「おい理依哉ちょっと良いか」

 桐間が帰ろうとした時、ドアの前に春が立ちはだかっていた。桐間は最初は驚いたが朝に夏が休みだ、と喜びのメールが来たことを思いだし静かに頷く。そんな桐間を見て、春は顔をしかめた。
 春は今、猛烈に怒っている。理由は簡単だ。もう一週間は春が一方的にメールや電話を送るだけでやりとりはなく、桐間が自分を避けている気がしたからである。睨み付けてくる春に桐間はため息をついて、ドアの縁に手を掛けた。

「ちょっとじゃなくて、一緒に帰ればいいでしょ。なんでわざわざ」
「だって今日はバイトなんじゃねーの、金曜日だし」

 桐間のシフトはいつも金曜日がバイト入っているのを知っているので、一緒に帰るまでは求めない。邪魔するつもりはなかった、ただ返事くらい返せと子供じみたことを言いたかっただけだ。春が怒り気味なのを察してか、桐間は面倒くさそうにあくびをする。

「今日はなくなったんだよね、たまにはいいじゃない、一緒に帰ろうよ。」

 桐間は少し、機嫌取りに出てみた。面倒くさいだけではない、久しぶりに面と向かって会えた恋人と一緒にいたいと思うのは当たり前の事である。
 そして単純の春は深く考えることもなく、機嫌が良くなったのか頬を染めながら頷いた。内心ホッとした桐間はドアから出ようとする。だが、肩に置かれた手により、静止してしまった。

「理依哉もう帰るの、今日フリーでしょ。遊ぼうよ!」

 後ろから話しかけたのは優で、桐間は優、と彼女の名前を呼ぶ。彼女は優しく微笑んだ。しかし、すぐに春の存在に気付く。
 お分かりだとは思うが、春は今、優のことを睨んでいた。もう、これ以上はないというくらいに。
 優は焦ったように桐間と春の間に入り、春に笑い掛けた。

「ごめん、邪魔しちゃった? 私、優っていうの。理依哉のお友だちなら、私のお友だちだね。よろしく!」

 失神しそうになる。
 理依哉のお友だちなら私のお友だち? なに彼女面してるんだろうか。ついでに何故名前呼びなのか。そして何故わざわざ理依哉と俺の間に入ってくるのか。そしてなにより、何故、理依哉も優を優しげに見つめているのだろうか。
 聞きたいことがいっぱいあるが、ぐっと堪えて春は優に笑いかけた。愛想笑いは得意な方である。

「そうなのか。俺、春、しゅんとか呼ばれてんだ。よろしく」
「春? ああ〜龍太くんとかが言ってるしゅんくんのこと?」
「そうそう、優話してみたいって言ってたでしょ。良かったじゃん」
「えへへ、たしかに!」

 春そっちのけで優と桐間は話をし始めて、笑顔にヒビが入るのがわかった。春は手の皮膚を自分でつねることにより正常を保っている。だが、もし今春の手がなかったのだとしたら、本音はぶちまけられていたことだろう。
 だが、嫉妬ばかりしていても意味はないので、ここは大人の対応を見せようと思った。桐間の友達、いわゆる恋人の友達と仲良くするのも、春の役目である。春は、にっこり、と笑い掛けた。

「へぇ、嬉しいな。優ちゃんみたいな可愛い子が俺と話したがってくれてたなんて、テンションあがっちゃうよ。良かったら優ちゃんも一緒に帰る?」
「ふふ、やだ、しゅんくんお世辞うまいな。お誘いありがとう、でも邪魔しちゃわるいから。」

 もう十分邪魔しちゃってくれてるけどな!!
 顔に張り付けている笑顔とは違い腹黒なことを考えながら、春は残念だな、と首を傾げる。目の前の桐間はいきなり春が口説いたので驚いたらしく、少し固まっていた。ざまあみろ。
 優が背中を向けたのを見てやっと帰れる、と思い桐間の手をひこうとすると、優はあ! と声をあげて振り返った。春は驚いて優を見ると、春の顔を見る。

