「おはよー、春ちゃん!」

 まだ眠気も覚めていない朝、夏は教室に入ってくるなり春の所へ直行すると満面の笑みで春の前の机に座った。春と仲良く話をしていた斉藤など目には入れていないように、夏はあれやこれやと話をし出す。春はため息をつきたかったが、夏のガラの悪いお仲間たちがこちらを見ていたのでにこやかに接した。

「ごめん、夏くん。今斉藤と話してるんだけど」
「ふーん、そっか…で?」
「いや、だから、今斉藤と話してるから、邪魔しないでくれるかな」
「俺の存在が邪魔ってなるわけないだろ」

 ダメだ、こいつ話通じない。
 春は目頭を押さえながら、そう、とだけ返事をする。そこで空気を読んだ斉藤が、夏に笑いかけた。

「夏っていうのか。俺、斉藤、よろしくな」
「あ? 誰もお前と友達になりてーなんか言ってねーよ。俺ははるちゃんがいればいいの、お前邪魔」
「あ、そうか、あはは」

 春はむしろ泣きたくなる。自分の大事な友達をズタズタに言われて怒りたいのに、夏の機嫌を損ねては自分の秘密をバラされるのでなにも言えないからだ。
 斉藤に目配せすると斉藤は状況を把握したのか、苦笑いしながら席を立つ。すると夏は悪びれた様子もなく次は斉藤の席に移動して、椅子を引っ張って春に近寄った。春は最高級に顔を歪めながら、夏を見る。

「なんの用だよ」
「なんの用、だって? うーん、恋人と話すのに用はいるのかなあ?」

 ふざけた口調と言われた言葉に吐き気がした。春は言い返せずに、唇を噛む。
 そう、昨日から夏の気まぐれにより春と夏はお付き合いすることになった。もちろん二人の間に愛などない。ただ夏が春に桐間とは付き合えるのに、自分とは付き合えないと言われたことにたいして納得いかず無理矢理付き合わせたということだ。
 思わず顔が変形しそうになるくらい春に優しくする態度は、きっと元彼氏の(といっても嘘ではあるが)桐間と張り合っているのだろう。自分が一番いけている、と思っている時点で春は気にくわないが。

「もう良い。そういう冗談は止めてくれ」
「んだよ、せっかく夏様が優しくしてやってんのに、不満でもあんのか?」
「じゃあ俺の友達にも優しくしてくれる?」
「あ? やだよ、それして俺になんの利益があんだ」

 やっぱり自分のことしか考えていないじゃないか、と春は思うがバカとは付き合ってられないので夏と仲良く会話していると見せかけて夏の自慢話はほとんど聞き流した。だが夏は単純なようで春がにこにこしながら頷いていなのに気を良くして、まるで友達のような話をし始める。
 こうしてると、普通なんだけど。
 夏にたいして最初から嫌悪しか抱いていなかったし夏も春を脅してばかりいたので、普通の友達とするような会話はしたことがなかったのだが、こう話してみると夏の回りに友達が多いのもわかった。たまに見せる笑顔も、無邪気な話し声も子供みたいで可愛らしい。
 昔、仲良くなれれば良かったのにな。あのころ、弱かった自分がもし強かったら夏くんとも。
 もしもの話が頭にぐるぐると回るが、きっとそうだったとしても人を苛めるような人とは決別していただろう。今さら考えていても無駄だなと思った。

「あ、そだ、お前今日暇かよ?」
「え、ああ、うん」
「じゃあ遊ぼうぜ。俺ん家来いよ」

 あまりにも自然すぎて否定すらせず、ただうなずく。すると夏は笑いながら席を離れていった。普通にしていれば良いのに、春は二回目だがしみじみ思う。苦笑いする斉藤が帰ってきて、でもあんな俺様と友達になるのは、と正気に戻された。


‐‐‐‐‐‐

「おい、早くしろよ」
「分かってるよ、急かすな。あ、じゃーな、斉藤!」
「おう」

 あっという間に放課後になり、急かす夏に連れられ春ははや歩き歩く。斉藤も春と夏がとても仲良しには見えないようで、授業中こっそりお疲れ、と言ってきたのには春は笑いそうになった。
 夏の家は学校から近いので、夏の自転車で二人乗りすればすぐに着く。もちろん前で漕ぐのは春で、後ろに座る夏はのんきに電話で話していた。電話口から高い声が漏れているので、女と話しているのだろう。別に夏と話したいとは思わないが、春といるときに春をほったらかしにして他の人と話すことに夢中になるのは止めてほしかった。
 大通りを走って夏の家が近くなったとき、前に見覚えのある人が見える。あれは桐間だ。たしか今日はバイトだったので、一人で早く帰っているのだと思う。背中に飛び付きたい衝動に駆られるが、ここは人通りが多い通りで自分は自転車、なによりも後ろには夏だ。見ないフリしてペダルをこぎ桐間を抜かすと、夏はわざわざ振り返り桐間の顔を見ると春の背中に抱きつく。びっくりした春はブレーキをかけて夏に怒鳴ろうと後ろを向くと、桐間と目が合った。だが桐間はすぐに目をそらすと、携帯を出してのろのろと歩く。夏は見せつけているんだろう、桐間の反応を見て面白く無さそうに口を尖らせた。

