桐間が謹慎処分。そう聞いたのは、朝桐間がいなかったので不思議に思った浩が担任に確認したときだった。龍太は驚いて担任から詳しく聞こうとしたが、担任はそれ以上は語らない。ただ一言、暴力事件に関わったとだけ聞いた。
 浩は心当たりがある。相手はきっと夏という人物だ。顔は見たことがないが、春との仲を脅されたと聞いたことがある。あれからなにも聞かなかったので落ち着いたのかと思ったが、ちがかったらしい。春に直接聞きたいがそこまで聞いていいのか分からない浩がいた。なので、なにも言わないでおいたのだが、

『ひ、浩、話がある』

 そう、緊張した桐間が浩に電話してきたのは、昼休みの時だった。龍太は海飛を連れてジュースを買いに行っているほんの少しの時間、はじめて桐間が電話をかけてきたので浩は思わず焦ってしまう。分かった、といいながらどうやら謹慎処分中は他の生徒と関わるのはタブーらしいので隠れて会うことになり、一通りのすくない体育館裏に待ち合わせになった。浩は冷や汗をかきながら指定の場所に急ぐ。
 体育館裏につけば、もう桐間が立っていた。目には眼帯、ところどころが腫れているのが目立つ。色々聞きたいのがたくさんあるが、いきなり質問攻めするのは気が引けた。桐間が話だすのを待ち身構える。すると桐間は気まずそうに目をそらしながら、小声で言った。

「春と、した」

 浩は目を見開いて、小声でおうむ返しをする。大声で聞き返さなかっただけ良かった。桐間は焦りながら浩の口を塞ぐと、あたまをかきながら言う。

「だからその…」
「いや、言わなくていい。分かった気がする」

 慣れない話題に二人して赤くなりながらうつむいた。桐間に至ってはその夜を思い出してしまい、熱でお湯が沸かせるのではないかというくらい熱くなっている。浩は気まずいながらもせっかく桐間が報告してくれたのだ、咳払いをすると桐間の目を見た。

「まぁ、なんだ。おめでとう。」

 何て言っていいか分からずただお祝いの言葉を口にすると、桐間はおう、とだけ言ってまた下を向いてしまう。浩は頬をかいた。
 前、春を好きだった浩から言わせてみればそういった話題はリアルすぎる。浩は好きだった期間が長いのもあり一番思春期とも言える中学時代も相手に考えるのは春だった。好きな子と自分が、と想像するのはごく一般的なことで浩の場合相手が男だっただけであるが、想像していただけあって言われるとその時を思い出してしまう。
 あの時は、もしかしたら自分と春が、と考えていたのだからおかしい話だ。今さら、思い出しても意味がないのだが。
 今は、桐間と春をみているのが一番良かった。自分が好きだった、愛していたしゅんが幸せになれたのならばなにも言わない。だから、なおさら、桐間の相談等は聞きたかった。そういえばこの前桐間がなにか言い掛けてやめたのを思い出した。その時のこともあるのだろうと推測しながら、傷のことに触れてみることにする。

「桐間、謹慎処分というのは…」
「ああ、夏がムカついたから一発頬にいれたらこうなった。俺の方がやられてるけど、最初にやったのがいけないんだってね。」

 強がりなどではなくまったく気にしていないようで、桐間は眼帯を触れながら肩をすくめた。浩は言いたいことがたくさんあったが、なにから言えばいいのかわからなくなる。たとえばなにでムカついたのか、だとか、春になにかあったのだとか。だが隠しているだけで、桐間が一番参っていると思うので深くは聞かないことにした。

「そうか。だがそんなやつに感情的になるな。」
「うん、ごめんね」
「反省していないだろう」
「うん、してない。だって春のこと犯したって嘘つかれたんだよね、いらつかない?」

 長話になるだろうと思った浩は近くのコンクリート床に座ると、桐間も隣に座りながら言う。あまりに淡々と言うので大したことではないのかと思いきや、かなり重大な話であった。浩は大きな体を捻らせ、桐間をみる。

「なんだ、それは」
「ついで言うと、夏は今俺と春を別れさせて春と付き合ってるよ、まあこれも嘘なんだけどさ。そんで俺と春の関係をだしにして、春を言いなりにしてんだ。俺は間違ってない」
「…殴っておいて正解だな」
「ああ、やっぱり、そうだよね」

