「あいつら許せねえ、くそ!」

 保泉が仲間達を集め悔しそうに言いながら壁を蹴ったのを見て、遥歩は笑ってしまいそうになった。
 優人が保泉を殴った時、遥歩は保泉がきらいだったので、心からすっきりしたのを覚えている。きっとここにいるほとんどの者が思っただろう。赤く腫れた頬を、遥歩は心配するフリをして見つめたが内心、ざまあみろと思った。自分は、優人を裏切ってまで自分の平和を願った身で、こんな事を思ってしまってはバチがあたる。だが本音いうと、後悔していたりするのだ。
 優人を殴れ、と命じられたあの時息が止まったが、一発殴ってしまえばあとは友達でも関係無く、意外とすんなり殴れた。罪悪感なんか感じる事ないと思って続けていたが、次は首を締めろと言われて戸惑う。遥歩も自分が大事と言えど、さすがにそこまで出来るほど極悪でも無かった。自分を突き刺すような視線に耐えられず手を差し出そうとした時、優人は自分を気にせず遥歩や保泉のツレにまで同情し泣きそうに、だが笑って遥歩に言う。自分は自業自得だ、早くやれ、と。そこで遥歩は分かった。
 遥歩は優人が小さい体つきと反対に喧嘩となるとかなり強く、一度不良に絡まれた女達を助けた時に逃げようとした自分を置いて、五人の男達をコテンパンにしたことを思い出す。つまり喧嘩慣れしていない自分に簡単にやられるほど弱いやつではないのだ。そう、優人はわざと遥歩から殴られていたである。裏切った遥歩を守るために。

「…って、おい、黒崎! 聞いてんのか!」
「へ?」

 優人の事を考えていた遥歩は保泉に名前を呼ばれて、我に戻った。目の前には、かなりお怒りな保泉がいて遥歩は焦りながら笑う。

「ごめん、ごめん。で、なんか言ってた?」
「へっ、一人だけ意識飛ばしやがって。もう言わねーよ」
「えー聞かせてくれよー」

 威張ってんじゃねーよ、くそ。
 頭の中で暴言を吐きながら、話を聞きたがるフリをした。自分はとことんクソ野郎だと思う、だが、何十年とこうやって生きて来たのだから今更直せない。
 遥歩の長年の媚売りで培った下から来る態度に保泉は気分を良くし、遥歩にニヤリと笑った。背筋が凍るのが分かる。

「今日の放課後、お前が保逗の野郎を犯せよっつう話だよ」

 保泉が笑うと周りも合わせて笑った。遥歩は愛想笑いすら出来ずに冷や汗が一気に吹き出して来る。遥歩の泳いでいる瞳に、保泉は続けて口を開いた。

「あいつ無駄に力有るしさ、暴力じゃ勝てない事もないけどかなりタフだし。だから今度は精神的に抉ってやんだよ。お前なら保逗も手を出さないみたいだし、何より俺はあいつを犯したくねーしな、男のケツはさすがにきもい! 其方には二、三人、あ、お前らでいいや、付けてやるからしっかり犯せよ、立ち直れないくらいに。で、ひょろい由樹ちゃんは俺が一人でボッコボコにしといてやっからよ。反対意見はあるか、黒崎くん」

 ツラツラと並べられる非道な計画に、遥歩は言葉を失う。これをしたら取り返しのつかない事になるし、優人との溝はもう修正出来ないことになるだろう。
 下を向いて目を閉じ、今までのことを思い出した。半年以上、優人と過ごした日々は短くも濃い日々で、自分は誰だって仲良くなれたが優人とばかり過ごし、それはただ楽だからだと思っていた。だが自分は優人と言う人間を尊敬して居たのかもしれない、憧れでずっとこうなりたいと、思って居たのかもしれない。そう、たしかに遥歩は友達として心の底から好きだったのである。今更気付いても、もう友達には戻れないのだが。

「別に、ない。やれば良いんだろ」
「そうそう、前のお友達と違ってお前は聞き分けいいねー、じゃあこれそんな黒崎くんにご褒美。これでインスピレーションしといてね」

 そう言って目の前に落とされたのは、男同士が絡み合っている本だった。考える以上の下衆なことをしてくれる。遥歩を通り過ぎて行く保泉はただ、笑っていた。遥歩は拳を握るしかない。遠くで鐘が鳴るのが聞こえた。


