なんで、なんで。
 春は新しいクラスへ向かうなか、先ほど見かけた桐間夏の名前を、考えていた。春はこの名前を知っている。否、正解にいえば知っているのを思い出した、と云えよう。
 初めて理依哉の名前を見た時、桐間という名字がきになっていた。だが、すぐに理依哉の顔を見て知らなかったことを安心したのを覚えている。春は何故安心したのかなど、あのときはわからなかったが今になって思い出した。春は彼を記憶の底に落としてしまうほど、彼との思い出はトラウマとなって春を傷つけたのである。
 桐間夏と出会ったのは、まだ浩と会ってもいない、そしてしゅんというあだ名で呼ばれてもいない幼稚園の頃だった。

 春は幼稚園の頃、外に出ることを避けていた。外に出れば人より皮膚の弱い春は赤く焼けてしまうし、走ればすぐに苦しくなってしまう。春が避けていたというより、先生に規制されていることもあった。春は自分の体質を嫌と思うわけではない、大好きな両親から受け継いだ遺伝は恨むものなどひとつもない。いまさら願っても、意味はないのだ。だが、やはり自由に走り回るみんなが羨ましかったのはたしかである。
 そんなある日、夏が引っ越してきたのは春が年長に上がったときだった。自己紹介が終わると、夏はみんなから囲まれて、すぐにその場に打ち解ける。夏はそれほど、魅力のある男の子だった。だが春が彼に興味を示すことはない。
 春はちょうどその頃、すきな子が出来たのだ。名は由利と言ったか。二つ結びの笑顔がかわいい子だったと思う。彼女はみんなと一緒で特別秀でているものはなかったが、春は彼女を好きになった。
 だが彼女は夏を好きになってしまう。いままで居た男の子とは違い、物事をはっきり言う夏は、女の子に人気があった。その人気に由利もつられていってしまったのである。
 もちろんこれだけでトラウマになったわけではない。春もまだ子供であったし、由利を愛していたわけではなく、悔しい程度で事はおわった。問題はそのあとである。それは人から少し離れた春を、人気者の夏の力を借りて輪のなかに入れようとした先生が行った行動であった。
『なつくんとはるくんって季節の名前だね。おそろいだ』
 幼稚園の子供に興味を持たす言い方である。先生の言い方につられた春は、夏に興味をもった。続けて言えば、あんな人気者の夏と自分がお揃いなんだとどこか嬉しい。だが夏は顔を歪ませながら、言った。
『あんなよわそうなやつとおそろいなんて言うなよ。あいつ白くてひょろひょろだし、おんなみたいでキモチワルイ。名前もくんよりちゃんの方がにあいそうだよな』
 言った瞬間の先生の凍りつきようといったらなかっただろう。すぐに夏は怒られていたが、春はその場から逃げるように離れた。
 それから先生たちは気を使ってくれたが、夏は相変わらずで。いままで自分に興味がなかったくせに、ある意味春に興味を持った夏はしつこくつきまとった。今で言えば、いじめに近いものがあったと思う。毎日かばんもとられて体力のない春は追い付けなかったし、おやつの時間は春のおやつは自然と夏に取られていった。
『はるちゃん』
 春を傷つけるためだけの、夏が呼ぶ自分の名に苛立ちすら覚える。お門違いだが、自分の名前をつけた親を恨んだときもあった。(もちろん結羽にげんこつをくらったが)
 春の地獄のような日々が続いたが、小学校へ上がる時、尾形家は現在すんでいる功士のマンションへ引っ越すこととなる。それとともに春は夏の記憶を封印した。そして、男の子らしくなると決めたのである。あだ名は自分からしゅん、と呼んでもらえるように仕向けたし、積極的に外へ遊びにいった。何回か倒れたが、春はめげない。少食であったが、無理やり胃に突っ込み苦しくなるまで食べた。ほどなくして春が目指す男の中の男、浩と出会い仲良くなってともに成長。標準の身長に伸びて、少し細いが運動神経が良くなり現在に至る。
 昔を一気に思い出した春は、新しいクラスの前に立って唸っていた。友達がいないことでこんなに悩んでいるわけではない、桐間の言った通り友達はあたらしく作れば良い。あたらしく始まる学期にこころさえ踊るが、やはり夏が関係していた。
 やっぱりあの夏くんなのかな、いやだな、顔覚えてないといいけど。
 どんどん思考は嫌な方向へと繋がっていくが、教室に入らなければ話は進まない。春は意をけして扉を開けると、一気に注目を浴びた。もちろんそれは春だけの特別な視線ではなく、新しいクラスになり周りの人に敏感になっているためである。その証拠に一度みると、周りは興味がなくなったのか携帯へ目を移した。黒板を見ながら、自分の席へと移動する。席は窓側の一番後ろだった。これで目立つこともないだろうと思いながら、さりげなく夏の席も確認する。最初は名前順の席なので夏は二列目の前から三番目、離れていることを安堵した。夏はまだきていないようだ。
 後ろの席にすわると、となりにはもうだれか座っていた。名前を見ると、斉藤と言う名らしい。茶髪であるが、やさしそうな顔をしていた。斉藤は春を見ると、早速話しかけてくる。