 怒りに震える浩に、桐間はため息つきながら目線をそらした。まだ話の続きがあるようで、桐間は足で何度も土を踏みながら目を細める。

「しかも、春は俺と一回したし、もうなにされても良いっていうんだ。俺との仲はどうしても壊されたくないから、脅されたらセックスだってする、ってさ。」

 浩が桐間の言葉に、眉尻を下げた。春なら言いそうな言葉だが、一番言ってほしくない言葉である。
 春は友達や桐間のためなら自分を犠牲にしても良いという考えの持ち主だ。そして意外とワイルドな考えもあるので、今回の件で仕方ないと考えてしまうのも分かる。浩は変わらない幼なじみに笑ってしまった。

「しゅんなら言いそうだ」

 笑い事ではない、この笑いはそんな優しい幼なじみを守れない自分が滑稽だったので嘲笑ったのである。春の考えは間違っていると言いきれない自分がいた。彼は決心している、悔しい。
 浩の表情と同じような顔で桐間は口を尖らせた。

「ああ、あいつバカだからね。ていうかさ、夏が俺らに目をつけたのって夏が俺を嫌いだかららしいんだ。」
「なるほど」
「うん。だから尚更俺のせいで春が傷つくのがいやだ」
「そう、だな」

 相槌を打ちながらもし桐間の立場が自分だったらと、置き換えた浩は桐間の気持ちが手にとるようにわかる。自分の恋人が自分のせいで脅されるのをみて我慢するなんて、そんな辛いものあるか。

「どうしたら、いいのか、分からないんだよね。俺、春が他のやつとなんて考えただけで、頭おかしくなりそう…!」

 桐間いいながらピアスをいじっていた手に力をいれた。じんわり血がにじむ耳を見て、ひきちぎるつもりだったのかと思うほどである。浩は桐間がこんなに怒りを露にするのははじめてなので、うまく言葉を探せなかった。コンクリートで冷たくなる手を握りしめる。

「…ああ」
「…以上がいきなり呼び出して言いたかったこと。誰かに言わなきゃ爆発しそうだったから言っただけだからあんまり気にしないで」
「いや、頼ってくれて嬉しかった。またなんかあったらいってくれ」
「ふん、もう頼ることなんてないよ。たいしたアドバイスも貰えないしね」
「はいはい」

 皮肉を言われるのには慣れているので、浩は笑いながら桐間に返すと桐間はいじけたように目をそらした。浩には口が達者な桐間でもなかなか効かないので、悔しいのである。
 そんな微笑ましい桐間をみながら、浩はひとつ疑問が沸いた。桐間、と呼ぶと桐間は目を細めて浩をみる。

「そういえば、なんで夏は桐間を嫌いなんだ」

 夏は桐間が嫌いだからいやがらせをしているといっても、それはあまりにも茫然としすぎていた。嫌いの理由がわからなければ改善策もなく、このままでは夏の怒りもヒートアップしてしまうかもしれない。浩の言葉に、桐間は足を組み直した。

「さぁね。俺は嫌われやすいから心当たりはありすぎてわからない。ただ、夏に会ったことはないし、間接的な恨みかなとは思ってるよ。」

 浩は思わずこまった、と口に出す。これで夏が『ただ理由もなく嫌い』ならば、どうしたものか。それだけはどうしてもなくなってほしいものだ。
 だが考えても浩は夏という人物に会ったことすらないので、仮説の立てようもない。桐間をみると、桐間は片眉をあげて諦めた顔をしていた。浩は、ちいさく呟く。

「いざというときは俺もそいつをこらしめるから大丈夫だ」

 桐間は返事すらしなかった。他人の力は借りたくないだろうが、桐間1人ではなにも出来ないのが現状である。そんな心境が伺えて、どうにも桐間が、情けない気持ちになった。

「春をよろしく」
「俺に頼むか」
「お前は春が大事なんだろ」

 それを桐間が奪ったくせに、と女々しい考えが一瞬あたまを横切ったがこれ以上桐間の悩みを増やしたくないので黙ってうなずく。するとじゃあな、と桐間は勝手に切り上げるのでポケットに手を突っ込みながら背中に投げ掛けた。

「反省するんだぞ、桐間」

 桐間が振り返りながら、親指を下に向ける。

「するわけねーじゃん」

 男らしい口ぶりに桐間の本音が見えて、浩は思わず笑った。彼はよほど春が好きなのである。
 ああ、やっぱりしゅんを守るのは彼がふさわしい。
 浩は捨てた恋心が動き出してしまわないように、そっと呟いた。




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