‐‐‐‐


「で、俺に話、って?」

 優人の馬鹿野郎、理不尽に優人のもんく心の中で言いながら遥歩はあー、と言葉を濁す。一度手を出した自分の呼び出しなんかには来ないと思ったのに、優人はのこのことついて来た。ここで逃げてくれれば良かった、そうすれば自分の手を汚すこともなかったのに、そうだ簡単についてくる優人がいけない。遥歩は無理やり優人のせいにして、口を開いた。

「あー、もっとあっちに行こう。誰にも聞かれたくない話なんだよ」
「おう、分かった」
「…嫌ならいいんだ、けど」
「嫌じゃねーよ、それより俺といて保泉になんか言われないのか?」

 そこは、抵抗してくれよ!
 優人が嬉しそうに、そして時折心配したように言うのを見て、変わらずに友達として接してくれているのが嬉しくなる。まあ現在保泉の駒になっているんだが。その言葉には答えられず、遥歩は苦笑いした。約束通り開けてある薄暗い用具倉庫のドアをくぐり、遥歩は午後の授業で見た本を思い出す。
 大丈夫、黒崎遥歩、ちょっとケツに入れるだけだ。ちょっと、どころじゃないが痛いらしいけど、ゆっくりやればどうにかなる。出来るだけ痛さは半減させてやろう、自分に出来るのはそれだけだ。
 本の最後らへんのページにご丁寧に相手を思いやるやり方など書いてあり、実物の写真よりそこを読破した。記憶なら得意なので、先ほどからそこを頭の中で繰り返している。すると、優人がゆっくりと声を出した。

「話すの、久しぶりだな」
「お、おお。たしかに」
「へへ、嬉しくて何から話して良いのかわかんねーや」

 少し困ったように言う優人に、自分が情けなくなる。優人が純粋に喜んでくれていた隣で、遥歩は、と言うと親友をどうやって犯すか考えていたのだ。
 でも俺は、保泉を敵に回す勇気なんかない。下唇を噛み締め、優人に手を出そうとした時扉が閉まった。そして聞こえる笑い声に、遥歩は体を固まらせる。

「ひゃひゃ、まじ笑えるわー、優人くんの友達愛には! でもごめんなあ、そいつはこっちのトモダチなんだよねー」

 優人の笑顔はなくなり、保泉の方を睨んだ。遥歩も保泉を見ると、保泉は下品な笑いで優人に近付く。

「お前、羽坂の方に行くって!」
「急遽変更、だって黒崎さ、絶対優しくやんだろ、そんなの仕返しになんねーじゃん。だから俺が直々に成敗しにきたの。喜べよ優人くんー」

 話と違うので遥歩が噛みつけば、保泉は当たり前のように言った。二人の男が遥歩の腕を押さえつけて用意されていた椅子に座らせる。優人は保泉との距離を保ちながら、遥歩を見た。

「遥歩、どういうこと?」
「え、あ…」
「こいつは俺の言う通りにお前を騙してここまで連れてきたんだよ。だからお前はこいつのせいで、俺に女みてえに犯される。これでおばかな優人くんも理解出来たかなあ?」

 保泉が楽しそうに笑ったのを聞いて、優人は初めて目から輝きを無くす。目を伏せて何もかもが理解出来ていないと言う顔をし、ただ一つ自分が騙されたということだけを受け止めたようだった。
 ふらりとよろける優人を保泉が受け止めて、それを振り払おうとするが保泉がいいのか、と声をあげる。

「お前が抵抗すれば、遥歩くんも同じ目に合うんだぜ!?」

 保泉はまた殴られるのは御免なので、必死に言った。保泉の思惑通り優人の震えた手はいとも簡単に力を無くす。保泉はまだ二人呼んでいた様で、三人掛かりになって優人に手を掛けた。
 遥歩は頭が真っ白になる。ただ、助けたいという衝動に駆られ少し暴れてみたりもした。だが、自分を押さえているのは片腕ずつ、二人。勝てるはずもなく、うな垂れた。
 誰でもいい、助けてくれ。この中の誰か、おかしいとこいつに怒鳴ってやれ。先生がタイミングよく来ればいい。おい、羽坂、お前のせいでこうなってるんだ、今来ないでいつ来るんだよ!
 遥歩は泣きそうになりながら、頭の中で叫ぶ。無言で服を脱がされる優人を見れず、唇を血の味がするまで噛み締めた。そうやって遥歩はまた、目を逸らす。そこで、頭がクリアになった。

