桐間と別れたフリをして1週間が経った。決め事を守っているためか、夏へのごまかしは順調だ。
 だが、春がもう死人と言っていいほど干からびている。桐間は学校終わった後に夜遅くまでバイトがあるのでなかなか会えず、最後に会ったのは5日前。学校で会えないと、ここまで会わないかと気を落とす。こんなときに限って廊下ですら擦れ違わなかった。
 春は黒板を見ながら、眼鏡を外して目をマッサージする。隣の斉藤はのんきに寝ていた。彼は一昨日同じクラスの彼女が出来たばかりで、春とは違いいつでも触ったり話せる。男女の付き合いはなんて楽なんだろう、と友達にすこし失礼なことを考えた。
 眼鏡を掛けなおし黒板を見やると、前の席の夏が後ろを向く。いそいで目を反らすが、見ていないにも関わらず前でピースをしながらこちらを見ていた。夏と友達だと思われたくないので早く前を向かせようと手で払うと、夏は笑いながら席を立つ。授業中になにを、と思うがちょうど先生が黒板に書いている時だったので気付かれないようで、そしてやはり夏はこういう事に関しては上手かった。あいにく、春の前の席の人はお休みで、夏は気付かれないままそこへ座る。春は夏から顔ごとそらす。だが夏は構わず、足を組ながら春の机に肘を置いた。

「今日一緒に帰んぞ」
「やだ」
「拒否権はねーよ、ばーか。短い間しかいなかったけど一応幼馴染みなんだ。仲良くしようぜ、な?」

 仲良くしようという相手は普通脅すか。思うが、もんくも言えず従うしかなかった。そして桐間へ愚痴のメールを送ってみると、返信は来ず、逆に落ち込む。今日は頑張れる気がしなかった。
 時は飛んで放課後、春はいらいらしながら友達とおしゃべりを楽しむ夏を待つ。友達とくっちゃべっているのならば夏など置いて帰ろうとしたが捕まってしまい、待っていろ、と命令された以上待つ他はなかった。派手な成りをした夏の友達が春を見てくるが、春は無視して携帯をさわりながらまっている。夏の友達もそれなりの悪さはしているようで、龍大とはまた違う行きすぎた悪のりははっきり言って春は苦手なのだ。春がついにキレそうになったとき話が落ち着いたようでやっと夏が春の所へとやってくる。なにも言わずに春が教室から出ると、夏はにやにやしながら付いてきた。

「なんだよ、はるちゃーん。俺が友達となかよーく話してたからって嫉妬?」
「はぁああ? 嫉妬するわけないだろ、長い間待たされたから怒ってんだよ!」
「ん、なになに。夏くんの一番の友達、春ちゃんが居るのに放置するなって? おおごもっともだねー」
「違うってば!」

 まったく話が通じず、春は本気で怒っているというのに、まだ夏は笑っている。そのせいか仲の良い男友達二人の漫才のように聞こえたらしく、通りすぎる人たちは仲良い二人だね、なんていいながら笑っていた。
 ふざけるな、俺の怒り方がふざけているように見えるのか。
 春は黙ってはや歩きで歩いていたが、夏は口笛をふきながら軽々と春を抜かす。自分と同じくらいの身長のくせになぜか歩幅の違いが目立っているのをみて、恥ずかしく思い自分も気を付けようと思ったのは内緒だ。
 そのまま帰れれば良いと思っていたが、それだけでは済まないことも分かっている。夏はファストフード店に入るとなに食わぬ顔で注文、そして払うのも、頼んだものが乗るトレイを持つのも春だった。

「お前何も頼まねーの?」
「いい」
「あっそ」

 聞いておきながらも春に本当に興味がないようで、言いながら席を見つけると座りながら携帯の画面に指をスライドさせていた。まったく、人といるのにメールとはなかなか礼儀がなっていない。
 春も面白くなさそうに携帯をいじくりながら、スマフォに変えたいなと頭を巡らせた。そうしていると、夏は携帯をしまいポテトを口に運ぶと指を合わせながらこちらを見る。

