例えば体育館倉庫に気になっている同士の男女が閉じ込められるだとか、少女漫画にあるシチュエーション。もし、俺が少女漫画のヒーローで可愛いヒロインと閉じ込められたなら、そのヒロインを一夜で惚れさせるのは容易い。自信はある、何たって俺はかっこいいのだから。
 だが、少女漫画の神さま、なぜだ。

「あつい」

 なぜ可愛い女の子とでは無く、世間瀬雄大という口うるさく可愛くない男と空き教室に閉じ込めたのでしょうか。

「暑い暑い言うなよ、こっちも暑くなるだろ!!」
「うるさい、暑いと言ってなにが悪いんだ。だいたい暑いと言って暑くなると言うのはようは気の持ちようだよ。だからそれは釜播くんが…」
「っ、あーーー! わかった、俺が悪かった、すいません! つーかなんでよりによってお前なんだよ…」
「…その台詞そっくりそのまま返すよ。だいたい釜播くんのせいなんだから」
「うう…」

 一メートル離れたところで世間瀬が横目で睨んだので、目をそらす。
 今日は待ちに待った文化祭だ。なぜ待ちに待っていたか、と言えば他校から可愛い女の子がわんさか来てくれるからで、そんな子達とメアドを交換できればもっといい。そんな楽しい文化祭一日目、11時を回り本格的に学校が賑わったころ、クラスの女子から手紙を渡された。その子からの手紙では無く他クラスの子から渡されたらしく、中身をみれば一人で誰にも言わずに出し物に使われていない四階の空き教室に来てくださいとのこと。俺は随分恥ずかしがり屋な子なのだと踏み、本当に誰にも言わないで来てしまった。だが、それは罠で呼び出したのは他クラスのブサイク集団のボス。そういえばそいつの好きな子が告白して来たが、いじめをするくらいとても性格の悪い子なので丁重に断ったのだが、それが原因のようである。ここに来た時に外から鍵を掛けられてししまい、開けようとしたが此処は中から開ける鍵が壊れていて開けられなかった。何度も蹴ったが外側からは俺を貶す汚い声しか聞こえないので力尽きた俺は誰かに連絡しようとしたが、携帯はかばんの中に入れたまま、連絡は出来ないと諦めて肩を下ろす。その時、後ろにこいつがいた。
 なぜ居るのか、と聞けばどうやらこの部屋から外へ下げる垂れ幕を掛けてくれと頼まれて先ほどその任務を終わらせてたらしい、のだが、俺は一瞬彼が天使に見える。一人だと心細いし、なにより携帯を持っているかもしれないからだ。少しの希望を乗せてお願いをすると、彼は言い放った。『携帯は学校には持って来てない、校則に違反するから』と。
 おいおい、世間瀬くんよ、そんなん真面目に守っているやつなんていないから。いや、いた、お前か。
 そんなこんなで暑い9月だと言うのに、こんなところで閉じ込められている。文化祭中にこの辺を歩く人などいるはずも無く、俺らは途方に暮れた。

「窓から叫んでみねえ?」
「…誰かが気付いたとしても三階から立ち入り禁止だから、許可なしに入った人は二日目の文化祭は出してもらえないんだよ、俺は頼まれて入ったから良いけど、釜播くんは無断だし。二日目の文化祭出れなくていいの?」
「う、で、でも、お前はお許しが出てるんだろ!? ならお前と一緒に入ったって言えば」
「俺に頼んだのは坂田先生だよ。個人的な頼みだったし、坂田先生は釜播くんを嫌いだから釜播くんには頼んでないって言うと思う。釜播くんの罰則は免れないと思うけど…」
「…やっぱ窓から叫ぶのなしな…」

 坂田とは例の世間瀬大好き人間である。たしかに世間瀬の言う通り俺は嫌われているし、あいつなら何を言っても罰則されてしまうだろう。世間瀬以上に真面目人間なので、俺みたいなやつは許せないらしい、ただの妬みだと俺は思うが。
 今日の文化祭くらい我慢すれば見回りの人に見つけてもらえる。だったらそこで警備の人に助けてもらえばいい話だ。警備の人なら見逃してくれるだろう、なにぶん、ここの先生はたちが悪い。
 窓を開けても今日は風がないので本格的に暑くなって来た。近くにおいてあったプリントで扇いでいるが暑さは半減することも無く、段々イラついて来たとき、世間瀬がこもった声で言う。