「ねえ、もしかしてこの前なっちゃんと私のバイト先…駅前のハンバーガー店来た!?」

 なっちゃんと言う名に最初は心当たりはなかったが、なっちゃんなどと呼ばれる知り合いは一人しかいなかった。春はまさか優が覚えていたと思わず、いきなりの質問に口ごもる。

「あ、ああ、桐間夏のこと? うん、行ったかも」
「だよね、なっちゃんの友達なんだ!」
「あー、まあそんなとこ」

 パシり、などと言えるはずもなく春は微妙に答えると優はやっぱり、と嬉しそうに言った。その顔が可愛いらしくて不覚にも顔に熱が昇る。恋敵に不意を突かれるとは情けないが、女の子はやはり可愛くてずるかった。

「もうおしゃべりは終わりだよ」

 まだ話を続けようとしたとき、春の視界が暗くなる。なにかと思えば、桐間が春の顔を掴んですたすたと歩き出した。春はバックする状態で転びそうになりながらも、器用にドアをすり抜ける。

「ちょっとなにすんだよ!」
「うるさい。じゃーね、優。また明日」
「はーい、しゅんくんもまたね!」

 元気よく優が手を振るのも見えないまま、春は前を向かせられた。桐間はなにも言わずにポケットに手をいれながら、春の少し前を歩く。春は今二人の間に流れる空気が良くないことを悟り、距離を縮めずにいた。桐間は一度も後ろを見ない。
 なんで機嫌わりーんだよ、俺が怒りたいくらいなのにさ。
 表情が読めないまま下駄箱まで来て、靴を履き替えた。ドアが風で軋み、奇妙な音を奏でる。春は、桐間を見た。

「なあ、理依哉」
「なに」
「なんでメールとか電話とか返してくんなかったの」

 聞きたかった言葉を言ってスッキリすると同時に、桐間が何をいうのかと少しドキドキする。嫌われてる、なんてことはないと思った。桐間は嫌いならば、今ここにいない。信頼はしているのだけれども、やはりなんて返ってくるのか緊張した。桐間は春を横目で見て、迷わず言う。

「バイト、連勤だったし返す暇もなかっただけ。なんかメールとかだるいし」

 冷たい言い方に傷付きそうになるが、もう慣れているので安堵の気持ちのほうが多かった。気持ちが冷めたとかじゃなければいい、と春は思い、そう、と嬉しげに返す。すっきりした自分の心に聞いて良かったと、改めておもった。
 上機嫌になった春は早あるきの桐間の横に並ぶと、斜め下から桐間をのぞきこむ。桐間はその視線に気付き見返すと、春は手を広げた。

「なーな、久しぶりに遊ばない!? どっか行こうよ」
「無理。今日眠いし、疲れたから早く帰る」
「そ、そっか。だよな、ごめん」

きっぱりと断られて納得しながらも、優とはこの前遊んでいたではないかと思ってしまう。優と自分を比べてしまうあたり自分は女々しく思えるが、気になってしまった。春は、聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟く。

「この前優ちゃんとは遊んでたくせに」

 言ってから、後悔した。桐間を見れば彼の耳にしっかりと届いていたようで、春を見て呆れた顔をする。
自分がめんどくさい事くらいわかっている。だが口から出てしまったものは仕方が無い。いまさら言い訳も出来ず、春はまくし立てた。

「だってこの前だって遊んでたの見たし、仲よすぎるんじゃないの」

そこでやめれば良かったものの、止めれば負けた気がする。桐間は静かに話を聞いていた。春は桐間を責めるように見ると、桐間はやっと口を開いた。

「へえ、疑ってるんだ」
「そんなんじゃないよ、ただ少し…」
「フォローなんていらないよ、それって信用してないってことだもんね?」
「理依哉!」

違うと言おうとするが、桐間はただ下を向きながら呟くように言うだけである。すると、ついには春に背を向けてしまった。春は桐間の背中を追い掛けようととするが、桐間の一言で止まってしまった。

「春がそんなめんどくさいやつだとは、思わなかった」

追いかければ何か変わっていたのだろうか。だが、春は動けなかった。桐間に追い付いても、気持ちを伝えれる自信が無かったのである。遠ざかる彼の背中が、滲む。


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