夏から言われた事が頭にグルグルと回り続けているまま、春は学校へついた。するといつもと変わらず斉藤が春の隣に居て珍しく遅刻だな、なんて言ってふざけて笑っている。春も笑返そうとしたが、それができなかった。
 桐間が優に笑いかけながら歩いているところ、想像するだけで吐き気すらもよおす。様子がおかしい春に、斉藤が早く座るように促した。

「どうした? 具合わるそうじゃないか」
「いや、平気」
「平気って顔じゃねーし。なんかあったらいえよ。別に無理には聞かないけど。」

 冷たくあしらわれた斉藤は不機嫌な顔をして、春を見る。春は相談するにも言えないことに自己嫌悪を感じた。
 言えない関係、それならばいっそ別れてしまえばいいのに。そうすれば桐間も可愛い子と付き合えて一石二鳥ではないのか。
 ぐるぐる回る言葉たちに、具合は悪くなる一方だ。斉藤が心配そうにしているのを見て、より一層いやになる。友達に迷惑かけたく無い、ここで大丈夫だと言って笑いたい、それでも出来ない自分がいやだ。

「ご、ごめん」
「あ?」
「やっぱそう言われると具合わりーかも? ちょっと保健室行ってくるわー。」

 この状況から抜け出したくなり斉藤にいうと、春の言い方がふざけてるように聞こえたようで斉藤の機嫌も良くなる。

「なんで最後にハテナついてんだよ。おう、いって来い」
「だってわかんねーからさ。ああ行って来る」

 これで一件落着だ、と安心しながら春は教室から逃げるように出た。すると春に合わせたかのように鐘が鳴る。先生が来る前に保健室へ行こうと小走りで階段まで走ると、誰かにぶつかった。かごめん、と言いかけたところでぶつかった相手が誰なのか気付く。
 そう、桐間だ。そしてその隣には。

「あれ? しゅんくん?」

 また、優だ。
 なんで二人で行動してるだとか、なんで桐間は優に腕を組まれて普通にしているんだとか、言いたい気持ちはいっぱいあったが、心がスーッと覚めて行くのがわかった。
 桐間は春に大丈夫、と声をかけて来たが、春はなにも答えない。そのままふらふらとおぼつかない足取りで二人の横を通り過ぎた。いつしかの時に似ている。ああそうだ、体育祭の、倒れた時だ。目の前がクラクラして、視界が狭くなり、前へ溶け込むように倒れて行く。階段となの距離が近くなった時、手を掴まれた


「春!」

 焦りをふくむ桐間の声に、春の意識も取り戻すことができる。心配そうに見る桐間が、春の腕を持ち、乱暴に引っ張る。

「りい、」
「優、先いってて。俺こいつを保健室連れて行く。」
「え、あ、うん。わかった!」

 そう返事した優が心配そうにかおを歪めるのが去り際に見えた。

‐‐‐‐

「寝不足、貧血、これはストレスから来るものかな。まあ、いいや。ベットかしてあげるから少し寝て帰りなさい。私はいまから出張なんだけど、一人で大丈夫そう?」

 呆れたように保険医が言うのを、春は聞き終わるとなにも言わずに頷くとベットに入る。頼りない背中を見送ったあと、保険医は席を立つと身支度を整えて、扉を開けた。すると前に桐間が立っていて、驚いたように言う。

「あら、まだいたの? 教室に戻りなさい。」
「先生、出張なんでしょ? なら俺が春を見張ってる。」
「彼は疲れてるだけだし、付き添いはいらないわ。さあ、かえ…」
「あー、俺具合悪くなってきた、どうしよう」
「…勝手にしなさい。」

