「しゅん、次体育だってさ」

 斉藤が春の肩を揺らしながら、面倒くさそうに言った。春は背を伸ばしながら、あくびをする。もうこのクラスになって1ヶ月経ち、5月の優しい風が眠気を誘った。こんな平凡な日々が続くと今まで起きたことを忘れてしまいそうになる。
 夏と話したのは、無理やり階段に連れていかれてその場で話したのが最後。あれから夏は春に興味がなくなったように、声すらも掛けてこなかった。春にとっては好都合ではあったが嫌がらせの為に桐間を挑発したりキスや脱がさせたりしたのに、あまりに呆気なくまだ桐間とは別れたフリをしている。むしろ桐間と話し合った結果、夏以外にバレたらこれ以上悪化するので卒業まで学校では関わらないようにした。
 こうして春の高校3年生は平凡に暮らしていくのである。

「聞いてくれよ、ここだけの話、別れそうなんだ」
「え、牧田さんと?」
「ちょ、声大きいっ」

 歩きながらいきなり言われた言葉に、春は驚きながら返すと斉藤に口を塞がれた。たしかに今のはいけなかったと思う。斉藤の彼女、牧田は目の前の女子のグループで楽しそうに話していた。春はごめん、と斉藤の手を退ける。毎日のろけを聞かされて、土日をはさみ月曜日の今日になってそれはいきなり過ぎないか、と春は思うが、斉藤は至って真面目なようだ。春はまゆじりを下げながら、斉藤のだらしなくあいたチャックを閉める。

「で、なんで別れそうなんだ」
「いや、なんか。返事そっけないし電話もこないし、金曜日にデートしたとき誰かと頻繁にメールしてて」
「毎日電話メールがおかしいんだよ。メールも女友達なんじゃね?」
「違うんだよ、あの雰囲気は男相手だ! しゅんは彼女がいないからわかんないだろうな」

 彼女いなくて悪かったな、いいながら足を踏むと斉藤は涙目になりながら春の肩に腕を回した。ここで無視すればよかったものの、斉藤が落ち込んでいるのをそのままにするのは後味が悪い。

「もう牧田さんに聞いちゃえば、別れたいのか、って」
「それで疑ってるの?とか言われたら嫌じゃん!」
「あーもーめんどくせーなお前!」

 うじうじする斉藤の尻を春は蹴りあげると、斉藤もやり返してくるのでふたりして蹴りあいになりながらやっとのことで体育館に着いた。同時にチャイムが鳴って、慌ただしく列に並ぶ。
 春にとって今日の体育は楽しみで仕方なかった。なぜならば1組、桐間たちのクラスと合同だからだ。桐間はもうとっくに謹慎が解けているので横の列を見れば面倒くさそうな表情で目を細めている。
 やっぱ理依哉かっこいいなー!
 あまり見ないようにしているが顔の痣はすっかり治り綺麗な素顔をさらけ出しているのを見て、春は早く抱き合いたいと思った。最近、めっきり会っていない。今日は自由時間ときいて斉藤も1組の友達のところへ飛んでいってしまったので浩と龍太のところに行くと、龍太の痛いくらいの突進で目の前がくらりとした。

「よーっ、しゅん久しぶりっ!」
「龍太いてぇっつの、まぁたしかに久しぶり…。浩は、昨日ぶりだな」
「ああ」

 金曜日の帰りに浩と会い夏について相談しようとしたが、どうやら浩は桐間に聞いていたようですぐに現状を把握すると黙って話を聞いてくれる。弱音を吐いたのは新しい記憶だ。浩を見るとその記憶が思い出されてすこし恥ずかしくなる。話をそらしたくなった時、いつも龍太の隣にいる人物がいないことに気づいた。

「あれ海飛は?」
「あのバカバドミントンやってるよ、新しくできた彼女と」
「また彼女できたのか」

 可愛らしい女の子と幸せそうにバドミントンをしているのを見て春が笑うと、龍太は歯ぎしりしながら海飛を見ている。お前も浩とバドミントンすればいいだろう、と言おうとしてやっぱり止めた。龍太は浩のことになると少々乙女なのである。
 桐間も龍太たちと来るかと思ったが予想は外れた。ステージの近くに目を見やれば、見知らぬ男子や女子に囲まれて楽しそうに話している。春の目など気にしていないようで、笑顔など見せてくれていた。今度は春が歯ぎしりをする番である。
 すると、その中でも目立つ女子がいた。茶髪で内巻きの小さい女の子が、桐間の隣を離れない。可愛い子なので桐間と似合っていた。雰囲気だって付き合っているのでは、というくらいボディシップだって多い。思わずガン見して、龍太に笑われた。

