正直、恋愛感情って物は難解過ぎる感情だ、とモヤモヤしながら由樹は自分の膝を抱える。
 恋愛ってなに? キスしたいって思ったら? 触りたいって思ったら? でもその気持ち悪い感情ってどこから来るの? わからない。
 昨日遥歩に難しい事を言われてから由樹の頭では次々と疑問が生まれていた。考えることは好きだ、あの問いた時の閃きは、とても気持ちがいい。だが、このような人間臭いものについては嫌いだった。由樹は足をぱたぱたさせながら、優人を見ると、優人はその視線に気付き顔を嬉しそうに皺くちゃにさせる。

「おーい、由樹、体育自由だって! キャッチボールしようぜー!」

 優人がグローブをはめて、元気良く手を振るのを見て、由樹は面倒くさそうに目をそらした。せっかく体育が自由になったのだから何もしなければいいのに、優人は自ら面倒な方へ由樹を誘うのだから由樹も困っている。端っこに体育座りをしながら丸まってると風が吹いてぶるりと震える、と同時に壁が目の前にやってきた。

「ん、やんねーの? キャッチボールゥ」
「やんない、怠いし」
「えー、じゃあいいよ。んー、じゃあ遥歩やろーぜ!」
「俺は二の次かよ!?」

 遥歩をすっかり忘れていた優人が遥歩に言うと、ブツブツ文句を言いながらもグローブをはめてすぐにボールをキャッチする。二人が投げ合っているボールを右、左と見て由樹はぼんやり考えた。
 保逗くんはなんで俺なんてつまらない人間と友達になりたいと思ったんだろう…。
 由樹は昨日家で散々考えたことをまた掘り出してみる。だって本当のことだ。自分には勉強しかないし誘われても遊びには行かない、言葉も荒いし話も特に面白い訳じゃない。それなのに優人は友達を、自分の地位を捨ててまで自分と友達になろうとした。それは何故か、分からない。自分が優人の立場なら自分と友達になりたいなんてこと思わなかった。
 最近、保逗くんの事ばっか考えてんな、俺。
 勉強してても、トイレに行っても、お風呂に入っても、ベットで寝転がっても優人の事ばかりが頭に浮かぶ。遥歩に言われた時は否定したが、これは恋と呼んでもおかしくはなかった。
 でも、な、俺も保逗くんも男だしそれはないって。
 由樹は頭を必死に振ってこれらの考え事を消す事に専念する。恋が何なのか分からない由樹にとって、これがなんなのか答えを出すのは難しかった。答えを出したいが為に恋を知りたい。
 帰り、保逗くんに聞こうかな。
 そんな時、優人の酷すぎるコントロールで飛んで行ったボールが保泉の頭に当たり、青ざめた遥歩が謝る羽目になったのを由樹は知らない。

‐‐‐‐‐‐

 今日、遥歩はバイトと行ってホームルームも出ないで帰ったのを見送り、由樹と優人は二人で帰ることにした。もう日課のようになっていて、どちらからともなく二人で並ぶ。黙って歩く様に保泉がニヤニヤと下品な笑みをしながら近寄ってくるのが視野に入り、由樹は逃げようとしたが目の前に彼は現れた。優人が口を尖らせてあからさまに嫌な顔をする。

「なんだよ」
「いーや、ただ二人があまりにも仲が良いのでもしかしてお付き合いしているのかなあって。なあ、お前ら?」

 保泉が後ろの仲間たちに言えば嫌々頷いているのが分かった。保泉の言うとおりにしないで今の由樹と優人達のようにクラスから孤立するのは辛いことだし、だからと言って下手なことを言い優人を怒らせて保泉の二の舞になるのは嫌とはっきり言っている顔だ。
 由樹はくだらない、と思いながら無視しようとすると優人が保泉の前に立ちはだかる。保泉は蹴られたこともあり少し後ずさるが、顔は余裕ぶっているので優人は息を飲んだ。

「お付き合いはしてないに決まってんだろ、男同士だし、友達だしな。お前俺でも分かるようなこと聞いて、どっかに頭打ったか?」

 保泉の間抜けな顔を見て、由樹は思わず噴き出してしまう。優人の事だからこれは嫌味ではなく本気で言っているんだろう、だからこそ面白かった。噴き出してしまったがマナーとして笑いを堪えている由樹に、保泉は顔を真っ赤にして優人に殴りかかろうとするが優人がよけた事により、それはそれは無残な格好で床に滑り落ちた。仲間たちも誰か笑っていたような、そのくらい酷い。保泉が怒りで震えて振り向こうとしたので、由樹は優人の手を取った。この場から逃げて、大声で笑ってやるためである。
 廊下を走ったの、はじめてだな。こんなにワクワクしたのも。
 廊下を走り抜けながら、優人の顔を見た。優人もじぶんと同じように楽しんでいるようで、その理由は分からなかったが二人がシンクロして楽しめている事が嬉しい由樹は走り続ける。走ったせいか、それともこのワクワクのせいか、胸が苦しくなった。
 玄関に出たところで、由樹の息が切れて肩で息をしながら上履きを靴に履き替える。こんなに走ったのはスポーツテストぶりなのでへたばっている由樹に対して、ビクともせず笑みを浮かべたままの優人を見て、由樹はいつ出たのか分からない汗を拭いながら悔しさを覚えた。

