春と離れたクラスは慣れたし楽しいときもあったが、満足とは言えないものである。
 桐間はそんなクラスで、最近の出来事を考えていた。一昨日、ベッドで寝転がっているときに春からメールが来る。いつものようにバカみたいなメールかと思ったがどうやら深刻のようで、夏と付き合うことになったというメールだった。もちろんさすがの桐間も冷静を失い、長文のもんくのメールを打ち込もうとしたが、一番疲れてるのは春だと思い、急いで長文を消す。結局送ったのは『わかった、何もされんなよ』の一行だけ。夏はゲイではないようだし春に手は出さないとは思うが、形だけの恋人といえども、その相手の夏を殴りたいくらいムカついた。
 そして昨日、バイトだからと早めに帰っていると後ろから二人乗りの自転車が桐間を抜かしていく。だからといってなにもないのだが、その二人は春と夏とかいうやつだった。夏は見せ付けるように春の背中にくっつくと、こちらを見て笑う。桐間ができないことを平然とやってのけてしたり顔だ。腹が立ったが、どうしようもできずただ携帯へ集中すると、前の自転車は消えていく。悔しいと思った。
 その日の夜、春から電話が掛かってきた。寝ていて気付かなかったので、かけ直すと春も出ない。今話したら春を責めそうで話したくなかったので、出なかったことにホッとしたのも本音だった。

「桐間」
「ん?」
「どうしたんだ、ぼーっとして」

 心配した顔の浩が聞いてくる。桐間は浩と龍太には夏という脅してくる人物の話はしてはいるが、夏と春が付き合ったことはまだはなしていなかった。それゆえ、桐間が気を落としている理由は曖昧にしかわからない。
 桐間は足を組ながら、浩を見た。彼もまた、春を大事にしている。浩にこのことを話せば大事となり、夏とのタイマンは免れないだろう。

「いや、なんでもないよ。あ、それよりさ、龍太が二時間目サボるとかって海飛巻き込んでどっか行ったけど」
「…そうか。注意しても聞かないのなら、次は力でねじ伏せるしかないのだな」

 そう言いながら浩は指を鳴らすと、サボっているであろう男子トイレへと向かった。よく授業をなか抜けする龍太を、真面目な浩は毎回注意している。主には、そんな龍太に巻き込まれれ海飛を助けにいっているのだが。
 桐間は今日も春と会えないのか、ともう浩たちのことはそっちのけで外を見ながら恋人を想った。

 そんなこんなで一日適当に過ごし、時は放課後となる。今日はバイトがないので、真っ先に帰り春に電話しようかと思ったとき、驚愕の人物が桐間を訪ねてきた。その人物とは、あの、夏、だ。桐間は夏のことを聞いていないことにしなければならないので、夏が声をかけてきた時も知らないフリをする。前に町で話しかけられたが、二人で話したことはないのだ。
 浩や龍太は夏の顔を知らないので、桐間を気にしてはいないようである。そのことに安堵しながら、余計な会話を聞かれる前に教室から出ようと思った。

「なに、あんた誰」
「桐間夏。名字一緒だね、桐間理依哉くん」
「ふーん、だからなに?」

 桐間はかばんを背負いながら、となりをぴったり歩く夏を見る。夏はにやにやと勘に障る笑いを口に浮かべていた。

「お前さ、春ちゃんと付き合ってたんでしょ。俺さぁ、春ちゃんにお前と別れろって言ったんだよねぇ。」

 桐間の動きは止まる。まさか自分がしたことを暴露してくるとは思わなかった。すると夏は桐間がその事実を聞いて驚いたのかと勘違いして、桐間の顔色に気をよくする。

「そしたら本当に別れを告げたんでしょ、面白くない? 俺の言いなりなんだよ、あいつ」
「…別に、面白くないけどね」
「そう? でね、今はるちゃんったら俺と嫌々付き合ってんだよ、どう? な、面白くない?」

 桐間はおちょくる夏を見て、怒りを押さえるためにはや歩きで彼から逃げようとした。だが彼も加速するだけで変わらない。こんな話はしたくないと顔をそむけたいが、夏はそれを許さなかった。
 無理矢理付き合ってる、そりゃそうだ。春は俺しか好きじゃない。
 桐間はイライラしながら、良い方向に考えようと努力する。この男が春にとって嫌なことをしていると考えるだけで腸が煮えくり返るが、ここで怒れば夏の思うつぼだ。良かったね、と得意の皮肉でも言ってやろうかとしたとき、夏の笑顔がなくなる。そうしてかさついた唇をゆっくり開けた。

「で、昨日よ、俺の家に呼んで、嫌がるアイツを犯してみたんだあ。そしたらすげー泣いてて、いやいやって叫んでた。あ、痛いとも言ってたけど、気持ちよくて止められなかった、ははっ。面白かったなー、な、理依哉くんはどう? な……っう!」

