「よし、終わった。回ろうぜ! って、しゅんは?」

 二日目の当番が終わり、龍太が手を伸ばして振り返りながら言うと、いたはずの春は姿を消していた。浩の方を見ると、浩は携帯を眺めている。龍太の言葉も聞かないで携帯を見ているので気になってのぞくと、そこには春からのメールが届いていた。
『急用ができたから、二人で回ってくれ』
 最後に猫とハートマークをご丁寧に添えて、いつのまにやら。浩と龍太はため息をつく。今の状況で一人にしたくなかった。それな
のにこんな形で、逃げられてしまうとは。本当にあっちが急用なら疑うのも悪いし、この学校のなか隠れるところなどいっぱいある。浩が諦めると、龍太の携帯がなった。どうやらメールのようで、龍太ひとりで開けてみると、彼は顔を赤く染める。

「龍太?」
「あっ、いや、なんでもねぇ!」

 龍太はそう言いながら、尻のポケットに携帯を入れた。その画面には、春からの『二人っきり頑張れ』とだけ書かれている。やはり、ハートマーク込みで。

‐‐‐‐

「よしっ、一眠りするか!」

 立ち入り禁止と書かれた階段の前で、春は意気込みながら上がる。三階までは文化祭の会場となっているが、春たちの仮教室の4階は入れないようになっていた。生徒だけは入って良いし、今は体育館でバスケの招待試合、ステージではダンスの発表があるのでここに来るものはいないだろう。
 だが上がって教室に行こうとすると、窓を眺めている予想外の人物がいた。頬を見ただけで痛いと分かるぐらい腫れさせて、目は死んでいる。春は声をかけないでいたかったが、かけられずにはいられず、小声で名前を呼んだ。

「海飛?」
「ひっ!?」

 ひっ? 優しく呼んだはずなのに海飛はまさしくそう言った。目を細めてじっくりと春を見ると、どうやら安全と判断したようで駆け寄ってくる、と共に春はすごい力で教室に押し込められる。なんだ、と言おうとすれば口を塞がれて、もがけば、しー、と口に人差し指を当てた顔が近付付いてきた。春はよっぽど必死なのかと黙っていると、足音がする。足音からして二人いて、話し声も聞こえた。

「ねぇ、まーくん帰ろ?」
「だめだ! あの海飛とかいうくそやろうをぶん殴ってからじゃねーと!」
「一回殴ったでしょ。これ以上なにかしたら問題になっちゃうよー」

 しーん、とした廊下には小声すら響き渡るので、二人の会話は筒抜けである。そして、春はため息をつきたくなった。この晴れた頬は、あの男にやられた痕らしい。しかも、女絡みと聞いて海飛の女癖の悪さにはほとほと呆れた。隣の海飛は怖いのか、小刻みに震えている。
 何回かやり取りが聞こえたが、いないと判断したらしく、階段を降りる音が聞こえた。同時に、海飛の手が外される。息苦しかった春は、大きく息を吸い込むと海飛の頭を殴った。

「お前っ、なにすんだ」
「ごめんごめん。いやー、あの女の方と前付き合っててあんまいい別れ方しなくてさ。そした他校にできた彼氏が俺をボコしにきたんだよ。俺ケンカとかできねーし逃げてきた。」

 良い笑顔で親指をたてながら言っているが、いわゆるヘタレということなのだろう。春はあっそ、と冷たく返すと、海飛は半泣きになりながら違うんだって、と言って丸まった。おかしくなって笑っても、顔はあげられない。

「ほら、海飛顔あげな」
「ううー、文化祭最終日だっつのに何も食べれないで腹へって死ぬんだー! 俺悪くねぇーんだよ!」

 いつまでも泣きべそをかいているので、さすがに春もイライラしだし、海飛のケツを蹴るがその腰はあげられなかった。仕方なく春も隣に座る。
 もともと教室にいるつもりだったし、一人よりは良いかもしれない。春はうとうとしていると、腹の虫が鳴った。そういえば来てから何も食べてない。もう時刻はお昼時であった。

「海飛、何か買ってくるけど食べたいものある?」
「いいよ、わざわざ戻ってこなきゃいけないじゃん! しかも、龍太とか待ってんだろ」
「平気だよ。今日は誰とも回らないし、俺はもともと教室で寝るつもりだったんだ。だから、ね。」

