桐間に引かれたまま、連れてこられたのは人気のない体育館に繋がる階段だった。まずこの盛り上がってる時間に人が来るとは思えない。春は場所から見て、別れを告げるにはぴったりな場所だと珍しくネガティブになっていると桐間は止まり、階段を一、二段上がり座り込んだ。春も一段下に座ると、桐間を見上げる。

「ダンスはもういいのか」
「あ? 興味ないし」
「一緒に踊る子いたんだろ」
「居たけどめんどくさくなって断ったよ」

 ここまで来ると桐間の面倒くさがりやは病気だ。春は目を細めながら桐間を見るが、理由はどちらにしろその女の子には悪いが、踊らなかったことが嬉しかった。黙ったまま、大人しくしてると桐間が口を開く。

「黙って聞いてよ」
「え?」
「今から一言も喋んないで」

 言いたいことは沢山あるが勢いに負けて口を閉じると、後ろから桐間の深呼吸する音が聞こえてきた。こんなに畏まっていることを思うと、やはり別れを告げられるんじゃないかと不安になる。言われたら足にしがみついて別れたくないと言うか、そして桐間が別れないと言うまで離さないという手もあった。我ながら厄介な恋人だろうと春は思うが、せっかく大好きな人と付き合えたのだ。誰が別れるものか、という意地もある。
 何を言われるか待っていると、桐間は春の肩を掴み春を自分の方へ向かせた。そして口を開く。

「お前、今日、生意気なこと色々いってくれたよね?」

 今日、色々…? 今日の出来事を思い出すと、忘れようとしていたことが微かに浮かびがってきた。たしか、昼、桐間と会った時。
『くそやろうっつったんだよ! こんの浮気者、女好き、無神経! お前がいないから、たのしくねーよ、よくそんなこと言えんな! 俺ばっかお前好きでばっかみてぇ。もうしらねー! ばぁか! お前なんか、可愛い子にふられちまえ!』
 言った言葉丸々思い出して、春は顔を青ざめた。気持ちが昂ってつい、と言っても誤魔化しの利かないくらい酷い暴言である。いいわけを言いたいが、なかなか出てこなかった。これを理由に別れを出されては、春が悪いのでもんくなど云えない。なんでもいいので桐間に何か言おうとすると、桐間は手で階段の手すりを撫でた。

「その言葉そのままお前にお返しするよ」

 春は階段から、置いていた足が落ちそうになる。
 いや、俺自分で言うのもなんだけど、一途なんだけど。
 言いたい言葉をのみながら、桐間を見ると桐間はため息つきながら腕組んだ。

「自分を好きだった野郎とか今でも好きな野郎とかとるし、お前は本当浮気者だね。俺の気持ち考えてない、無神経。お前じゃない他のやつといても楽しくないのはこっちも。思い知らしめてやろうとしたら浮気者扱いだし!」

 不服そうにブツブツと物をいう桐間はいつもの小言を言う桐間に戻っていたと言ってもいい。春は元に戻ったようで嬉しくなった。だが桐間の言っていることは聞き捨てならないし、もちろん春も反撃するため立ち上がって桐間を見下ろす。

「なにいってんだよ! 俺を好きだった野郎〜とか言ってるけど、相手男なんだから好きになるわけないだろ? だったら理依哉の方なんか相手は女、浮気度満点じゃんか!」
「はあ? するわけないでしょ、興味ないし。おいそれより春、相手は男なんだし、じゃねーよ。現に俺好きになってるじゃねーか!」
「あ、理依哉、俺のことただのメンクイのホモだと思ってんだろ! なに勘違いしてんだ、俺はお前だから好きになったんだよ、ばぁーか!!」
「じゃあ俺のどこが良いんだよ、いってみろ! 俺の良さなんて顔くらいしかないだろ! だったら浩の方が包容力あるし、木葉の方が…」

 桐間はそこまで言って言葉を止めたので、長々と続いていた言い合いはそこで途切れた。しまったという顔をした桐間だったが、時すでに遅し。春は桐間を見るが、桐間は目を合わせようとしない。

「そんなこと、考えてたの?」
「…うるさいよ」
「ねえ、理依哉」

 春は桐間に問い詰めながら、愛しい気持ちでいっぱいになっていた。桐間と会ってから胸の調子がおかしい。こんなに幸せな気持ちで締め付けられるのは、彼と付き合って以来だ。指で桐間の頬をなぞり、顎で止めて上に向かせる。
 光が所々に輝く瞳は、揺らいでいながらも、春をゆっくりとらえた。

「やっぱり春が言ったのそのままお返しするよ。俺ばっか、俺ばっか好きでばかみてぇ」

 舌打ちしながら桐間も立ち上がり、春と視線を合わす。また反論しようとする春の唇を親指と人差し指でつまむと、大きく手を広げて春を腕の中へといれた。春の耳元で暖かく音を奏でるのは、まさしく桐間の心臓である。春は幸せに浸りながら、桐間の腕のなかを抜け出し、両頬を掴まえて唇を合わせた。
 もう一度視線を絡ませて、口づける。周りなど気にせず、桐間は春に食いついた。春も目を開けられないほど夢中に答える。ただ、二人とも互いを感じたかったのだ。
 がち、と鈍い音がする。春の歯が桐間の口を切りつけたのだ。桐間は痛みに顔を背ける。

「っ」
「うぁ、ごめん、理依哉! 大丈夫か!」
「…平気だよ」

 出てきた血をぺろり、と舐めながら桐間は階段から足をのばし地面についた。そして少し上に手をのばし、降りるように促す。春も桐間が示す通り、階段を降りた。

「でも、歯が当たってくれて良かったかもね」
「え、なんでだよ?」
「まぁこっちの話」

 それより踊ろう、と手を重ねられたのは春には夢のように感じられる。踊る? と完全にクエスチョンマークを浮かべていると、桐間はにやりと笑った。

「嫉妬深い春くんは俺が誰かと踊るのいやだったんでしょ? じゃあ自分で踊ればいいじゃない。」
「え、は!?」
「ここなら曲も聞こえるしね。次でラストの曲だけど、どうしたい? 俺はどっちでもいいかな」

 どうしたい、など聞かなくてもわかっているくせに意地が悪い、と春は悔しく思う。けれで手を差し出して、月明かりに当たる桐間が美しく、いとおしかった。
 春は桐間の手を取る。桐間はその答えが分かっていたように、一歩を踏み出した。

 月は二人の幸せを祝うように道を照らし、風は嬉しそうに曲を運ぶ。二人は夜に身を任せた。



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