「おい、お前はたのしいこととつまらないことどっちをえらぶ?」

 夏のなにかを含んだ質問に春は少し戸惑う。正直に言えばいいのか、それとも違うと嘘を言えばいいのか。ただ、夏が聞く質問に答えても良いことはひとつもないということくらい春も分かっていた。だからこそ、質問には答えたくない。黙っていると足を踏まれて、催促され思わず声が出た。

「いっ、た、楽しい方!」
「愚問だよな」

 けたけた笑うと夏はストローを噛みつくように口に含むと、喉の音をたてながら飲む。なんて美味しそうに飲むのだろう、春も頼めば良かったと思うが、節約せねばならないので買えなかった。なによりそんなに長居するつもりはない。
 夏はそのジュースを置くと、酔ったんじゃないか、と思うくらい舌を捲し立てながらいった。

「誰だって楽しいのは好きだ、俺はその通りに生きてる。誰にも俺のやり方に干渉されねーで、自分がしたいように生きてるんだよ。」

 なんの話をし出したのかと思えば人生相談かと思う。年も学年も一緒のくせになに先輩のように威張っているんだ。春はそうなの、と小さく返すと水でも貰おうかと夏の話はもう頭にはなくなっている。夏はそんな春を見て、首をふった。
「あーあー、春ちゃんもかわいそうだなァ。俺のおもちゃにされちゃって。まぁ“たのしいこと”は止めるつもりはねーし。」

 そこまで言うと、今まで手に付けていなかったハンバーガーを取ると、二口、三口と素早く平らげる。口にパンパンに詰め込む食べ方は、幼稚園の頃からなおっていなかった。
 そんで、俺かなりまずいことに気づいちゃったんだけど。
 春は夏が言ったことに対しただの独り言として見ていたが、先ほどの夏の言葉を聞いて背筋が凍る。つまり、夏は春と桐間の仲を脅して利用することを楽しいコトと認識したらしく、まだ飽きる気配はさらさらないと言ったのだ。

「人の仲を引き裂いておいて楽しいなんて」
「だってそうだろ? たった1人と別れただけなのに、バカみたいに落ち込んでさ。しかもお前は脅すと彼か自分のためか、動いてくれる。結構便利なんだぜ、お前」

 まず付き合っている相手をたった1人なんて言い方がおかしい。付き合う相手など1人だけなのであるからその人だけが特別なのであって、簡単に別れて忘れられるようなものではなかった。
 だいたい夏から、便利、と誉められても嬉しさの感情に掠りもしない。夏は春があからさまに夏の言葉に呆れているのを見ていたが、お構い無しにポテトを食い終わるとトレイを春に渡した。片付けろという意味であることは春にもわかったのでいそいで片付けに行くと、夏は(まるで自分が投げたボールを犬が従順に持ってきたのを見て喜ぶかのように)嬉しそうな目で春の背中を見ると、ファストフード店から出ていく。春ははや歩きで彼の後ろについた。

「もう帰るだろ」
「まだ遊び足りね」
「十分だよ、帰ろう」
「触んなホモ! 指図してんじゃねーよ」

 春が夏の服を掴んで止めると、夏は春の言い方が勘に障ったのか手を払うと今まで以上のはや歩きで春を置いていく。そして夏は携帯を出すと、おそらく友人であろう人と電話し始めた。春はどこに行くかわからないまま付いていくだけである。
 もう俺いらなくね?
 夏の話を聞いていれば、どうやら彼はこのあと友人と遊びに行くらしい。帰っていいか、と問いたいが怒られたばかりであるし、変な所で怒る夏にふれたくない。
 だが春にとってこの状況だけでも最悪であるのに、目の前から歩いてくる者を見て死にたくなった。色素の薄い赤茶の髪が揺れている。会いたくて堪らなかったが、なぜ、よりにもよって夏といるときなのだ、と春は泣きそうになった。
 どうやら桐間は友達と遊んでいたようで回りには春がしらない人を引き連れて楽しそうに話している。とっくに春に気付いていたようだが、夏を見て一瞬でめをそらした。春はその行動でいちいち気にしている自分が嫌になる。
 夏は桐間にまだ気付いていなかったので気付く前にどこか行こうと春が逃げ道を探していると、電話がちょうど終わり夏は前に目を向ける。すると桐間の顔をまだ覚えていたようで、すれ違う時、夏は口を開いた。

