次の日、いつものように桐間と登校したが、触れることはなかった。だが、桐間は気にしている様は見せず、いつも通りのままである。
 春は夏の家の前を気にしたが、やはりその家から視線は感じられない。今日は見ていないのか、と考えて、いつもと同じ時間に学校に着き、お互い別々のクラスへと分かれた。

「おはよう」
「お、はよっ」

 席に腰掛けると、同じタイミングで斉藤が教室に入ってくる。相変わらず元気そうで、朝自転車と衝突しそうだった、と驚いた様子で話すだけだ。斉藤の言葉に笑っていると、視界の端でペタペタと足音を立てて入ってくる人物が目立つ。彼は特別目立っているわけではない、春が気にしてしまうのだ。
 彼、夏はあれだけ脅してきたくせに、春を一度も見ないで自分の席につく。すると夏の周りにはもうできたのか、はたまた元々友達だったかは知らないが、人たちが囲んだ。昔から変わらず彼は人気者である。

「つーかさ、尾形。お前あいつとしりあいなの?」
「え」

 斉藤が指してきたのは、まさに考えていた夏だった。確かに春は見すぎていたのだと思う。首をふると、斉藤はふーんと意味ありげに答えたがすぐに興味なくなったのか他の話へと移った。そしていつのまにか一時間目の始まりである。斉藤のおしゃべりはそれでも止まらなかったが、三回ほど注意されてやっと口をとめた。
 賑やかな友達を持って、良かったと春は思う。桐間のことを考えなくてすむからだ。だが、こう黙られてしまっては、また桐間を考えてしまう。
 理依哉と触れたいなー、キスしたいなー
 完全桐間不足である春はそう考え始めると止まらなかった。今まで当たり前のように毎日過ごしていた春には、朝と帰り話すだけでは足りない。悶々と考えていると、時間は簡単に過ぎていった。

「おい、尾形」
「へ!?」
「次体育だぞ」

 寝ながら考えていたら、斉藤に呼ばれてやっと気づく。周りを見ると皆いつの間にか体操着に着替えていた。春は謝りながら横に掛けてある袋に手を伸ばす、と体操着が無い、袋を広げて見てみても無い。春は慌てながら机のまわりを見渡した。

「え、あれ、ない」
「しっかりしろよー」
「いや、持ってきたはずなんだけど。一応ロッカーみてくるから、先行ってて」

 斉藤もついてくると言ってはくれたが、ロッカールームは遠いしそれでは体育に遅れてしまう。斉藤は先に行かせて一人でいくことにした。
 ロッカールームにつくと、自分のロッカーを見てみるがやはり体操着はない。仕方ないのでもう制服で行くか、と腹をくくり出口に向かったとき、自分の目の前に誰かが立ちはだかった。影をみた時から、嫌な予感はする。右へ行くと右へずれて、左へ行くと左へ。完全に邪魔をされていた。顔を上げたくないが、もんくを言ってやりたいがために、勢いよく顔をあげる。

「退いてくれない、夏くん?」
「あ? 体操着届けにきた人にそんなこと言うか?」

 からかうように言う夏の手には、胸元に尾形と言う名前が書かれた体操着があった。いつもの春ならば真に受けてお礼1つは言っていただろうが、夏に言うお礼などない。今確信したが春は今日たしかに持ってきて机に掛けたので、夏が持っているはずがなかった。つまり、夏が故意的に取ったということになる。春は夏の手から体操着を取り上げると、夏をにらんだ。

「なんの用だよ。わざわざ体操着まで取って」
「はは、お前とあの男が話してる時に取ったのに気付きもしねーし。面白かったよ。ま、俺が取るのがうまいってのもあるけど」

 にこやかに言う夏は、人のモノを取ることが慣れているんだと思う。そう思うと、あれから成長してまた夏は性格が歪んでいるのだ。注意したいとは思ったが、春はいちいち言う気にはなれない。
 そこで本鈴が鳴った。もう授業は始まってしまったようだ。春はワイシャツに手をかけながらロッカールームから出たのだが、引き戻されてしまう。どうやら夏が掴んで強い力で戻されたようだ。少し大きいくらいの同じような体格で、よくそんな力が出たと思う。

「あーもうなんだよ! 夏くんも早く着替えて、体育行けば!」
「まーまそんな怒んなってー」

「春ちゃん」

 一息置いて呼ばれた名に、鳥肌が立った。春が動けなくなると言うより、夏以外の時間が止まったように思えるほどゆっくりと時間は進む。逃げ出したいと思っても、目すら動かなくなった。何も言わなくなる春に、夏は耳元へ口を近づける。

「凄く成長したな、性格も背も体型もなっまいきな態度も。けど残念、お前はまだ女々しいまんま。だから、ナツクンなんて呼んじゃうんだよな、な、ハルチャン?」

 春はそこでやっと自分が夏の名前を前のまま変わらず、子分が親分を慕うかのように呼び掛けていたことに気付いた。けれどもう遅い。夏はもう昔のように、春をターゲットにしていたのだ。

「女々しくなんか…!」
「そうかぁ? だからカレシを堂々と発表できねーんだろ。昨日お前が言った、他のやつらに言って良いなんてあんなの俺を飽きさせるための文句に決まってる」
「あ、」

 痛いところをつかれて、春は夏から離れられない。もう聞きたくないと目を瞑る春に、夏は口角をあげて言った。

「そいつと付き合ってること他のやつに言えねーなんて、それ、本当にスキって言えんのか。言えねーよな。そんなんじゃ、彼氏もお前のこと嫌いになっちまうんじゃねーか、オイ」

 面白い、としか思っていない夏の目は輝いている。春はその目の輝きを見て、狂っていると思った。夏の輝きの理由は、春が苦しんでいるのを見たからである。小さい頃から、変わらない純粋の輝き。

「分かってるよ、それくらい分かってる。それでも皆にバレたらまずいんだよ。言わないでくれないか」

 春は震える声を押さえながら、夏に言った。夏はもっと慌てる様が見たかったのか、とても不服そうである。春の態度に一気に機嫌が悪くなり、空気すら悪くなった。ち、と舌打ちしながら春の顔を強くつかむ。あまりの強さに顔を歪めた春だったが、かわらず睨むと夏もより一層悪くなった目付きで春を見た。

「開き直りやがって、弱虫が。そうだ、言わないでって言うなら、俺の言うこと聞けよ」
「なにすればいいんだよ」

 言う春を、夏は見下しながら笑う。

「アイツと別れろ。」
「…は?」
「そうしたら口外はしねーでやるから、な?」

 子供に言い聞かせるような言い方に、春のなかでなにかが切れた気がした。春は夏の胸ぐらをつかむと、付き合っていることはお前に関係ないと言おうとしたが夏がそれ以上にことばを被せてくる。

「いいからしろよ、最後の警告だぜ。目障りなんだよ、お前ら」

 言葉が詰まった。
 たしかに、見られてすぐに言われなかっただけでマシだったのだと思う。関係ない、そう夏には春と桐間のことは関係ないはずなのにそう言えなくなった。自分達は公には出せない関係なのである。それは周りからしてみれば、どうなのだろうといきなり考えさせられてしまった。
 理依哉だったらここで何て言ってたのかな。
 自分がすぐに反論出来なかったのは、夏の言う通り弱虫だったからで。春が口を開いたのは、夏に攻撃するためじゃない。

「考えさせて、くれないか」

 それは、きっと言えない相手と付き合っているというまだ消えない罪悪感から来た言葉だった。


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