「優人、俺の事なんて気にしてどうすんだよ!?」

 その場にいる皆が動きを止めた、言った遥歩自身も自分の言葉には驚く。だが、口は止まらなかった。

「そ、そんなへなちょこおまえだったら倒せるだろ! 体育の松本、跳ね返したって入学当初からわけわかんねー自慢してたじゃねーか、あの自慢は口だけか!? 俺は、どうなっても、良くねーけどとりあえず自分大事にしろバカ! あとの事は考えんな、お願いだ、俺のせいでもう傷つくな!」

 そこまで言った時に、頬に衝撃が走る。殴られたと気付いたのは目の前の大層お怒りな保泉を見たからだった。遥歩は冷静になり目を逸らすが、保泉は遥歩の両頬を片手で潰すと目だけ笑っていない笑顔で遥歩を見る。

「おい、誰がへなちょこだって?」
「あ、はは。頬いたいな」
「痛くしてんだよ! くそ、おまえらそっちやれ、俺はこのクズを片付ける!」

 保泉が腕捲りをして俺の前で手をあげた。それが妙にスローモーションで、遥歩は頭の中で後悔を巡らせる。
 俺のバカ、何熱くなってんの、本当ドラマの見過ぎ! 確かに最近母ちゃんに熱血ドラマばっか見てるね、いつか遥歩も影響されて熱血になっちゃうのかもって言われたけど本当に影響されちゃうとか、こ流され易い俺を産んだ母ちゃんのバカこの野郎! もう終わりだ何もかも、もういやだ、だけど腹くくりますありがとうございました、平和な学生ライフバイバイ! 
 だらだらと自分への文句を並べていると小さく優人の声が聞こえた。遥歩も、保泉も止まると、優人は腕を掴むふたりを簡単に振り払い、此方に走ってきた。
 ま、まさか。

「俺だけならまだしも、遥歩を殴るなんて…」
「こ、こっちくんな、お前、こっち来たら…」
「覚悟おおおお!」

 そう言いながら突っ込んでくる優人に驚いた保泉が、遥歩の頬を離したので遥歩は椅子から飛び降りて横に逃げる。埃くさいマットに飛び込んだが、あれよりはマシだ。保泉と共に遥歩を押さえていた二人が巻き込まれて倒れたのを見て、ホッと息をつく。
 前に女の子助けた時も飛び蹴りしてたよな、あいつ。
 思いっきり腹に喰らい、唸る保泉を見ながら御愁傷様ですと遥歩は手を合わせた。すると、飛び蹴りを喰らわせた本人、優人は大股で遥歩に近づいて来る。

「遥歩!」
「うお!」
「怪我は大丈夫なのか!?」

 真面目な顔をして遥歩の肩を持ち心配をする優人に、遥歩は肩の痛みに我慢しながら目を細めた。そして自分よりも小さいが逞しい優人の頭をなでて、泣きそうになるのを耐えて精一杯笑う。

「おう!」

 ありがとうとか、友達に戻れるかとか言いたい事はいっぱいあったが胸に詰まって言えなかった。だが、溢れ出すのは熱血を見せた自分に向けた拍手。これが正しいんだと、心から思った。

「よし、じゃあ行くか!」
「そうだ…」
「うう、おい、黒崎、てめえ覚えてろよ!」
「ひ」

 まだ立てそうにないが凄みを見せる保泉に怒鳴られて、遥歩は情けなく声をあげる。まさか自分が人生でそんなセリフを言われるとは思っていなかった、とやっぱり優人の味方をしたことを少し後悔しながらも、優人の言葉を聞いて思うのだ。

「うるせー、今度遥歩に手出したら飛び蹴りじゃ済まさねえからな!」

 平凡から踏み外すのも、案外悪くない。





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