 保険医は諦めたように許可を出したので、桐間は得意げに保険室に入って行った。カーテンの閉められたベットを見ながら、ソファに座る。支えた時に久しぶりに触った春の熱、どこか、もどかしくなった。
 保険医の話を盗み聞きしていた桐間は、春がストレスを受けているのは自分のせいだと分かっている。春が傷付くことをわざと言った。
 優は桐間が一年の頃、同じクラスで告白して来た女の子である。その時桐間はなにも考えなく酷く言い捨ててふったが、三年でまた一緒のクラスになり優はめげずに話しかけて来た。そこがどこか春のようで、可愛く見えてきて現在仲のいい友達だ。恋愛として可愛いと見ているわけではない。優には恋人がいるとちゃんと言ってあるし、優に可能性はないと伝えてあった。だからこそ、絶対的な友情が築かれている。なのに、春が疑ってくるので、信用されていないのが悲しくて、異様に腹が立った。意地悪の意味も込めて、言ったのだがこんなに追い込んでしまうとは。なんて声をかけていいのかわからないまま、五分が経過した。
 このままではいけないと、桐間は立ち上がりカーテンを開ける。縮こまった春が見えて無性に抱き寄せたくなったが、今はそんなことをしている場合ではなかった。ベットの横の椅子に腰をかけると、咳払いをする。

「おきてる?」

 思った以上に自分が緊張しているのだと思った。証拠に声が震えている。春がモゾモゾと動き出したの見て、こっちを向くまで心臓が痛いが冷静を装った。振り向いた春は、とても弱った顔をしていて、桐間は思わずのびた手を止める。
 いま、ケンカっぽくなっているのに手を出したらただの変態だ。ただでさえ弱っている相手に。
 触りたい気持ちをぐっと堪え、春を優しく見た。泣きそうにかおを歪めた春が呟く。

「もう、怒ってないのか?」

 もともと、怒ってはいないが。
 言おうとしたがやめて、一度だけ頷いた。すると春は横になりながら、そっかと小さく呟く。これで仲直りかと、安堵したとき、春が懲りずにいった。

「優ちゃんのこと、好きなの?」
「こんな時にそんな話? 怒るよ、春」
「いいから答えろよ、俺は真剣だ」

 そんな答えのわかったことを聞いてなにが楽しいのか。桐間は静かな声で、好きじゃないと答える。これで、春が安心してくれるならいいと思ったからだ。
 だが、春は安心したどころか、まだ不信な顔をしている。次はなんだと思えば、ついにふらふらと上半身だけ起き上がらせた。

「このまえ、手を繋いでたのってなに? さっきだって、腕…組んでた」

 桐間は言われた言葉に驚いた。まさかそこを指摘されると思っていなかったからだ。
 優はスキンシップの多い奴だ。それは桐間だけでなく、男女隔たりなくみんなにそうだ。だから腕を組まれるのは日常茶飯事だし、意識はしていない。春がいつ見ていたかは分からないが、手を繋がれたのも何度あるかわからない。その度振り払いはするが、しつこいのでたまに放置していた。その一部を見たのだろうか、だとしたら誤解だ。桐間は呆れたように口を開いた。

「あれは優の癖っていうか。俺もあんなんじゃ好きにならないよ。」
「振り払えばいいじゃん」
「してもまた来るんだよ」
「友達やめればいいじゃん」
「は?」

 桐間は春の言葉を聞き直す。すると、春は泣きながら訴えるように桐間の手を握ってきた。

「俺、やだよ。理依哉が優ちゃんと仲良くしてるの見るの。辛いんだ、毎回嫉妬ばかりして、もうやだよ」
「春…」
「夏くんが、より戻して良いって言ってた。だからさ、より戻した、ってことにしてさ、もう一緒に学校行ったりしよう? 一緒にいよう?
おれ、不安なんだ…」

 泣きじゃくる春を見て桐間は可哀想になり意地を張るのをやめて謝ろうとしたが、夏の名前が出てきて冷静に考えられなくなる。
 夏に許しを得たから、付き合う、なんておかしい。なぜ言いなりのままなんだ、なんであいつのいう事を聞かなきゃいけないんだ。
 脅されてるから仕方ないことくらい分かっているが、春が黙っているのに腹が立った。今まで桐間は恋人が好き勝手にされていることを我慢してきたのに、春は桐間に友達まで制限してきたことにも不満に思う。桐間は春の手を引っ張ると、睨みつけながら口を開いた。

「なにそれ? 春だって夏にキスされたりしてんのに居たりすんじゃん、なのに俺は優といちゃダメなの? だいたい、夏くん夏くんって女々しい。言い返せないの?」

 言いたいことはこれじゃないし、優とそこまで仲良くしたいわけではない。だが、言い直しはしなかった。それほど桐間に余裕はなかったのである。春は噛み付くように、桐間に言い放つ。