 瞬間、夏が廊下に飛ばされる。飛ばされたように見えたが、桐間が殴った衝動で夏が倒れこんだだけだ。殴られた夏は瞳孔を広げて桐間に仕返しと、自分と同じ右頬にいっぱつ食らわす。だが桐間はびくともせず、夏の胸ぐら掴むと二発ほど殴りを入れた。夏は止めようとしたが桐間には力では及ばず、殴られるままである。もう一発いれようとして拳を振りかぶったとき、桐間は目をさました。
 目の前で自分に胸ぐらつかまれ、口を切ったのか赤く染まる唇を見て怒りが冷める。すると今だ、と夏が桐間を押し倒した。馬乗りになられた桐間は力を出せず、夏からのパンチをまともに食らう。やり返そうとしたが、頭が真っ赤になってなにも考えられなくなった。
 春、となにも浮かばない桐間の脳のなかで唯一出てきた言葉。桐間は目の前の男から殴られるのすら、どうでもよくなってきた。彼に殴られようといたくも痒くもない、ただ、春を思うと苦しくて、自分なんて考えられない。

「へっ、本性出しやがったな、てめーのすました、顔、うぜーんだ、よ!!」

 一発一発に言葉をかけてくるが、桐間の耳には届いていなかった。本気でこいつ殺してやろうかとか、春はいまどこにいるだとか、さっそく腫れてきた頬など全く気にしていない。

「お前ら、なにしてんだ!!」

 あまりに大きな取っ組み合いだったので、先生が見かねて止めに入ってきた。桐間は静止していて、押さえ込まれた夏は舌打ちをする。ただ、夏がつまんねぇ、と呟いた。

‐‐‐‐‐‐‐

「だから何回も言ってんだろ。理依哉くんがー、いきなりー、殴ってきたあ」
「あのな、桐間、じゃなくて夏。いきなり殴るわけないし、仕返しといえどおまえはやりすぎだ。おい、きり…じゃない、理依哉くん。君もなんとか言いなさい」
「……。」
「だんまりか。」

 保健室で治療を受ける二人は学年主任の厳重注意を受けている。理依哉の顔は腫れていて、整った顔もいまではお世辞にもかっこいいとは言えなかった。頬やおでこ、左目には数々のガーゼが貼られ、口元と目の下には絆創膏が貼られている。夏はそれを見ながら、自分の頬だけの怪我と比べてにやにやと笑った。学年主任は呆れて帰ってしまい、保健室担当の先生も二人の威圧感に思わず逃げる。いつ掴み掛かるかわからない状態で、二人にらみあった。

「ひどい顔してんぜ」
「同じ顔にしてやろうか」
「そりゃ勘弁」

 夏は頬をさすりながら、保険医が置いていったお茶を飲み干す。桐間はお茶には手をつけず、首を凭れたままだ。夏は横目で桐間を見ると、お茶を汲みながら口をひらく。

「な、まだ春のこと好きなの?」

 聞いてきた夏の顔は、ただ興味という感情はなかった。桐間はそれがわかったからこそ、頭に血がのぼる。目をこれでもか、というくらいに開きにらむと、夏はさすがに怯んだ。桐間が拳を握ったと同時に、大きなおとで扉が開かれる。

「二人ともなにしてんだよー!!」

 その元気な声に桐間は拳が緩まり、夏は心底驚いていた。扉を開いた主は二人の殴り合いの元凶、春である。桐間は春に寄るために立とうとしたが、それよりも先に春がズカズカと保健室に入ってきて夏の前に立った。そして桐間を一度見ると、夏の頭にいっぱつ、拳骨をいれる。
 夏も桐間もただ見ているしかなかった。何をしている、と問いただす前に、春は夏の顔を両手で挟むと自分の方に向かせる。痛いと顔を歪める夏を無視して、春は夏の顔を持ったまま睨み付けた。

「俺をいじめてもいいけど、理依哉をいじめるなよ。すっげームカつくから」

 そう言うと春は放心状態の夏の手を引っ張ると、彼を立たせて保健室を出ていく。そして扉を閉めるときに、桐間を見た。
 じゃあね、と口パクで言いながら笑う彼はとても輝いて見える。とてもじゃないがあれが犯されて落ち込んでいる者だとは思えなかった。一瞬の出来事に混乱しか出てこず、桐間はフラフラしてきてソファーへ体を預ける。目を保護するように、腕を目の上にのせた。
 春、男前過ぎるよ。
 さっき春が夏に発した言葉にキュン、としながら桐間はくすくすと笑う。だんだん、春を心配していた自分がバカらしく思えてきた。よく考えてみれば春ならもし犯されたとなったら、心配かけまいと俺に電話なんてかけて来ないだろうし、自分は汚いとかいう思い込みで桐間の目の前には現れないだろう。つまりなのにあんなに堂々と歩けるのは、後ろめたいことがない証拠だった。
 ばかだね、俺は。
 感情に流されて夏の思うツボである。今まで我慢してきたのが水の泡だ。だが良かったと思うことがあり、あのかっこいい春が見れたコトだ。両目に焼き付けたかったので、左目を覆うガーゼが少し忌々しい。
 すると笑っていた喉が止まった。桐間は自分の手をじ、と見つめる。

 春が引いたあの手が、俺の手だったらよかったのに。

 夏に付き合っていることを隠していなければ、自分は春と一緒にこの保健室から抜け出せた。それなのにどうだろう、隠すためにと、恋人が嫌いな男を引いていく様を見せられたのである。
 春に引かれていった夏の背中が忘れられず、桐間は目を瞑った。だんだん痛みが増してきたアザを、するりと撫でながら辺りを見渡す。
 誰もいない保健室は、一人で居るのには広すぎた。



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