「元カレくんじゃん、新しいお相手は出来た?」

 桐間の友達は聞こえなかったようで通りすぎて行くが、しっかりと聞こえた桐間は歩みを止めて振り返り夏を見る。にやにやと笑みが絶えない夏に、桐間はなにも言わなかった。ただ無表情のまま。春はそんな見あった二人に驚き、咄嗟に夏を止めようと腕をつかむ。夏は抵抗はせず、春に連れられていった。そのとき、桐間が春を見たが春は桐間を見れない。心臓がいたくて、泣きそうになった。
 後ろでひーひー言いながら笑う夏は、ツボがおかしいんだと思う。だが、彼にとって春と桐間の苦しむ表情が好きならば今の場面は大爆笑であった。春も反応しなければいいと分かっているが、桐間の友達の前で元カレなど言ってほしくない。夏の声は小さくて友達には聞こえていないし、春の元彼氏とは言っていないのでバレる可能性はまずないが、言わないと約束した上での今のような軽率な行動に春は腹が立った。夏は春のうでを振り払うと、ちぇ、と言いながら止まる。

「春ちゃんの反応面白いのに、あいつの反応つっまんねー。別れたばっかだっつのに、お前と仲良く居る俺に興味ねーし。あいつ、本当にお前のこと好きだったのかよ」

 さんざんな言い様だ。
 夏からしてみれば本当に別れていると思っているので、たしかに桐間の今の反応は春に興味が無さすぎた。好きで別れたなら嫉妬の色は隠せないだろう。だが、桐間はただ必死に我慢していたのだ。バレれば、春に迷惑が掛かるからである。春も桐間が、わからないくらいだったが顔を歪めたのがわかった。春は口を滑らせないように、よく考えながら言葉を発する。

「関係ないだろ、俺らを気持ち悪いって思うなら深く聞くなよ」
「いーじゃん。男同士の関係興味津々だし。な、俺と付き合おうよ」
「な!? はぁ?」

 訳のわからない事を言いだした夏に、春は大きな声をあげた。そんな春を夏はうるさいとにらむが、それどころではない。

「あ、セフレでもいいぜ。勿論お前が女役ー」
「ふざけんなよ! 誰がお前なんかと…。だいたい男同士気持ち悪いって言ってただろ」
「俺はただ、ホモのバカップルが目障りだったから言っただけだよ。まあ、それはどうでもよくて、俺、男と付き合ったことなくてさ。俺って何でも経験したいタイプなわけ。うん、いわゆるチャレンジャー? だから、な?」

 そんな柔らかく言ったって丸め込まれるものか。春は夏の意味不明な言葉たちに鳥肌が立った。セフレだなんて、酷すぎる。そういう行為は好き同士がするもの、と考えている春にとってショッキングすぎる単語であった。春は手を横にふりながら、夏と距離をとる。

「無理、無理無理! 男と付き合うなんて無理!」
「嘘はいけねーよ、矛盾してるぞ」
「違くて、あいつは好きだったから、性別関係なく思えたんだよ。だから男でも付き合えただけで。ましてやその、スルなんて好きな人じゃないと無理!」

 無理を連発する春に、上機嫌だった夏も不機嫌になってしまった。まずい、と春が気づいた時には距離は縮まっていて壁に背中が当たり逃げられなくなると、夏は春の顔の横に手を置くと顔を近付けてくる。

「セフレは間に合ってるからいいわ。でもあいつとは付き合えて、俺とは付き合えないってなーんかうぜぇ。いいから付き合えよ。バラされたくないんだろ」

 セフレ間に合ってるんだ、価値観おかしすぎて比べるとこじゃないじゃん、あ、やっぱり最後は脅しなんだ。
 春はそれぞれの言葉に反応しつつも失神寸前で、顔をそらしながら意識を繋ぐため大好きな桐間を思い出していた。


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