「な、しかたないだろ? 俺は脅されてんだよ!」
「脅されてるってさ、本当はどうなんだろうね。優のバイト先に仲良く二人で来たんでしょ。優言ってたよ、二人仲良かったって、夏特定の友達といないから春は珍しいって言ってたし。」
「なんだよまた優ちゃんかよ!? やっぱりすきなんじゃん!」
「なんでそうなるの? お前さ、その軽い頭どうにかすれば、話し合いにもならないんだけど。これだから馬鹿はやだ」
「馬鹿はお前だろ!? タラシ、女好き、くそったれ!」
「はああ?」

 二人は睨み合うと、一気に顔をそらした。先ほど触れたいと思っていた春は、今や見たいとも思わない。桐間はいすから立つと、保険室から出ようとした。すると、春が焦ったように手を掴む。桐間は爆発しそうになる頭をクールダウンさせて、ゆっくり振り向いた。

「なんだよ」

 やや強めに言うと、春の目からまた涙が流れる。一瞬怯んでしまうが、今は怒りの方が勝っているので謝らなかった。すると春は桐間に抱きついてくる。びっくりして固まってると、桐間の肩に頭を乗せて頭をグリグリと押し付けて来た。固まっていると弱々しく名前が呼ばれる。

「りいやぁあ」
「もう、なんなんだよ」
「…俺さ、大好き、なんだよお。俺だってこんなうざい自分やだよ、でも、仕方ないじゃん、お前が好きなんだよお!! もう夏くんの言いなりにならないから、頑張るから、嫌いにならないでー!!」

 優ちゃんのところ行かないでえ!と、情けなく叫ぶ姿を見て桐間はどう思ったか。答えは簡単だ。
 むせ返るほどにあふれる愛しさに戸惑い、幸せに浸った。そしてどうとでもなれと、春を引っぺがすと、一生懸命愛を送るためにキスを送る。鼻水と涙でぐちゃぐちゃな、はるが愛しくてたまらなかった。
 お前以外、好きになるわけないだろ。言おうとしたが、なんとか理性が止める。

「り、理依哉?」
「うっせーな! 黙ってキスされとけ、ムードねえな!」
「なんでそんなに口悪いんだよ、やっぱりまだ怒ってんの?!」
「うるせー!!」

 ベットに押し倒しながら顔中にキスを送ると、桐間はその気になってしまった。良心と戦うなか、桐間は吹っ切れたように思う。
 こんなベットのあるところで誘う春がいけない、アレないから入れられないけど触るくらいいいだろ。
 我ながら最悪なことを言っているのはわかっているが、下半身が疼いていた。最近触ってもいなかったのだ、その分一気にキてしまったのだからそれこそ仕方が無い。服に手を入れようとした時、春が桐間に布団を投げてきた。

「なっ、にすんだ!」
「お前こそなにすんだよ! ばかか、ばかなのか!」
「お前に言われたくないんだけど!」
「あーもう、うるさい! ベットから降りて! 俺寝るから!」
「は? ここまでしといて…」
「理依哉が勝手にしただけだろ」

 仕方なく降りてまた椅子に腰をかけると、春は布団に包まって寝る準備を始めた。乗り気だった桐間は舌打ちしながら春を見ていたが、耳が赤いのを見て、キャパオーバーだったのだろうと思うとそこも可愛く思える。
 寝不足も桐間のせいであるし、ここは寝かせようと椅子からたち教室に帰ることにした。ここにいればまた手を出してしまう。お大事に、と呟きながら扉に手をかけると春が小さく言った。

「明日から、一緒に学校いってくれる?」

 あまりにも不安げに聞くので、桐間は吹き出しながら振り向く。

「当たり前でしょ、なつからお許し出たんでしょ。なにより、春は俺の恋人なんだし。ね、ハニー?」

 春の動きが止まった。その間の空気を感じて、桐間はいまさら恥ずかしくなる。逃げるように直ぐに出ようとする桐間に、耳が壊れそうになるくらいの大声でダーリンと叫ぶ春を見て桐間はただ後悔した。






 


 
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