「お前、尾形っていうの?」
「あぁ、うん。」
「そっか。俺さ、仲良いやつと離れちゃって。もしよかったら仲良くしてくんね?」
「まじか、俺もなんだよ。俺以外みんな1組」
「え、俺の仲間もみんな1組。なんだ、俺ら呪われてんのか」

 どうやら斉藤も春と同じ境遇らしく、話も合った。教室に入ってから5分も経たないうちに友達作りは成功、もともと春も人と話すのは得意な方であるのでなんてこともないが、意外にうれしいものである。斉藤と打ち解けながら話していくうちに、新しい担任が来て話をはじめた。いつの間にか時間は、9時を過ぎている。
 前をみるふりをしながら気になっていた夏という人物の背中を見る。なんと、幼稚園のころはあんなに大きかった背中は自分と同じくらいだった。不良になるのではと予想していたが、彼の髪は染められてもいない黒。長い襟足が印象的だ。
 心配するほどじゃなかったのかも。
 友達もできて、担任もいい人そうだし、クラスの雰囲気もいい。このまま一年なにもないように暮らそう。思いながら、担任の話を聞いてるふりをして、こっそり斉藤とメールアドレスを交換した。
 やっとHRなどが終わり、春は椅子に座りながら背筋を伸ばす。授業中に桐間からメールで、放課後クラスまで迎えにくるといっていたからだ。おわったとメールを送りながら桐間の返信を待っていると、となりの斉藤は帰るらしいので挨拶をすると、笑顔で帰っていった。悪いやつではなさそうであるし、なによりもフレンドリーで話しやすい。斉藤が隣でよかったと心の中で思った。斉藤も帰ってしまい暇になった春は、桐間の返信がきているか確認するために携帯を開く。待受は四人で撮った写メだ。ぶっきらぼうだが、口元は笑っている桐間をみて愛しく思う。
 と、携帯に夢中になっていると影で前に誰かが立ったのが分かる。斉藤が帰ってきたのかと顔をあげてなにかと言おうとすれば斉藤ではない彼が立っていた。見下すような細められた目、つり上げられた目尻、いつもなにか言いたげな口。
 すぐにわかった。成長はしていたが、彼は間違いなく夏だった。
 なんで、わざわざ俺のところに。俺が春だとわかったのか。
 逃げようとする腰をどうにか椅子に置いたまま、彼を見返していた。すると彼は首をかしげながら、にっこりわらった。

「お前、ホモだろ。」

 想像していた言葉とは違う言葉を言われる。春は固まってしまった。周りにはまだ、かえっていないもの達もいるのである。幸い周りのものたちは自分たちの友達を作るのに必死らしく、夏の言葉には注目していなかった。
 春に考える暇などない。夏の腕をつかむと、春は教室を出た。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -