「しゅん、何してたんだよー!」

 文化祭も無事に終わり、もちろん次の日に片付けがあるが、軽くテントを片付けているなか、春はひょっこり帰ってきた。久しぶり、といっても五時間ぶりくらいだが、龍太は寂しそうに春に引っ付く。春もごめん、と言うだけで、なにも言わないので龍太も浩もなにも言えなくなった。
 だがそんな気まずい3人を他所に、春の後ろで海飛が機嫌良く立っている。龍太は海飛をじとり、と睨み付けると春の頭をぐしゃぐしゃにした。

「おい、急用ってこいつか?」
「違うって、海飛はたまたま会っただけでさ。」
「ほんとか? 海飛、てめぇ、まさか、しゅんに迷惑かけてないよな?」
「え、あ、はい、もちろんそうに決まってるだろー、あはは」

 たしかに急用は海飛ではなく、春が龍太と浩を二人きりにさせたいからしたことであるが、海飛が春に迷惑をかけてないかと聞かれれば答えは違ってくる。
 あのあと、教室で海飛と食べていると、逃げ切ったかと思えた海飛の元カノの彼氏、まーくんに海飛は捕まってしまった。殴られそうになったが、春が必死にまーくんを止めて、見逃してもらえるように、海飛のヘタレエピソードを話すとまーくんも殴る気力も失せたのかなにも言わずに何処かへ消えていく。海飛は微妙な気持ちであったが、助かったのと変わりはない。一応春にお礼を言いながら、今のいままで一緒にいたのだ。
 海飛のごまかしたような言いように龍太は疑わしげに見るが、春が止めたので止める。だがその代償に、片付けはほとんど海飛へ押し付けられた。海飛はつくづく不運な男である。

「お、そろそろ後夜祭の準備はじまってんな」

 龍太がそれとなく言った言葉で、春は校庭に目をむけた。先に片付けが終わったクラスが、テーブルやカセットの準備をしている。体育館でやるという話が出ていたが、人数が多いからか校庭になったようである。校庭だと音割れすんだよな、心底残念そうに海飛が呟いた。
 春はなにも考えないようにしているのに、嫌でも桐間を浮かばせてしまう自分が嫌だった。桐間のことは仕方ないと認めたくせに、まだ引きずっているのかと、女々しい自分にイライラしたりもする。けっきょく桐間がなにをしようと、ムカついたり口答えもしたくなるが、嫌いにはなれないんだと最初から分かっていた。だから、文化祭の途中で桐間に会ったとき、謝れなかったことを後悔している。

 あっという間に夜も更けて、男女のペアがなにやら打ち合わせなどしていた。どうやら今回は、龍太もあの女嫌いな浩も誘いを了承していたので、女子のもとへと行ってしまう。龍太や浩は春に気を使って断ろうとしていたらしいが、春がそれを許すはずがなかった。
 1人残されて、寂しいと感じるはずもない。ただ、隣に理依哉がいれば良かったなと思うだけ。生暖かい風が通ったところで、音割れした勢いの良い曲が流れてみんなが踊りだした。やはり練習していたようで、華麗な踊りを見てまるで舞踏会にいるように思える。
 春を誘ってきた女の子も、新しいペアを見つけたようで、楽しそうに踊っていた。この日のために買ったのか、気合いの入ったドレス調のワンピースに、アップした髪。やはり、女の子は可愛らしい。
 なぜだが、キラキラ光るライトが、ぼんやりとぼやけてきた。目を擦れば、指が濡れていて、春は泣き虫な自分が嫌になる。春は泣いてしまったのだ。
 皆はまるで幸せと顔にかいてあるかのように、跳ねるようにステップを踏みダンスを楽しんでいる。今の春とは正反対であった。虚しさだけが増して、膝を抱える。すると目の前で誰かの足が、止まった。

「春さん」

 見上げれば木葉が、情けない顔で見下ろしている。春は泣いていたのもぶっ飛びそうになった。いつも木葉は、春の異変に気付く。それは嬉しいけれど、微妙な気持ちにさせられるものもあった。

「なんで木葉そんな顔してんの」
「春さんが苦しんでると思うと、俺も苦しくって。俺にできることあったら言って下さい、いつでも」

 しゃがみこんだ木葉は春の手を取ると、自分の頬に擦り付け上目遣いで春を見る。かわいい後輩にここまで心配されるのは心苦しいものがあった。なにもないといっても、木葉は聞きもしないだろう。
 光に反射して木葉の黒髪を赤くし、暗闇が明るくなった気がした。春は心から、木葉という後輩の存在が嬉しい。

「お前ってほんとくさいこと言うよな。はは、ありがとう、でもこれは木葉には解決出来ないんだ。だから、ごめんな」

 春が笑いながら言うと、木葉は諦めたようにため息をついた。そして春の隣に座って、春がしていたように膝を抱え込む。木葉のように大きな人が丸まっているのを見ると可笑しいし、笑ってしまった。本気でやっているのだとしたら、なにをしているのだろう。木葉をつついてみると、木葉は動かないままなんですか、とふてくされた声で返事をした。

「なにしてんの」
「春さんに必要ないって言われたので、落ち込んでるんです」
「そっかそっか、ごめんね」

 春が宥めるように言うと、木葉はその言い方も自分と同等に見ていないように感じ、顔は上には上げない。木葉は春に自分を後輩ではなく、桐間のような対象で見てほしかったのだ。けれど、きっとこのまま見てはもらえない。
 暫くすると、木葉は立ち上がった。背中しか見せないまま、春に問いかける。

「俺が来て、嬉しかったですか?」
「うん、ありがとう」
「でも、もっときてほしい人がいますよね、貴方には」

 そこまで言うと、木葉は振り向きもせず、人混みの中に紛れていった。探すことがないからか、木葉が見えなくなる。春は楽しい雰囲気に誘われて自分も元気を出すと思ったが、見ての通りなんの変化もなく、いる意味すらなさないのでもう帰ることにした。立ち上がり、目の前を見ると、ダンスしている中から誰かが春に向かって走ってくるのが見える。眼鏡をかけ直し、目を凝らすともう目の前にいて、手を捕まれていた。

「理依哉?」

 名前を呼んでいるときには既に、腕をひかれて歩かされている。なにを聞いても返事はなかった。皆が躍りに夢中になるなか、春だけは繋がれた手のぬくもりだけが気になったのである。



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