「おいおい、なんでそんな焦ってんだよ、ほんとのことだろ」
「いーからお前、黙ってついてこい!」

 春は夏の手を引きながら走る。この図はかなり目立っていたが、春の判断は間違っていなかった。この夏という人物は、いつ春と桐間の関係を言い出すかわからない。まず何故知っているのかも聞きたかったが場所が悪かった。夏は言って良いことと悪いことすらわかっていない。いや、言ってはいけないとわかっていながらも言っているのかもしれない。
 前から、ひとつも変わっていない。
 そうだ、夏という男はいつだってそうだった。
 しばらく走ると人気のない場所についた。階段ではあるが、ここの階段は使う人が少ないし、今は放課後。今から話すことを聞くやつもいないだろう。春は周囲に誰もいないことを確認してから夏をつかんでいた手を離した。夏は掴まれていた腕を痛そうにしながらぶらぶらと揺らす。そんな余裕のある態度がなおさらむかついた。

「…なにが、言いたいんだよ」
「は、なんも? ただホモなんだろって聞きたかっただけ。な、そうなんだろ」

 夏はそう問いただしながら、子供のような笑顔で春に近寄る。脅す気もなさそうな瞳は、ただ好奇心だけで動いていた。
 だが、信用ならないやつに言う義理はない。春は首をふると、夏は目を細めた。春は、その目に捕らえられ動けなくなる。

「嘘いうなよ、いつも俺の家の目の前で茶髪くんとキスしてるくせに」

 ぞくり、とした。先ほどの笑顔が仮面だったかのように、するりと変わる表情が人間だとは思えない。
 だが怯えているだけではいけないと春は夏の言っている言葉を考えた。
 俺の家の前? どこだ。
 春と桐間とて、キスするときは念入りに警戒するし、住宅街となれば手は触れるか触れないかである。脳を捻っても出てこないようである春に、夏はくすり、と笑った。

「俺の家のとなりの、細い路地。お前いつも通ってるよな。大通りに出ると、まるで友達かのように演じてるけど、その前までラブラブだなんて。誰が思うだろうな、なぁー?」

 ゲラゲラ笑う夏に、春は怯まずに今日の朝を思い出す。細い路地から大通りに出る道と言ったらひとつしかなかった。たしかにあそこは家に挟まれた道だが、道沿いには窓がないので見られるはずがないと油断していた。だがよく考えればベランダからだって見ることはできる。だがいままで家から、人気を感じた事はなかった。家の中からといえど見られているならば、視線で気づくはずだ。こんなことを考えても、実際見られてしまっているのだが。
 考えなさすぎた自分の責任だ。握りこぶしを作りながら夏を見ると、夏は腹正しい顔でにやりとわらう。

「たしかに、俺の付き合ってる人は男だ。」
「うわっ、まじかよ、ホモってまじでいたのー? こりゃスクープだな!」
「っ、だけど、お前に口出しされる筋合いはない。好きに性別なんて関係ないだろ!」

 カチン、と来て怒鳴るように言いつけると、夏は笑顔も消して黙った。そしてうーん、と唸りながら何か考え出す。次には何を言い出すのかと思っていると、閃いたように春に人差し指を指した。

「うん、そうだな。お前らの愛はすげーよ、性別越えちゃうんだし。じゃあ、このお話、皆に言っていいだろ?」

 素敵なお話なんだし。
 人をおちょくっている言い方に春は手を出しそうになるが必死に堪える。夏を怒らせたならば、なにをされるかわからないからだ。夏はきっと春になど興味はない、きっと今も昔もからかった相手の反応が楽しいだけなのだ。
 だからこそ、春は狼狽えない。狼狽えたならば、夏の思うつぼだ。桐間には迷惑かけたくないと、ただ頭は桐間のことでいっぱいだった。

「言えよ。てめーがそれで満足すんなら」

 春がにらんで挑発するように言えば、夏は初めて人間らしい表情をする。指していた指をひっこめ、面白くなさそうに顔をしかめた。しばらくすると、ポケットからタバコを出すと火をつけた。一度肺に吸い込むと、ぷか、と浮かぶ煙を春に向けて吐く。それにすら反応しない春に、夏はため息ついた。

「つまんなすぎるよ、お前。やっぱいいわ。なんでもねーや、はい、今の話なしー」

 夏はそう言うとまるで遊んでいたおもちゃを投げだしたかのように、春から離れていく。春はポーカーフェイスを掲げていたが、内心ガッツポーズをしながらホッとしていた。小さいころは言いなりであったが、前の記憶があったからこそ今の対処が出来たと思う。トラウマも役に立つのだな、と前に泣いていた自分を誉めてやりたくなった。
 だが、最後に煙を吐かれたことがムカついて、夏を見上げる。のろのろと階段を上りながら去る夏の背中に一言言った。

「夏くん、煙草は体に悪いから止めなよ!」

 さーて、理依哉が待ってる教室へ行くか。
 半分スキップのような走りで教室に向かう。面倒事は片付けたし、今日残っているのは桐間とのデートであった。楽しみしか残っていない春は、満面の笑みで去っていく。
 と、その春とは対照的に、歩いていた夏はぱたりと足を止めた。別に春の言葉は本当に夏の体調を気にしているものではなかったし、夏もそれくらいはわかっている。だが、引っ掛かるものがあった。

「あの言い方」

 昔からの癖は取れないというが、まさにこの時である。春が昔、夏に逆らえなかったため、唯一友達の名前に添えていた文字。
 そう、春はいままで理依哉と夏にしか名前の後に“くん”をつけたことがないのだ。その違和感は拭えず、夏の記憶は思い出される。

「うお、まじかよ、はるちゃんじゃねーか」

 幼稚園以来のこの単語。夏はわらいながら、春の背中をさした。



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