朝、学校に向かいながら今日理依哉に会いたいな、と思った。最近会っていないということもあったし、昨日体育館で見た女のことが気になっていたからである。会えばきっと、このもやもやとした気持ちは晴れるだろうという理由もあった。
 思ったからには、即行動と春は携帯を取り出す。だが、そこで肩を叩かれた。振り返れば夏がいて、見間違えかと思った春だが目をいくら擦っても相手は夏。何も言えないでいると、夏は眉尻を下げた。

「んだよ、反応つまんねーな」
「…本当にびっくりすると、硬直するんだよ」

 春が無表情のまま言えば、興味がないのか夏は目をそらす。どこかへ行くのかと思いきや、春の隣をぴったりと歩き出すのだから驚きだ。
 どうせ俺と話さないで携帯見てるだけのくせに、春は何日間か“恋人”になったから夏が自分への扱いがどれだけ酷いか知っている。息が苦しくなり、少し前を歩くが夏は歩幅を合わせるので意味がなかった。春は耐えられなくなり、夏に顔を向ける。

「何か言いたいことでもあるのか」

 ないんだろうけど、と思いながら夏を見れば、夏は春を見ながら目を見開いた。その表情からして、言いたいことがあったのだろう。だが春がまた口を開こうとすると、舌打ちしてまた携帯に視線を戻してしまった。なにも言わない夏に、春はこれ以上聞けない。夏から話さないのならば、しつこく聞いても夏に嫌なことをされるだけだ。出来ればそれは避けたい。
 自転車の登校者たちが春と夏を追い越し、微かな風が二人の背中を押した。春は思い出したように、口をひらく。

「そういえば、牧田さんと付き合ってるの」

 昨日、斉藤がフラレた時に言っていた。牧田は好きな人が出来たらしく名前は聞けなかったが、おそらく相手は夏。真相が知りたいのと、もし付き合ったのならば夏を責めてやろうと攻撃的に聞くと、夏は欠伸しながら答える。

「はあ? あんな女と付き合うわけねえだろ。」

 予想外の言葉に春は首を傾げた。夏は嘘を言っていないようで、言葉を繋げる。

「好みじゃないし。まあ最初はさ、あいつ…えーと誰だっけ、春ちゃんと一緒にいるやつ」
「斉藤?」
「そうそう、そいつと付き合ってるから取ってやろうと思ったんだけど、落ちるの簡単過ぎて飽きた」

 さあ、いまこそ怒鳴るときであった。春が夏を睨み付けると、夏はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。全然可愛くもないし、本当に憎たらしい。まるで鬼のような形相で、春は口を開いた。

「お前な!」
「だってさ、人のモン取んの楽しいんだもん、仕方なくね。あ、でも結果俺牧田のこと取ってないんだから良いだろ、な?」

 お前のせいで別れたんだよ、と言い掛けて春は口を閉じた。夏の言い様は斉藤と牧田が別れたのを知らないようである。だからここで夏を理由に別れたと言えば、彼は喜んで二人を嘲笑うのは目に見えた。友達が本気で悩んでいたことを夏に笑われるのは黙っていられないが、口出しできないのが現状。ならば言わないのが賢明だろうと、春は言葉を選ぶ。

「その悪趣味どうにかしろよ」
「はあ、なに言ってんの春ちゃん。嫌に決まってんじゃん」
「自分がやられたら嫌だろ!」

 春が呆れながら言った瞬間、その場の空気が凍った。夏が立ち止まるのを見て、春は鳥肌が立つ。彼の周りだけ、他の次元なのではないのかというくらいぴりぴりと感じられた。夏は目を細めて、口だけ笑う。
 春は自分が夏の地雷を踏んだと思ったが、春の言ったことに間違えはなかった。取り消すつもりもない春は、夏の少し前に立ちすくむとため息をつく。

「なんだよ、何か不満でも?」
「いや、ないよ。お前のいう通りだなって。だけどさ、だからこそすんだよ」

 目だけは笑ってない笑顔で不気味に声をあげた。春は心底、夏の言い分に引きながら再び歩む。待てよ、と言われた言葉は聞こえないフリをした。

 そうして、嵐のように去っていったかと思えば、

「ハールチャン、一緒に帰ろっ!」
「………」

 放課後になると夏が朝のようなノリでまた話しかけてくる。最近絡まれていなかったので忘れていた悪夢を思い出した。
 今日は財布にいくら残るか、とだけお金の心配をしていると、春は勢い良く後ろに引っ張られる。反射的に、目を瞑ってしばらくして開くと目の前には昨日とは違い頼もしい斉藤の背中があった。

「あ? 春ちゃんこっちに寄越せよ、えーっと、…あぁ田中!」
「たっ…!? 斉藤だよ、なんだその間違えっ!」
「うるせーな、田中も斉藤もあんま変わんねーだろ。いいから春ちゃん出せ」
「何がなんでもしゅんは渡さない、今日はカラオケに付き合ってもらうんだから! 俺はタダカラオケに慰めてもらうんだよ。あと、個人的に牧田のことがあるからお前は認めん!」
「はああああ? 俺も今日はタダマッ○に付き合ってもらうんだよ。あと牧田のことは俺は関係ないと言い張る」
「なんだと、お前のせいでな…」