「釜播くんは、今彼女いるの?」

 俺は扇いでいる手を止めた。まさか世間瀬のやつが恋の話をするとは思っていなかったので、焦ってしまう。世間瀬はすぐに答えない俺に不思議に思ったのか俺の方を見て来た。世間瀬は汗をかいていていつもならボタンも開けないでネクタイをきっちりしめているはずなのに、今だけは胸元が空いていた。汗が伝う首から鎖骨に掛けて、とても官能的で俺は思わず生唾を飲み込む。

「釜播くん?」
「 へ?」
「俺なんか変か? そんなに見て」
「は、はあ!? お前なんか見てねーよ、勘違いすんな!」
「いや、見てただろ」

 俺が慌てて言い返せばいつも食いついてくる世間瀬も怒る気力が無いのか、飽きれたようにいいながらよりネクタイを緩めた。
 そんなにネクタイを緩めるな、胸が見えるだろ!
 俺は隣を見ながら内心ハラハラしている。それ以上見せられてしまったら、もっとガン見してしまう、そしたら変態扱いだ。どうすればいいかわからなくて、膝を抱えながらさっきの質問に答える。

「いねーよ、この前終わったばっか」

 前の彼女はこの学校で三番目くらいに可愛い先輩だったけどタバコを吸っているのを見て幻滅して、そこからは何かと理由をつけて別れた。別れたくないと言われたがそこにも何故か引いてしまって気持ちは冷めて行き、我ながら酷いとは思うがいまこれっぽっちも情はない。
 俺って理想たけーのかな?
 いや、でも高いわけでは無いと思う、タバコの臭いが嫌いなので出来れば吸って欲しく無くて、意外と俺は独占欲が強いので誰にでも媚を売るやつは少し遠慮したい、あとは笑顔が可愛くて、優しい子ならなんでも、まあ。告白されて性格も顔もまあまあよかったらなんでもオーケーしてしまう俺は今まで本当に好きな子と付き合った事がない。だからこそ、冷めているのだと思うが、実際好き同士で付き合えるなんてことはそうそうないだろう。
 俺が考えに浸ってると、世間瀬が少し笑った。

「そっか」

 な、なんなんだよ、こいつー!
 いつもは笑わないくせにこんな時にだけ笑って意味がわからない。俺が彼女居ないのがそんなに嬉しかった…わけないよな、うん。それにしても、世間瀬は元は綺麗な顔をしているので笑えば可愛らしく変わるので、笑うことをオススメしたかった。だがこう言えば世間瀬は俺のこと嫌いだろうし、笑顔なんて見せなくなると思った。
 よく考えてみれば俺の好みのタイプは、世間瀬に近い気がする。さっき言った通り笑うことは少ないが、笑えば可愛いし、人のことをいじめたり蔑んだりは絶対しない、少々真面目すぎるがタバコは吸わない、酒もやらない、とてもいい、謂わば大和撫子とでも言おうか。もし、女の子だったら、の話だが。
 だいたい、俺に対してだけ性格可愛くねーしな。
 こいつが女だったとしても彼女はないな、俺が勝手に妄想しながらお断りしていておいた。そして、無言が続き気まずくなってきたので、話を続けることにして、世間瀬に少し近付く。

「ち、暑さで頭狂ったか。なんで、彼女のこと聞いてきたんだよ。お前普段そんなこと興味ないだろ」
「狂ってないよ。ただ、ここにくる前に釜播くんを探している女の子がいたんだ。だから、もしかしたら彼女かなって。だとしたらその子今待たされて悲しいだろうな、て。」

 話している間、ぽたり、と顔から首すじに落ちた汗をずっと見ていた。目が話せなかったといったほうが正しいだろう。長いまつげが一回、二回と跳ねるのを見て俺は胸が高鳴った。
 きっと、その子は昨日文化祭を回ると約束した女の子。彼女ではないが回る人も特にいなかったので断らなかった。だから、探しているのだと思うが、いまさらその子と回りたいと思わない。騒がしい人ごみに紛れて好きでも嫌いでもない女の子と一緒に居るよりは、

「あー、俺はモテるからな。彼女じゃなくても約束してなくても、探されちゃうんだよ。」

 遠くにいる相手の息をする声も聞こえる静かな此処で、世間瀬と二人きりていた方が何倍もいい思い出となる気がした。俺が言った言葉に俺に約束している相手がいないとおもったのか、世間瀬は安心したように目を閉じる。
 俺の相手が困っていようが、世間瀬には関係ないだろう。それなのにその事を気にするとは真面目というか、ずれているというか。だが、この自分たちが困っている状況なのに人に気遣いを出来る世間瀬の好感度は上がるばかりだ。
 どうかしている、ほんと。