「あーだめだな、あいつ。冷めきってやがる」
「うるさいな。桐間は俺のこと好きじゃなかったんじゃない、知らないけど。」
「ははっ、かもな! な、お前はまだ好きなのかよ?」
「え、あ、別に。」

 いきなり自分の気持ちに注目されて春は言葉を濁す。その言い方からは嘘をついているのバレバレで、夏は春の後ろでケタケタと笑った。そのあと夏の家に着くと春を連れながら、夏は階段を上っていく。夏の家は三階建ての大きな家だ。春が高校一年生の頃はお金持ちが住んでいるだろうと頭の隅っこで考えたりはしていたが、まさか夏がすんでいるなんて思ってもみない。お邪魔します、と一言呟き夏のへやに入った。部屋のイメージはゴージャスで黒や白で埋め尽くされた洋室だと思ったが、殺風景が広がる小さなタンスと布団だけがある和室。お婆ちゃんの家を思い出すな、春は畳の匂いを嗅んだ。適当に座れと言われ、座って真っ先に目に入ったのは大通りに面した小窓に掛かる梯子である。

「夏くん、あれは?」
「ああ、俺の家屋上あんだよ。階段あったんだけど道の工事でなくなったから、俺の部屋から梯子出してんの。ついでにお前らのラブラブショットは屋上から撮ったぜ、お前ものぼってみっか?」

 にやにやしながらいう夏に、春はにらみ返した。屋上ある家など少なくとも春の友達にはいなかったので本当ははしゃいでいたが、脅しのネタにもなった写真がその場で撮られたかと思うとくやしくて上がる気にはなれない。裏道沿いに窓がなくとも屋上からならどの面も見れるので、屋上があるのは不覚だった。楽しそうに笑う夏は置いておいて、春は夏を見る。

「でも屋上があるっていいよな、星とか見たら面白そう」
「ああ、おう。空が澄んだ日はたまに流れ星だって見えるぜ。お前星好きだなー」
「えっ、すごい、見てみたいな! …っていや、あの流れ星をだぞ、別に屋上は興味ないっていうか、はは」

 夏が意外過ぎる星の話をし出したので、春は嬉しそうに話に乗っかってしまった。すぐに自分のバカさに気づき、修正をいれる。夏のことだから屋上に上がらせるには何々を奢れ、だとか言ってくるのを予想して、春は話を反らそうとした。だが、夏は胡座をかくと笑いながらいう。

「いや屋上で見た方が絶対綺麗に見えるって、今度空が綺麗な日の夜来て見ればいいだろ。上で寝転がって待ってれば、一個か二個見れるしな。」

 夏の言い方に、含んだものはなにもなかった。純粋に、星を見に来いといっているのが見受けられる。そんな態度に春は困った。悪い人ならばとことん拒否すれば良い、だがたまに見せる純粋さは突き放すことができない。仲良くなるのは桐間に悪く感じるので、できれば夏を嫌ったままでいたかった。
 というより、「お前星好きだな」ってなんだ?
 さっきは流してしまったが、夏との会話で夏が言った言葉。春は星を嫌いではないが、その反対に好きなわけでもない。たしかに綺麗な星を見て感動するし、ときには欠けた月でもまじまじと見たのは覚えている。だが、それは桐間と二人で見てはしゃいだときの話であって、夏の目の前で星の話をした覚えはないし、好きといったことなどない。
 誰かと間違えてるのかな。
 春といたのは幼稚園の頃だ。その記憶が多少ぼやけても、当たり前である。春はその言葉に特には気にせずに、夏の誘いにあいまいな返事をすると、夏は来いよ、と元気よく釘を刺してきた。挙動不審になりながらも、やっぱり話題を変えようとすると夏の動きが止まる。ただ見返して、どうしたのだろうと思えば押し倒された。春は目を見開く。

「ぇ、あ、夏くん!?」
「よし、すんぞ。用意は出来てんだよ」
「なっなっなっ! なにを」
「決まってんだろ」

 用意という言葉で出された道具は見慣れないが、男ならば見たことがあるもの2つだった。一つは避妊用具、もう一つはジェル状のものが入った入れ物。どちらも用途がわかるので、春は身震いする。
 たしかに、夏があんなに優しい顔で家に来い、と言ってきたのから疑うべきだった。だが、あんな無邪気にされては、こちらとしても断る術はなかったのではと思えてくる。春は夏の力強い腕にひっくり返され、おしりを上げられた上に夏に引き寄せられた。ズボンを下げられそうになったとき、さすがに春は仰向けになるとズボンをつかむ。

「あ? てめ、なに抵抗してんだよ」
「いや、抵抗するから! いくら夏くんが興味津々でも、おかしいよ、これは! 男同士気持ち悪いって言ったじゃんー!」
「俺がやったことがないことがあるのがおかしい、一回体験しとかなくちゃな、男同士」
「もういやだあああああ」

 夏の家には春の叫び声が響いた。





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