 斉藤、と感動しかけていた時にタダカラオケと聞いて肩を落とす。たしかに今日は斉藤を励ますためにカラオケに行く約束はしていたが奢る約束はしてないはずだ。しかも理由に牧田が入っているし、今牧田の話に脱線しようとしたところから見て、斉藤は一ミリも春を気に掛けていない。全て自分のためのようだ。
 感動を返せ田中、と斉藤を睨み付けていると、斉藤は応援の視線と勘違いしたのか春にウインクをしてくる。春の頬は怒りで動いたが夏との楽しくない食事を奢るより斉藤とのかろうじて楽しいカラオケを奢った方がマシなので、春は斉藤の背中を叩いた。それによりやる気を出した斉藤は、自分の胸を叩きながら言いは夏。

「いいか、今日は俺がしゅんと遊ぶんだ。だからお前は明日な!」

 春は思わず、斉藤の背中を蹴った。

「いやいやいや、なに勝手に俺のスケジュール決めてんだよ!!」
「え、だって今日遊べない桐間かわいそうじゃん。」
「馬鹿かお前、半分カツアゲみたいなことされてる俺の方がかわいそうだわ!」
「はぁ、春ちゃんカツアゲされてんの?」
「お前にされてんだよ、なーつーくーん!」
「しゅん、俺はお前の味方だぞ。いつだって俺はお前を考えている、だからカラオケ奢ってくれ」
「どこが味方なんだよ、つーかお前も夏と変わらず俺の財布目的じゃん、あとさっき思ったんだけどお前自分の事ばっかで俺のこと一ミリも気にしてないだろ! 自分が良ければいいのか!」
「お、しゅん、良く分かったな!」
「そこは否定しろ、お前本当に俺の友達かよ!?」

 春は心の中で思っていたことを吐き出すと、疲れたのか肩で息をすると下駄箱に手をつく。ボケが二人いるとツッコミは大変のようだ。斉藤と夏は目を合わせると、大爆笑し始める。ひいひい言いながら床に転がる二人を見て、春はこの先が危うい気がした。
 この笑い転げている二人を置いていこうとこっそり行こうとしたが、二人が足を掴む。ぎくり、とした春が振り返ると目を輝かせた二人が親指をつきだした。ああ今日は財布が空になるな、と悟った春は上履きから靴に履き替える。なぜか牧田を恨みたくなった春だった。

‐‐‐‐‐‐‐

 カラオケで満足した二人は、泣きながら財布を覗く春を他所に鼻歌を歌っている。春は二人を睨むが、二人は気付いていなかった。
 財布には厳しかったが、今日の居た夏はいつもと雰囲気が違い、優しかったので少し戸惑ってしまう。夏は脅してきたと思ったら離れてまた来て、極悪かと思いきや普通に接してきて、はたまた劣悪だったり。結果的には良くはないが、彼が所々見せる友達のような態度に春は弱かった。
 夏と険悪だった斉藤ですら、今日のことで打ち明けたようで仲良くしている。牧田のことを二人で散々男癖が悪いと(女々しく)愚痴っていたせいか、意気投合したらしい。これはまずい。
 桐間にあんな仕打ちをした夏と仲良くするなんて、絶対あってはならない。一つ考えるとまた悩みが出てきて悶々と考えている春に、斉藤は口先をあげた。

「ごめんごめん、今度は俺が奢るからさ」
「あ? ああ、別にいいよ」
「そう、それはよかった。じゃあ俺こっちだから、しゅん、夏またな!」

 元々奢る気なかっただろ、ていうか夏とどんだけ仲良くなってんだよ。思わずまたツッコミそうになったので、右手をあげるだけにした。
 斉藤が帰ったからといって、夏はどこに行くわけでもなく春と同じ帰路を歩く。春は駅に向かっているわけだが、夏は反対方向なのでついてくるとは思わなかった。出来れば帰ってほしい春に、夏は気付いていない。はたしてこれは気まぐれに送ってくれているのか、また、ただ駅に用があるのか。わからないまま歩くが、駅に早く行きたいのではや歩きする。
 駅が近くなってホッとしたとき、目に入った光景にぐらりと、頭が揺れた。

 桐間と優が二人で楽しそうに歩いている。

 胸が締め付けられて、汚い感情が心にいっぱい溢れ出る。なんで一緒にいるのか、なんで二人なのか、と問い詰めたい気持ちになるが束縛はしたくなかった。まるで疑っているようで、今の信頼関係を壊してしまう気がする。だが春は、自分を放っておいて可愛い女の子と遊ぶ桐間を殴りたくなったなった。
 あちらはまだ気付いていない。桐間と目を合わせて無視されるのはショックなので、ここから早く去ろうと思った。
 だが、隣の夏は桐間を見つけてしまったので終わりかと思う。彼は桐間に嫌がらせをするのが好きなので、また余計な事で話しかけるのではないかとはらはらした。夏が春に近づいてきたので身構えると、腕を掴まれ二人は駅から背中を向けた。春が夏を見ると、夏は春を一度も見ずに無言で歩いていく。春に拒否権などないので、ただ連れられているだけだ。こんな行動している夏が気になったが聞いても答えないだろうと、彼の横顔を見つめるだけにする。
 彼はまた、悲しい顔をしていた。




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