと嫌いなタイプだぜ」

 春は苦笑いする。そんな顔を見て、夏はまた心を擽られた気分になった。




 

 
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