結局、桐間に優の事は聞けず、もう3日も経っていた。悩んだがやはり二人を繋ぐ信用の問題で言い出せず、連絡をすれば聞いてしまいそうなので連絡すらしていない。元々春から桐間への連絡しかなかったので、春が連絡を止めてしまえば面白いくらいに二人の間は途絶えた。そして桐間との関係がうまくいっていないなか、なぜか対照的に夏との仲がうまくいっている。夏と斉藤が自分の隣の席で仲良く話しているのを見て、春はひとつため息をついた。
 カラオケに行った日から斉藤と夏は意気投合したのか、二人で行動するようになり、そんな二人に春は巻き込まれる。相手が夏だけならもんくは言えるが何の悪気もない斉藤にもんくを言えないもので、いまのような状態ができてしまった。
 まずい、これは、まずい。
 いままで友達を選んだことなどない春であったが、夏とは友達にはなりたくない。春は必死で壁を作っているのだが、

「はーるちゃん、今日食べて帰ろーぜ」

 別人のように人懐っこく言い寄ってくる夏を突き放すことはできない。仕方なく斉藤に助けを求めるように目を向けるが、席にはもう彼はいなかった。つくづくムカつくやつである。

「今日は、無理」
「あ? 拒否権はねーよ」
「だって金ないし」

 この前のカラオケで空になった財布を思い出しながら言うと、夏は考える素振りを見せた。考えるもなにもおかねがないのだから勘弁してほしいと考えていると、夏は俺の前の席に座った。だいぶ人がいなくなった教室、窓からは暮れた陽が差す。陽が夏の髪を撫でたあと、夏は春の腕をつかんだ。

「仕方ね、俺が奢ってやるから、な?」

 いきなり引かれたのもあるが、大半は驚いたことで足元が定まらなかった。夏に引かれながらふらふらと曖昧な足取りで、夏に抵抗することなく歩く。そして、夏の言葉を頭の中で繰り返しもう一度驚いた。

「え、夏くんが!? 俺様が!? おごるの!? 俺に!?」
「…お前、失礼だな。もう奢んねーぞ」

 春の言い方に完全不機嫌になった夏が口先をあげる。夏は掴んでいた春の腕を話すと、腰に手を当てながらため息をついた。
 タダ飯と聞いて、春はよだれを飲み込む。最近節約でジュースすら飲むことすらできない春を誘うには十分すぎる誘いだった。春は慌てて夏の腕をつかむ。

「うっ、うそうそ! 連れてってよ!」

 春が言うと夏は満足げに笑うと、はや歩きで校門を出た。春は黙って夏の背中を追いかけ、どこに向かうか心を踊らせたのである。

‐‐‐‐‐‐

 いつも夏と来るファストフード店に着いて、もう30分は経った。満腹になる学生が溢れ返るなか、夏と春はなにも頼まずにただ椅子に座っている。春は夏を見るが、夏は携帯に夢中なようで春を見ようともしなかかった。
 なんなんだろう、気まずいし、すっごく騙された気分。
 春は帰りたくなりもじもじしながら目線を散らばせていると、ちょうど5時になったからか、レジにいるバイトが増えた気がする。可愛い子が多いので思わず盗み見していると、見たことのある顔があった。眼鏡をかけ直して見てみると、やっと誰だか分かりハッとする。
 彼女は優だ。くるくると巻き上げた髪と、ぱっつんの前髪はまとめられていたので気付くのに時間がかかったが、彼女に間違いはない。優は春の事など知らないだろうが、春は嫉妬した相手だけあって気まずくて仕方がなかった。レジから目をそらし、膝に乗せた拳を握りしめていると目の前に座っていた夏が立ち上がる。なにごとかと見上げれば、夏は春に指をさした。

「ちょっと適当に買ってくる、お前はここで席取っとけよ」

 優しさの欠片もない低い声で言いはなつと、夏は早足で行ってしまう。春は新作のハンバーガーを食べたかったのだが、選べないとはなんとも勿体なかった。まあどれでもハンバーガーを食べれるのなら満足だが。
 そこで夏を見ると、レジの前でうろうろしていた。一番後ろに並んでは、前までいくとまた後ろに戻ってしまう。それが三回続いたとき、奢られる身ではあるがさすがの春ももどかしくかんじてきた。
 すると、やっと夏がレジに行き着く。なぜ高校生の買い物を見守らなければならないのか、と思いながら春はため息をついた。これでやっとハンバーガーが食べれる、夏の注文する背中を見ていると、夏が接客しているのが優だとわかる。そして夏は注文を待ちながら優と話していた。思わず身を乗り出して見てしまう、彼と彼女は友達だったのか。
 だが夏のことだし、可愛いという理由だけで話しかけているのかもしれない。気になってじ、と見ていると、気付かれたのか優がこちらを見た。驚いて反射的に目をそらす。ちらり、確認で見るともう彼女はこちらを見ていなかった。
 注文の品がくると夏はひとつ手をあげて、優から離れて春のところへと来る。先程までの優しそうな笑顔はどこへやら、偉そうに音をたてて座り込むとハンバーガーを頬張り始めた。春の分は、というとたったのジュースひとつ。いいにおいが鼻をかすめて、腹の虫がなく。

