「春、帰るよ」

 肩に鞄をかけながら、春の机に桐間が近寄るが、春は机に突っ伏したままで返事がない。桐間は聞こえていないのかと思い、もう一度声を掛けるが変化はなかった。次は肩を持ち揺らしてみると、春は勢いよく起き上がるがその目は桐間を睨み付けている。

「なに、ぶっさいくだよ、お前」
「〜っ、うるさい!」

 いつもこんなことで声を荒げる春ではないので、桐間は驚いたように肩を竦めた。うるさいと言われてまで、機嫌が悪い春に理由を聞くほど桐間も大人ではない。
 春の座っている机を叩くと、カバンをもう一度かけ直し、扉へ向かった。春はしまった、と思うが時すでに遅し、桐間は教室から出ている。春は、唇を噛み締めた。
 こんな恋人より、そこらへんの女の子の方がいいのかも。だから、手も繋いでくれないし、キスもしてくれないのかな…。
 一度考えると止まらないネガティブ思考は、どんどん広がっていく。こんな考え方は自分を追い込むと分かってはいるが、それでも考えてしまった。
 春はのろのろと起き上がり、席を立つ。教室を出て昇降口まで着くと、今日は鬱憤晴らしにサッカー部に行こうと思い、サッカー部の部室まで向かった。

「あ、春さん!」

 部室のドアを開けると、木葉が見えないしっぽを大きくふりながら近寄ってくる。(ちょっと大きいが、)可愛い後輩に癒されていると、溝呂木が春の肩を叩いた。振り向くと、何故か満面の笑みの溝呂木。

「こんにちはー、っす」
「三年が卒業した今、お前が頑張るんだぞ、いいか?」

 面倒なやつに捕まった、春はためいきをつきながら適当に返事を言い、ユニフォームに着替える。隣で春の着替えを待つ木葉は、足をぶらぶらとしながら誰が置いていったかわからない雑誌を見ていた。
 その姿を先ほどから、春はちらちらと様子をうかがっている。木葉は表情も変えずに、口を開いた。

「なんですか?」
「!」

 あからさまに視線を向けていたのに、気づかれたと言わんばかりに春は驚く。口を尖らせながら、春は上の服を着ると、足を何回か床にぶつけて靴を直した。そして木葉が座っているベンチの隣に座ると、木葉と同じように足をぶらぶらさせながら言いにくそうに切り出した。

「あのさ」
「はい?」
「理依哉に愛されるにはどうしたらいいんだ?」

 何かとかまえていた木葉は、驚いて雑誌を落としそうになる。春も言ってすぐに、やっぱりなし、と頭の上にばつを作って木葉を見るが、木葉は関係なしにまた話をふった。

「桐間さん、でしたっけ。彼と上手くいってないんですか?」

 木葉の言葉に、ゆるゆると春の手は降りていく。頷くか、頷かないか迷っていたが木葉の心配そうな瞳に、春はうなずいた。
 木葉は元気のない春に、言うことをためらっていたが、雑誌を閉じながら春を見つめる。

「何が、上手くいってないんです?」
「…恋人っぽいこと、してないし。理依哉は、女の子にモテるし。友達が、それじゃ、飽きられて女の子の方に行っちゃうって」

 春は木葉の隣に座りながら、ベンチに足を掛けて体育座りの体勢になって舌を眺めた。いつも堂々と伸ばす背筋は、自信も無さげに猫背になっている春に、木葉はため息をつきながら自分の膝をつつく。

「桐間さんに捨てられたら、いつでも俺の所に来ていいですよ」
「っ、この…」
「捨てられたら、です。あの人が貴方を捨てるわけないでしょう、と言うより貴方は捨てられてもあの人を諦めないのでまたくっつきますよ。心配しないでください」

 大人の振る舞いで、木葉は春の頭を撫でた。春も木葉の言葉を聞いて、目を輝かせる。
 そうだ、飽きられても最初に戻るだけだ。また、好きになってもらえばいい。
 簡単ではないが、一番最初に比べればどうってことはない。だいたい、今好き同士になれたことが奇跡なのだ。木葉に言われた通りに考えれば、悩み事が解決する。春は単純なため、自分がどうすれば良いかの決定権が欲しかっただけのようだ。

「そうだな、ありがとう、木葉! 俺はこのまま、理依哉を好きでいればいいんだな!」
「いえ。複雑ですけど、お役に立てて嬉しいです」

 微笑み返す木葉は、変わらずかっこいい顔である。これが前、自分を好きだったんだと思うと信じがたかった。正確に言えば今も、であるが、春は過去の事だと思っている。木葉も迷惑をかけまいと諦めたように見せているので、この二人の関係は良くなったと言えた。
 二人はそのあと、他愛もない話に花を咲かせ、サッカー部の部室を出ていく。その姿を、桐間が見ていることも知らずに。



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