「お前は?」
「いないよ、興味ない」
「なんで? お前ならモテるだろ、顔だけはキレイなんだから」
「…それって褒めてるの、けなしてるの、どっち? あと俺がモテるわけないだろ、そのキレイってのもからかってるんだろ、あー暑い」

 俺を疑っているのか、世間瀬が半目で俺を睨む。俺は本気で言っているのに、これは眼鏡を外して疲れたのか目元を揉む。おじいちゃんみたいなその動作に笑ってしまいそうになるが、黙って見ていた。
 世間瀬はこちらを見る。また眉間にシワを寄せて、なに見てんのと憎まれ口を叩くので、思わず口が滑ってしまった。

「世間瀬は、キレイだよ」



「え?」

 瞬間、ドン、とドアが蹴られたのか、大きな音と振動が教室を包む。俺は立ち上がりドアに近寄ると、そこには十山がこちらを覗いていた。目が合ったとき、十山の目は笑っていなくて俺は助けにきたという喜びよりも恐怖が先に出てきてその場で固まる。遅れて世間瀬も俺の後ろに現れて、十山が嬉しそうに声をあげた。

「っ、雄ちゃん見っけた!」
「陸!? なんでここに!」
「ちょっと待って、今ドア開けるから」

 準備が良いようで鍵をポケットから出すと、鍵穴に差して一回転させるとドアが開く。暑苦しい熱気から解放されて俺はこの薄暗い教室よりは涼しい廊下に出て汗を拭いた。世間瀬が出てこないので振り向けば、そこには男子高校生がまるで何年ぶりかの再会のように抱き合っている。俺が呆然としていれば、十山は世間瀬の首に回した手をより一層強くした。

「一緒に回ろうって言っただろ、探したんだぜ」
「そうだよね。ごめん、ありがとう。でもなんで此処って分かったんだ?」
「坂田に雄ちゃんが頼まれごとしたって聞いて、此処に向かったんだけど、途中閉じ込めた奴らが会話しているの聞いてそいつら懲らしめて、急いで先生からマスターキーを借りてきた。遅くなってごめんな?」

 十山が世間瀬の両頬を手で包み込むと、おでこを合わせて心底反省したように謝る。懲らしめた、と聞いて先ほどの十山の冷たい目を思い出し、暑いはずなのに悪寒を感じて身震いした。閉じ込めたやつらも俺だけ閉じ込めたつもりでいたのだろうが、とんだとばっちりを受けたものだ。まあ、閉じ込めたのがいけないのだが。
 それにしても、暑苦しいー!
 俺は廊下の窓を開けながらまだ教室から出ないで、恋人のようにお互いを慈しむ二人をみてじとりと睨む。すると、十山が後ろを振り返ってきたので目が合った。ぎくり、として肩をすくめると十山は笑う。
 いや、これは、笑っているのか。
 目が笑っていない、と言えばいいのだろうか。いや、目もちゃんと細めて笑っているが、瞳の奥の方が、なんてわからないと思うが。俺は気まずくなって目をそらした。

「あー、十山ありがとな」
「いや、大丈夫。俺は雄ちゃん助けにきただけだから!」
「…ああ、そうかよ。じゃあ俺は行くな」

 本当に十山は世間瀬にしか目がない。俺は呆れて目を細めれば、世間瀬がこちらを見た。世間瀬は何か言いたげに俺を見つめたが、正直十山が怖すぎてここに居たくない。俺は踵を返すと、階段の方へと向かった。

 キレイだ、と声になってしまったのは無意識だが、言ったあとに後悔すらない。本当にどんな女の子より有名な景色より、美しいと思ったからだ。あれは言い訳もいわない、本音である。
 そして、そのあとに聞き直してきた時の世間瀬の顔が、頭から離れなくて。目を大きく見開き信じられないといった顔、だが、その頬は赤く染め上げられて、心なしか嬉しそうな瞳が光っていた。

「くそ、あいつが、可愛く見えるとか…!」

 最近女の子と居ないから、感覚が麻痺したのだろうか。いや、暑さでおかしくなったんだろう。
 今から適当に女の子を探して文化祭を楽しみたいのに、心は二人が抱き合ったところや今から二人で文化祭を回ることが目に浮かんで胸が痛くなる。この痛みが何かくらい、バカでもわかった。

 あー、くそ。とびっきり可愛い子と、回ってやるんだから! そしたらその気持ちもなくなる! …たぶん。








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