「なんだぁ、しゅん嫉妬か」
「そ、そんなんじゃねーよ」
「隠すなって。まぁ、たしかに優は可愛いし、完全桐間狙いだしな。一回桐間に告白したらしいぜ」
「はぁあ?」

 春が思わず間抜けな声をあげると、龍太は人差し指を優という女の子に向ける。くるくると回しながら、口角をあげた。

「つっても、高1の時らしいけど。桐間と優1年の時クラス同じだったらしくて、たまたま来た桐間に優が一目惚れで告白して玉砕。でもまた、今回クラス一緒になって狙ってるとかなんとか言ってたな。やべーじゃん、しゅん」

 さすが情報屋、と春は唾をのむ。たしかに桐間の顔で女の子からのアプローチがないのはありえないし、2年の時留年しなかったということはそれなりに行っていたのだ。1年の時の話をすこししか聞いたことのない春は胸がモヤモヤした。自分が会ったことのない1年の桐間、彼に優という女は会って話していたのである。過去を振り返るのは愚かで女々しいことくらいわかっていたが、妬むほかはなかった。
 現に彼女は桐間と仲良さそうに話して、桐間もそれに答えている。桐間はきっと流されやすい、と春は考えていた。今だって桐間が自分のどこを好きなのかなんてわからない。ただしつこく付きまとったせいで、桐間は春に対する感情を恋と勘違いしたのではないかと思うときもあった。そんな考えは、この前繋がった時に消えたはずなのに、こうも良く出来た女の子が桐間に近付くと不安になる。性別の壁は、何をしたって越えられないのだ。

「…龍太」

 龍太の言葉にショックを受けて灰になった春を見かねて、浩が龍太を咎める。龍太もさすがに言い過ぎたと気づいたようでフォローしているが春の耳にはまったく入っていなかった。
 愛しいひととお似合いな女の子の、ふたりの影。見たくなくてそれでも消えなくて、顔を反らすしかないので唇を食い縛った。


‐‐‐‐‐

 体育が終わった瞬間、背中に重いものが被さる。なにかと目を向けてみれば、そこには斉藤がいた。斉藤の顔は暗くて、なにかあったのだとすぐにわかる。春も人1人を持っていられるほど力持ちではないので、首に絡まる腕をほどきながら斉藤にでこぴんをした。

「いたっ」
「重いっつの。」

 不機嫌な春に斉藤は顔色を変えるだけなので、春はだんだんかわいそうになってくる。でこぴんをしたところをすこし擦りながら、斉藤と向き合った。

「どうした、元気ねぇな」
「…なんかさ、もうむりっぽい」
「え」
「なんかさっき桐間と仲良くしててさ、牧田はもう俺をすきじゃねーんだよ。」

 桐間と言われてびっくりしたがこの桐間は“夏”の方である。夏は女癖が悪いので、斉藤と付き合っていると知っていても平気で牧田に手を出すだろう。
 たしかに言われてみれば先ほどの体育の時に二人きりで居た気がした。一瞬だが彼らもまたお似合いに見えて斉藤に申し訳なく思う。斉藤が落ち込んで泣き出す前に、春はフォローをいれた。

「あ、ほら、牧田さん男好きって有名だしさ、逆に良かったんじゃない?」
「フォローになってないし。しかもそれでも俺は、好きなんだあ!」
「めんどくせーな、おまえ」

 春がため息をつきつつも斉藤の背中を擦ると、斉藤はまた抱きついてのし掛かってくるのだから困ったものである。猫背になりならが斉藤を受け止めていると、桐間が春の横を通りすぎた。後ろ姿もかっこいい、と見とれていると桐間の横にいる女が気になる。またあの優という女だ。

「斉藤」
「ん?」
「今俺すんげームカついてる」
「え、なに!? なんで! 俺!?」
「違う嫉妬ってやつだよ」

 本当に自分は醜い奴だがムカつくもんはムカつくのだから仕方ない。桐間から離れろと呪いじみた視線を送りながら教室へと帰った。
 だが教室に帰れば帰るで、問題が起きる。被害者は春ではなく、斉藤だが。
 次はお昼だとはしゃぎながら教室に入ると、牧田が斉藤に話しかけてくる。

「斉藤」
「え、」
「ちょっと話があるんだけど」

 この言い方を聞けば、誰だってなんの話かなんてすぐを分かった。斉藤もなにを言われるのかわかったようで、観念した表情でただ牧田の背中を押しながら教室を出ていく。
 いつか俺も桐間とあんな空気になっちゃうのかな。
 斉藤からしてみれば失礼な話だとは思うが、自分もああなったら、と思うと耐えられなかった。不安に押し潰されそうになり、携帯を握る。声だけでも聞けたら、電話掛けようと桐間のアドレス帳を開くが、桐間は桐間の時間があるので気が引けた。
 迷ったが、結局掛けずに終わる。五分もすれば肩を落とした斉藤が帰ってきて、すぐに自分のことなど忘れて慰めに入った。




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