玄関の前にある鏡の前でネクタイをしめると、春はドアを開けた。久しぶりに一人登校する春は、いつもよりすこし遅い時間に出る。桐間が遅刻をしないようにモーニングコールをしたが、そのあとうとうとして二度寝してしまったのだ。いつもなら迎えに来る桐間も今日、というより、当分は来ないので時間ギリギリで行っても支障はない。
 昨日夏に別れなければ口外する、と脅されて、二人で話し合いをした結果、別れたフリをすることにした。その方法は徹底的で、学校への登校や下校も別、学校内では話さないようにして、むしろ仲を悪く見せようという魂胆である。だがそんな作戦の初日だと云うのに、春は初っぱなから限界が来ていた。
 朝から理依哉の顔見ないとやる気出ないしー!
 春は泣きべそをかきながら、遅刻しないように走って駅まで行く。駅に着くと学校の駅まで電車を乗るわけだが、それが長く感じるのも彼がいないからであろう。春はつまらなそうに携帯をいじくりながら、時間を潰した。
 学校の最寄り駅に着けばまだ道のりはある。歩き出そうとしたときにメールが届いた。『学校ついた。春はついたの』理依哉からのそっけないメールである。だが桐間不足な春はそんな文面でも嬉しい。『あと少しでつくよ。心配してくれてるの、優しい! でも会えないから理依哉の俺への愛が冷めてしまうんじゃないかと心配です。じゃあ1日頑張ってね、大好きな理依哉へ』喜びを表現するためか桐間より何倍と多い文字数とハートの絵文字が多い返事を返した。もう携帯にキスをしようかとした時、うしろから声をかけられて、春は目を瞑る。

「春チャンじゃーん、おいおい彼氏はどしたのー?」

 桐間からメールが来てはしゃいでいたのもつかの間、一番聞きたくない悪魔の声が聞こえて、携帯をポケットにしまいこんだ。睨み付けるように振り向こうとすれば、夏は自転車に乗りながらご丁寧に横へと並ぶ。

「一緒にきてないから」
「あれ、あれれ。喧嘩かー」
「別れたんだよ、お前のせいで!」

 わざとらしい芝居に腹が立って叫ぶように言うと、夏は目を丸くした。そしてすぐに口の端を上げると、にやにやと勘に障る笑い方をし出す。

「本当にしたか? 嘘じゃねーだろうな」
「ふん、信じられないなら桐間に聞けば」

 昨日春と桐間は夏が桐間にコンタクトをとって調べても襤褸を出さないように、どこでどんな状況でどんな言葉で別れたかしっかりリハーサルをしたので春は堂々と言い放った。夏はその言い方で本当に別れたのだと思い込み、腹を抱えながら笑う。
 どこまで性格がひねくれているんだ、と春は半ば呆れるが彼は笑いのツボに入ったようでしまいには自転車のハンドルを叩きながら止まる。春は彼を無視しながら歩き続けて向かい、笑いが止まった夏はヒーヒー言いながら自転車に乗るとまた春の隣に並んだ。

「おもしろいなー、春ちゃんは。自分の為なら大好きな彼氏すぐ振っちゃうんだもんなー。な、はるちゃん。お前、それで脅せばなんでもやってくれんの?」

 好奇心満々な目を輝かせて夏は春の歩幅にあわせてペダルを漕ぐ。ひどい言われようだが、確かに夏は春がすぐフッたと思い込んでいるのだから当たり前だろう。良い考え方をすれば、それほど別れたという嘘を夏が信じこんでいるということだった。春はやや頭の血管が切れそうになりながらも、しめしめ、と思うことにする。

「ふん、もう夏くんの言いなりになんかならないよ。だって脅すネタがないし」
「残念ながら別れたからって付き合ってた過去は塗り直せないんだぜ。俺はいつでも周りに言いふらせる、あ、そういえば言ってなかったけどナイスショットもあんだよ、見る?」

 見る、と返事をする前にはもう見せられていた。夏が持っている携帯には、春と桐間が手を繋いで、そしてキスをしている画像である。それは遠くではあるが、確実に春と桐間と分かる距離で撮られていた。
 まさかこんなシーンを撮られているなど思っていなかった春は、もし桐間と別れたと言わなかった時を考えてゾッとする。学校でこんな写真を公開されれば、生活する所はないだろう。春は歯を食い縛った。

「なんで、こんな写真」
「何回か見掛けてたからな。いつでも撮れた、スキだらけ。つーか今の技術は進んでるね、スマフォって写真撮っても音出ないアプリあんだよ、春ちゃんも使う?」

 妙に友好的に話しかけてくるので、春はぶん殴ってやりたくなるがそんなことをすればこの写真はその瞬間にばらまかれる。
 どうすればいい、どうすれば。
 春の脳をフル活用してもいい答えなど見つかるはずもなかった。観念して、唸るような声をあげる。

「…なんかしてほしいことでもあんのかよ」
「さっすが春ちゃん、聞き分けいいなー。じゃおかね貸してー」

 貸してじゃなくてもらうだろ。
 春は思いながら甘えたような声に吐き気がするが、ここで従わなければ死ぬのは確実だ。1000円と言われた額を財布から取り出して渡すと、ひらひらとさせながらにっこり笑う。

「ありがと、大事に使わせてもらうよー」

 有り難みを一ミリも感じさせない言い方でそう言うと、夏は自転車で颯爽と去って行った。春はそこは荷台に乗せてけよ、と思いながら足を引きずる。
 やばいな、写真。まさか写真があるなんて。
 この先のことを考えると鬱になってきそうな感覚に、春はモヤモヤした。やはり夏と決着をつけなければならない、けれどどうやって? 解決できないにしろ、このまま夏の財布になるのは御免だ。はて、どうしたものか、と考えているとまた携帯が鳴った。
『ハート多すぎ、きもい。    なにがあっても好きだから、心配すんな』
 春は飛びはねながら、すぐに保存を押して何回も舐めるように画面を見る。春は単純なもので悩み事がこれだけでなくなるのは良いが、浮かれすぎて遅刻し桐間に怒られ1日中気分がどん底へと落ちて戻らなくなったのは、それはまた単純の悪いところであった。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -