桐間は二人では少し狭いベッドに寝転がりながら、春の顔を見た。春は桐間の腕枕を嬉しそうに受けながら、足をぱたぱたと揺らす。

「なぁな、尻にまだ違和感あるぜ。痛いけど、これが気持ちいいってなるのか…」
「あー! 分かった、分かったから。俺もこれから頑張るから、感想はいいよ!」
「そう。」

 真っ赤になる桐間に対して、春は笑いながら返した。二人はついに最後までいったわけだが、男同士の、ましてや二人とも初めてではうまく行くはずもなく、気持ちよさなどは全くない。救いといえば、二人がかろうじて達したことだ。
 いわゆるリードする役の桐間からすれば、余裕がなかったのもだが、春に痛い思いをさせてしまったのが悔しい。まぁそれでも春はいいと言うのだが、桐間はなっとく行かず精進しようと思うばかりだ。
 春からすれば、そこには幸せしかない。桐間もそれを気づいているからこそ、今笑えるのだが。

「ふふ、なんか不思議」
「…まぁね。」
「これからもよろしく、理依哉くん」
「はいはい」

 桐間は興味を無さそうに言いながらも、未来ある言葉に嬉しさを感じていたのはたしかだ。
 ズボンははいているが、上半身は何も身に付けていない桐間の薄い胸板に春が顔を埋める。くすぐったくて身をたじろぐと、春はまだくっつけてきた。春がしたいならさせておこうと思ったが、桐間は我慢が得意ではない。すぐに立ち上がると、春を睨み付けた。

「くすぐったい!」
「えへ、ごめん。なんか理依哉の肌、安心する」
「お前は変態か」

 睨み付けるとでへでへと笑う春は可愛いげがない。ふと、なんでこんな男を抱いたのだろうかと思ったが、これを言えば春との戦争は免れないので言わないでおいた。
 春は桐間があまりに引くので触るのはやめたが、同時にあ、となにかを思い出したように声をあげる。桐間はそれに驚いて、次はなんだと春を見た。

「ちょっと聞いて! 夏くんにほっぺた舐められたんだけど。きっとあれを理依哉にやられたら嬉しいんだろうけど、気持ち悪かったわ」
「…は?」
「いやーさすがにあれはびっくりした! きもかった!」
「いや、ちょっと待ってよ」

 桐間は頭が痛くなる。自分の恋人が少々バカなのは知っていたが、まさか他の男に頬を舐められて気にしていないほどバカに拍車が掛かっているとは思わなかった。
 桐間が汗をだらだらとかいているのを見て、春はその心配しかしていない。どうやら夏からされたことは春からしてみれば、友達にふざけて頬を舐められたくらいにしか感じていないらしく、気持ち悪いと言っておきながらもあまり気にしていないようだった。

「どうした、理依哉」
「どうした、じゃないよ、お前がどうした! なに、頬舐められたって。まさかキスされたとか? もしかして、本当に寸前まで…!?」

 桐間は息を飲みながらこの世の終わりのような顔をする。桐間の妄想はついに最後まで広がった。
 春はその様子をみてあまり重大なことだとは思っていないので、桐間が可愛く思えてくすくすと笑う。

「うーん、ふふ」
「……なに笑ってんだよ」
「理依哉かわいいなって。あと大丈夫だよ、だいじょーぶ。ほんとそれだけしかされてないから!」
「…本当に?」

 いつもなら可愛いと言われて怒るはずだが春が夏に何をされたか気になる桐間は、自分が聞いた質問の答えすら聞かずに訝しげに春を見た。春は真剣に聞かれてしまうと、なにかミスはないかと考えてしまう。
 そうなると、少し気になるのは夏に服を剥がされた、というものだ。男同士なのだし見られてもなにも感じやしないが、桐間が気になりそうな話である。隠し事はしたくないが、怒られたくもないのが本音だ。だが、春は勇気を振り絞って桐間を見た。

「裸は、見られたけど。でも、でもでも、あっち萎えてたし…ほーんと俺に興味なかった、まじで!」

 飛び火を食らいたくない春は必死にフォローすると、逆効果のようで桐間の顔色はどんどん悪くなっていく一方である。春が桐間に近寄ると、桐間は低く唸りをあげた。

「…あいつ、まじで死にてーみてえだな」
「大丈夫、だいっじょーぶだからっ、こんなヒョロヒョロペッタンコの体なんて誰も見て喜ばないって、ねっ!」
「春の体は、俺のなの!」
「ああ、そう、ですか」

 完全に目がすわっている桐間にさすがに焦る春は自分で自分を貶すが、桐間は冷静さに欠けていつもは言わない言葉を言う。
 それは今世紀最大のデレだな、理依哉くん。
 春は相変わらず可愛くない崩れた笑顔で嬉しく思うが、この条件で喜んでいいのか分からなかった。桐間がまた夏に殴り掛かったものならば次は謹慎では済まされない。繋がって舞い上がっていたが、現状はなかなか辛いものがあった。春は桐間の骨ばった肩に頭を乗せる。すると桐間は怒りが少し緩まったようで、春の頭を撫でた。春はまるで猫が喉を鳴らすように、桐間に擦り寄る。

「怒んないで。俺だって弱くないんだから、大丈夫だよ」
「脅されたりしたら、抵抗できないだろ」
「夏くんがそれで気が済むんだったらいいじゃん」
「おい、春…っ」

「初めては桐間としたし、もういいよ。桐間以外としても何も感じねーし、俺だって男だし。大丈夫、夏くんのことが片付けられれば後は幸せしかないんだしさ」

 ね、と子供を宥めるように言うと春はいつものように笑った。そんな春を見て桐間の怒りもなくなっていく。そうすると桐間は段々自分が小さい人間に見えてきた。
 桐間は春を引き剥がすと、膝を抱える。肩を落として落ち込んでいる様子の桐間に春は失言だったと思った。だが、結局そうなのだ。春が折れなければ、夏は容赦ない。認めなければならなかった。

「あーあ、俺よりお前の方が男前じゃ自信なくすよ」

 自嘲めいた笑い方で肩を揺らす桐間に、春は唇を噛む。そうしてすぐにそんなことないよ、と声をあげた。

「俺ももし桐間が脅されて仕方なくでも他のやつとキスとかエッチとかすると言い出したら、駄々こねるし泣いてすがるし退学なってでも阻止する! 絶対絶対そんなことさせない。だから、今我慢してる理依哉はとってもかっこいいよ、やっぱり俺の一番の彼氏だなって感じだな」

 桐間は目を見開いて、じわりと目に浮かぶ水滴を垂れてこないよう、必死に堪える。そんな泣きそうな顔をみて、春は笑うだけだった。

「…お前、ずるいよ。そんなこと言われたら、俺あいつに手出せないじゃん」
「はは、それが狙いだ!」
「あっそ」

 ぶっきらぼうに言う桐間を見て、春は桐間にバレないように考える。
 もう夏の件で、理依哉は巻き込まない。
 桐間が聞けば怒りそうな考えだが、春の気持ちは決まっていた。早く夏の気まぐれを終わらすために毎日を過ごす。
 だが、この時だけは止まってくれないだろうかと思った。今襲ってきている眠気につられて瞼を閉じれば、開けてからまた桐間と会えない日々が続くのである。つらいなんてものじゃない。

「好き」

 好きな人は守りたい、この気持ちは揺るぎない意思だ。



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