あくびをしながら、目を擦るとなみだがじんわりとゆびにしみる。ああ、そういえば昨日けがしたんだっけか、と龍太はぼんやりと考えた。
たしか、プリントを配られた時のことだ。眠気に気をとられ、見ないでプリントを受け取ろうとしたとき、間違って指を切ってしまったのだ。血はあまり出なかったし、その時は痛みも感じなかったので放っておいたのだが、今さら本性を出したらしい。
「琴美、絆創膏持ってる?」
「持ってるわけないじゃん、えーどっか切ったの?」
「まじかよ、使えね」
うざめー、と少し怒ったような声が聞こえたが、女が絆創膏を持っていないのも、と龍太は静かに思った。
龍太自身真面目では無いためか、昔から龍太の回りにも同じ似た者が寄ってきた。龍太も誰が寄って来ようが構わないのだが、そのものたちはすべて、いきなり来たと思えばすぐに離れて行ってしまうものばかりだった。
窓の外をぼんやり見つめながら、龍太は思う。深い友情、春と浩の関係が羨ましくて、その二人をかまってしまうのだ。
まぁ残念ながら浩は、俺を受け入れてはくれないけどな。
龍太は自傷気味に思うと、授業中なのにも関わらず席を立つ。他の生徒も自習で教師がいないことを良いことに立ちあるいているが、龍太の場合は保健室に行くためであった。行く最中話し掛けられるが、今は話す気にはなれなかった。
龍太にとって保健室は気が休める場所である。騒がしいのも嫌いではないが、意外と静かのほうが龍太は好きだった。
保健室につくと、先生を無視してベッドへとダイブする。
「こら、山辺」
「うっさい、僕ちゃんいま病み気なんだよー」
先生が手を掴むとベッドから引きずり出そうとするが、龍太はそれを払うと先生は慣れたことだと諦めた。
おれ、誰かに愛されることあんのかな、なんてネガティブ思考。
龍太はゆっくり目元に手を置くと、失笑する。そのまま眠りの世界へと、引きずり込まれるように瞼を閉じた。
−−−−−
「…ーた! りゅ……ってば」
耳に触る声で、完全に意識がはっきりとする。目の前には海飛が眉間に皺を寄せながらのぞきこんでいた。龍太は急いで起き上がる。
「おー、おはよう、海飛」
「おはようってな、もう放課後だっつの。桑畑も呆れて職員室逃げていったぜ」
桑畑とは先ほど居た教師のことだ。龍太は苦笑いすると、ベッドから降りて背伸びをする。龍太の荷物を持った海飛は目を細めると、龍太の手にかばんを掛けた。無言のまま、二人は保健室を出る。放課後といっても、外は暗い。野球部を照らすライトだけが、校庭を煌々と照らしていた。
龍太はそれをぼんやりと眺める。そして、先ほど考えていたことを口に出した。
「俺、愛されることあると思う?」
同じように校庭を眺めていた海飛が、不思議な顔をして龍太を見る。ふわり、と龍太の髪が揺れた。
「ないよな、きっと。俺は本気で人を好きにならないし、信じるやつもいないし。」
龍太の表情は顔をそらしたため、海飛にはうかがえない。海飛は頭をかくと、すこしうつむいた。
「だろうな、お前がまず変わらないと誰も愛してくれない」
暗い校舎でも龍太の髪が揺れるのが分かる。海飛は後ろから眺め、その明るい髪意味について、少し龍太のことが分かる。ただ、明るくしたわけじゃない、前から海飛は気づいていた。孤独で人を信じない彼の中身を。
龍太はずっと。
「…厳しいね、海飛くん」
誰かからの注目を浴びたかったのだ。
切なく笑う龍太に海飛はひとこと返事すると、龍太の髪をくしゃりと撫でる。龍太は少し見せた顔をまた見せないように、そらした。海飛はドアを開けると、冷たい風が二人を包んだ。海飛はかけただけのマフラーを首にちゃんと巻き付ける。横目で見ると、龍太はポケットに手を入れながら、白い息をはいた。海飛はマフラーに顔を埋める。
「変わらなくても、お前は愛されてるよ。」
驚いたようにこちらを見た龍太に、海飛は笑った。
「どういうこ…」
「うーそっ! お前なんか愛されねーよ!」
一足先に、と海飛が走る。龍太はそれを見て首を傾げて、ポケットに入った手を握った。