「お前ってさ、」
「えっ!?」
「保逗くんってなんかスポーツでもやってんの?」
「え、いや、やってない。ただ走るの好きだしよく走ってて鍛えんのも好きだからジムとか行ってる、あと趣味でボクシングを…」
「ああ…だから」

 上の空だった優人に由樹が聞くと、優人はどこか落ち着きのないようにペラペラと話し出す。だが、納得した。今走って息切れしないのはマラソンのおかげで、ジムで鍛えてるから由樹と当たった時に小さいのに由樹を跳ね返した、パンチを簡単に避けるのはボクシングでの癖、飛び蹴りは知らん。
 納得しながらも完全文系の由樹には彼が理解できなかった。走るのなら、部屋で本を読み知恵を吸収した方が何倍も良い。優人が本を読んで十分もしないで集中力が途切れるのを想像して、由樹はこっそり笑った。そこで、昨日遥歩から言われた事を思い出す。
『優人を見る由樹くんの顔があまりに情熱的だった』
 遥歩は由樹に優人を恋愛感情でどう思ってるかと聞いてきたが、最初言葉にならなかった。恋愛をよく知らない由樹でも同性に抱くものではない事くらい知っているし、遥歩は自分を馬鹿にしているのかと思ったが、どうやらちがったらしい。遥歩曰く、由樹が優人を見る目が変わっていたということだ。
 普通に見てただけなんだけど。
 今度から優人を見るとき、気をつけよう。さっきのように保泉に捕まってしまえば面倒事は避けられなかった。だが、昨日から引き攣っているモヤモヤについて、由樹はどうにかしたくてたまらない。見た目と違い頑固な由樹は、その疑問について早く知れないのならば帰らない気でもいた。
 よし、聞くか!

「保逗くん」
「え?」
「人を好きになるって、どういうときの事を言うの? 恋愛感情で」

 意気込み優人に聞くと、優人は一秒も掛からないで、固まってしまった。優人の事だからこんな事笑って話を流すか、熱く語られるのかと思えば優人は難しい顔をして考えんでしまう。
 なるほど、保逗くんも俺と一緒の恋愛初心者ってわけか。
 と言うよりも、恋愛に足を踏み入れてもいないのだが。

「えーと、ドキドキしたり?」
「ドキドキ…?」
「だから、うー、好きだ! って思うんだよ」
「どうやって?」
「ええ?」

 感情ほど言葉で表すには難しいものはないと分かっていたが、聞かないには居られなかった。知りたいのだ、勉強では手に入らないその感情。虐められてたときには自分の中になかった、好奇心というものに答えという餌をあげて甘やかしたかった。
 優人が珍しく困ったように唸るのを見て、自我を取り戻す。優人はこういう話は苦手だったのかもしれない、どうせなら遥歩に聞くか、と思った時、優人は思いついたのか手を打って嬉しそうに微笑んだ。

「俺も好きな人出来た事ないし上手く説明できねーけど、誰かが言ってた、んー誰だっけ? まあいいや。きっと好きな人出来れば分かるよって、言ってた気がする! その子と居るとワクワクしたり、毎日その子の事ばっか考えちゃうんだって。そんで、話したいとか思ったり、他の子と話してたら嫉妬したり、あと…うん、簡単に言えば世界が変わる、すべて虹色に変わる、らしいよ。だから、すぐ分かるんだって。でも、なーんか難しいよなあ?」

 由樹は、ふうん、と興味なさそうに答えてカバンを持ち直す。慣れない事を言ったからか、優人は少し照れたように顔を下に向けた。由樹も、下を向きながらただ早く優人の家に着けばいいのに、と思う。優人と一緒に居たくないからじゃない、由樹は何と無く思ってしまったからだ。
 それなら自分は優人をすきなんじゃないかと。

「なあ、保逗くん」
「んあ?」
「保逗くんは世界が虹色になった事ある?」
「えー俺はいつも虹色だよ」
「ふ、たしかにそうっぽいよな。頭ん中もいつも虹色そう」
「えー? そう?」
「うん」

 由樹は優人が大口を開けながらあほみたいな笑顔を浮かべるのを見て、空を見上げる。

「なあ、保逗くん」
「次はなんですか」
「俺の場合、世界じゃなくて、ある一人の人が虹色にみえるんだけど、それって恋なのか?」

 由樹は優人を見ずに言うと、優人からの答えはなかった。不思議に思って彼をみれば、もじもじしているのが見える。すると、優人は頭をかいて、少し考えて口を開いた。

「んー、そうなんじゃないの? だーからっ、俺には恋愛のこと詳しくわかんないってば! 俺に聞くなよ!」

 キャパオーバーなのか真っ赤になる優人を見て、由樹はそうか、と笑う。その顔はとってもすっきりした顔をしていた。







 



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