「夏くんの嘘つき、ご飯奢ってくれるって言ったじゃん」
「あ? 奢ってやってんだろうが」

 なんて酷い人なんだ、俺が夏くんに奢る時は特大のなのに。
 情けない話だがよだれが出てくるのを耐えた。ここまで飢えてしまっているのだから、よだれくらい仕方がない。春はお腹をさすりながら、夏のハンバーガーを指さし、いちゃもんをつけた。

「ご飯じゃないじゃん、ジュースじゃん! 俺もハンバーガー食べたいし!」
「はぁ、てめーな。我が儘いってっと、ジュース捨てんぞ」
「…すみません」

 ガツンと言ってやるつもりだったが、夏に言い負かされて悔しげにストローを噛む。今の春にとってはジュースも大事な食料だ。春は夏を睨みながらジュースを飲むと、夏は満足げにハンバーガーを食べ終わる。そしてセットのポテトに手を伸ばしたとき、一度止まって春を見た。

「食うか?」
「え」
「え、じゃねーよ。食うのか、食わねーのか」
「食べる!」
「ふ、飢えすぎ」

 そういいながらも春にポテトを渡すと、夏はジュースを片手に微笑む。春はポテトを口にいれながら、夏を見返した。心なしか、夏の機嫌がいい。いつもならいくら文句をいっても、自分のものは渡さないのに。春は食べながらカラカラになった喉へジュースを通した。炭酸の泡が喉を刺激されたせいか、頭も冴える。
 夏が今、優を見て顔を綻ばせた。
 春は瞬きを何度かして、その顔を見る。夏の顔は今まで見たことのない顔で、春は驚愕した。この悪魔がこんな優しい顔ができるのか、と思い写真をとりたくなる。そして、閃きが続いた。
 なるほど、と春は自分の中にあった謎が解け、おもわず笑ってしまいそうになる。夏はきっと、いや確実的に優が好きなのだ。優と夏が知り合いかはまだわからないが、この前優と桐間が歩いているのを見て避けるように春を連れていき、そのままどこかへ姿を消した。今日だってそうだ、夏は春と遊びたかったわけでもここで食を取りたかったわけでもない。5時から優がバイトに出ると分かっていたが、時間があるし一人で行くのは気が引けるため春を誘っただけであった。証拠に早く着いたというのに注文には行かなかったし、優が来てからレジに並んだが順番で他の人が接客をしているレジに通されそうになったとき並び直して、優のところに行くまで繰り返していた。
 なんだ、夏くんもかわいいところあるじゃん。
 春はまだ優に見とれている夏を見て、くすくすと笑う。

「夏くん、あの子と知り合いなの?」

 茶々をいれるつもりはなかったが、こんなにあからさまにされて触れるなというほうがおかしかった。春が言えば顔を綻ばせていた夏の顔色が変わり、夏は唸るような声で呟く。

「お前に関係ねーだろ」
「いいじゃんか、教えてくれたって。」

 なあなあ、としつこく聞けば夏は横目で春を見た。春は目付きの悪さに冷や汗をかくが、優に会えたからか本人はさほど怒ってはいない。ひじをテーブルにつくと、観念したのか口を開いた。

「幼なじみだよ。家が隣で、幼稚園からの付き合い。べ、別にこれ以上の関係はねーからな! 俺、あいつのことこれっぽっちもなんの感情も抱いてねーからな!」

 いちいちフォローいれてくるところがまた怪しいが、これ以上からかっては仕返しが来そうなのでやめておく。しかし、いいものが見れたものだ。あの夏が純粋な恋をしているとは。
 だがよりによって桐間に好意を持っている優を好きになるなど、相手が悪かった。優が桐間を気に入っていることがバレれば、事態が悪化しそうな気がして春は身震いする。

「…夏くん、頑張ってね」
「なんか言ったか」
「いやいや」

 夏の恋を応援したいと思いつつ、優と夏がくっつけば不安要素はなくなると、春は思ってしまった。桐間のことになるとつくづく自分は性格が卑怯になるなあ、と実感した瞬間である。




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