 何食べたい? と聞くと、海飛は情けなく眉尻を下げながら春に抱き付こうとしてくるが、春は綺麗に避ける。めげないでもう一度やるが、春の反射神経の方が勝れていた。海飛は床に抱きつくはめとなる。それでも気にならないくらいお腹が減っていたようで、図々しいくらい注文をしてきたので、春は笑いながら教室を出た。
 一日目の文化祭は回るといいながら、昼には人酔いした浩を介抱していたので半分で断念したので、まだ行っていないところに行こうと思う。海飛から言われたところも、まだ行っていないクラスのところだ。
 教室で寝ているのももったいない、ここまで来たら開き直って楽しもう、とはりきる春だが龍太と浩に見つかってしまってはもう逃げられないだろう。周りを気にして忍者のように歩いた。そして、海飛から頼まれたお好み焼きが見えたので、そそくさと並ぶ。見られたら逃げないといけないので、すいていたのは良かった。財布を確認していると、もう後ろに客が並んでいる。しかもカップルときた。腕を組んで、おそろいのストラップをつけた携帯をもっている。
 いいな、俺も理依哉と回りたかったわ。
 思ってもいまさら遅いことくらい春は知っていた。そしてこのカップルのように堂々と出来ないことくらい。男の子と女の子を示した、くまのストラップ、春と桐間ならつけることすら出来ない。
 やっぱ無理なのかな。
 半泣きになりながらも、しっかりお好み焼きを購入して、次はたこ焼きのところに並ぶ。美味しそうな匂いに楽しみになりながら待っていると、龍太と浩が見えた。春はそちらに背を向けて見つからないように一生懸命身を縮める。春はいつも居る仲間の中で一番低いと言えど、女の子と並べばずば抜けて高い。あいにくたこ焼きの列は女の子だらけで、春はたこ焼きの列から離れるしかなかった。海飛に頼まれたものの一つくらい仕方ない、と身を隠すために校舎に入って階段をのぼろうとすると、目の前には桐間がいる。意外にも一人ではあるが、春が話しかけられるはずもなかった。引きかえそうとしたが、やっぱり二人は後ろで仲良く歩いている。二人に見つかるよりは、桐間に無視されたほうがいい。自分の恋よりも、龍太の恋路を邪魔するのがいやだった。
 桐間がこちらに気付く。春も気付いたが、自然に目をそらしてしまった。今の状況ならば、そらしても桐間は怒ったりしないだろう。なにより、桐間が春を無視するだろうと諦めていた。上履きははかないで、ズボンを引きずりながら桐間とすれ違う。やはり胸は痛かったが、平然を装った。春は安心しながら階段に足をかけると、前に進めなくなる。いやな予感がして、うしろを振り向くと、春のワイシャツの端を桐間が引っ張っていた。春はかけていた足を下げて、桐間と目線を合わせる。桐間も何故か驚いた顔をして、そんな顔をしたいのは春の方だったが、このまま逃げてしまえば話すタイミングもないとわかっていたので、優しく返事をした。

「な、なに?」
「いや、あの、馬鹿とでかいのはどうしたの」

 馬鹿とでかいの、龍太と浩のことである。春は桐間があの二人にも怒っているのが分かり言ってやりたくなるが、それより、話し掛けられた衝撃の方があり、春は首を横に振ることしかできなかった。
 桐間はなにか言いたげにしていたが、春のワイシャツを離す。そして、作れてない、微妙な笑顔で笑った。

「じゃ、楽しんで」

 春の気持ちとは対照的に、簡単に背を向けられてしまう。春は、歯を食い縛り、拳を作った。
 なんで、楽しんで、なんて言えるんだろう。俺は理依哉がいないと、こんなに苦しかったのに。理依哉が隣にいることが、なによりの幸せだと言うのに。

「…やろう」
「え?」
「くそやろうっつったんだよ! こんの浮気者、女好き、無神経! お前がいないから、たのしくねーよ、よくそんなこと言えんな! 俺ばっかお前好きでばっかみてぇ。もうしらねー! ばぁか! お前なんか、可愛い子にふられちまえ!」

 思ってもないことを、桐間に叫ぶ。幸い、外のほうが盛り上がっていて校舎には人は少なく、聞かれた可能性は低いが、そんなことを気にしないで言ってしまった春は我に戻り、桐間を見た。怒る、というより驚いている方が勝っているようで、まだ固まっている。申し訳なさと恥ずかしさで、春はその場から立ち去った。桐間も春を捕まえようと咄嗟に出したが、指を掠めただけで目的は果たせなく、春は簡単に階段をのぼって行ってしまう。
 春は苛立ちながらも、やはり、桐間へ言ってしまった言葉に反省していた。けんかしていたからと言ってあんなこと、言うつもりはなかったのである。感情って怖いな。静かに思うが、それより、お腹の虫がうるさい。二階には海飛から頼まれたものがあるのでちょうどいいと、ただ桐間のことは気にしないようにした。


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