眩しい、眩しい、眩しい。
 白と黄色がチカチカと自分の目を攻撃してくる。ん、ここはどこだ。口から垂れたよだれを急いで拭き取り、起き上がると頭がずきり、と痛んだ。

「良かった、起きましたね。」
「へあ?」

 海飛が間抜けな顔で声がした方を見れば、そこには笑顔の木葉がいる。何がどうなってんだ、と思っていればカーテンが開き保険医が飽きれたように言った。

「軽い熱中症だったみたいで、貴方倒れたのよ。それを運んでくれたのが彼なんだけど、貴方倒れた時に頭打ったみたいだけど大丈夫?」

 興味なさそうに言われたので苦笑いしながらベットを降りる。どうやら最終下校の時間は遠に過ぎているらしく保険医も迷惑そうにしていた。海飛はぐらぐらする視界の中、何とかよたよたと歩く。立とうとした時に、木葉が体を支えた。

「うお、サンキュ。ごめんな、こんな時間まで付き合って貰って。だからもう帰って大丈夫だぜ、お礼は今度…」
「いえ、ここまで来たら先輩の家まで送って行きますよ。」
「は?」

 聞き返せば木葉は本気のようで、海飛を昇降口まで連れていくとさっき履いていた靴をわざわざ膝まづいて履かせてくる。海飛は慌てて木葉の肩を掴んだ。

「いや、いやいや、やんなくていいよ何してんの!?」
「良いですから、黙って世話焼かれてください」

 あーらら、この子意外と言える子なのね。
 じゃあお言葉に甘えて、と海飛は木葉に靴をはかされて昇降口を出る。外は月が綺麗に輝き、海飛は見惚れながらも木葉に引き連れてかれた。
 海飛は歩きながら木葉の横顔を盗み見する。やはり、何度見てもかっこいい彼はモデルさん何じゃないかと思った。
 イケメンはズルいぜ、ほんと。
 この前まで付き合っていた彼女はイケメンに乗り換えたので、少々イケメンに恨みのある海飛は真面目そうな木葉をからかおうと考える。そこで、この奥手そうな彼に恋愛の質問をして見ることにした。ニヤニヤと悪人香りを浮かべながら、海飛は口を開く。

「おい、イケメンくん。君は彼女とかいるのかなあ?」
「…貴方ね、頭打ってなにいってんですか」
「いいじゃないか、俺の家までの道のりは長いぞー! それまで語っちゃおうぜ!」

 酔って扱いの面倒な上司のようなノリで海飛が言うと、木葉は呆れたように笑う。その笑顔もかっこ良くて、自分は面食いなのかと思った。すると、木葉はそうですね、と言う。

「じゃあ、しましょうか、恋愛の話。ついでに俺は彼女いませんよ、好きな人はいますけど」
「おっいいねいいね! どんな子なんだよ!」
「どんな子って…」

 少し困ったように顔を変えると、腕を組みながら考え込んだ。そんな表しづらいのか、と海飛は木葉の顔を覗き込むと、木葉は海飛を見る。

「まず、年上で顔は可愛らしいです。とっても元気で素直な方なんですよ」
「おっ年上! いいなあ!」
「ええ、でも年上でもちょっと抜けてて無防備というか。とにかく可愛いんです」

 そこで微笑んだ木葉を見て、海飛はピタリと動きを止めた。からかうつもりだったが木葉があまりにも優しい顔をするので話を聞きたくなったのである。いきなり何も言わなくなった海飛を不審に思い、木葉が海飛の目を見れば海飛は静かな声で言った。

「告白、とかしねえの?」

 こんなにかっこいいのに、凄く勿体無い、と勝手なことを思いながら海飛は木葉を見つめる。海飛の真剣な眼差しに、木葉は答える様に言った。

「彼氏がいるんです」

 とても、寂しげな声が海飛の耳に入る。彼氏がいる、とても衝撃的だったが直ぐに理解した。彼が相手の話をする時壊れ物を触るかのように優しく、そして儚いものを見つめている様に目を細めたのを覚えている。あの表情は手の入らない物を欲している愚かな自分に向けての表情だったのか、と思うと海飛は苦しくなった。
 彼の痛みを知れるのは、この俺が一番なんじゃないかと思うほど、二人はシンクロしている。それを分かっている上で、木葉は続けた。

「とっても幸せそうで俺が入る隙間なんてないんですよ。だから邪魔をする気も、ないです。だけど、もし彼氏があの人を傷付けるならその時は遠慮なく攫うつもりで、って結局そんな事も出来ないと思うな、俺ヘタレですし。って初対面のくせに語ってんだよ、って感じですよね、すいません」

  木葉の言葉に笑いながら、海飛は首を振る。驚くくらい同感してしまったし、一種の感動まで覚えてしまったからだ。
 自分も、もし龍太が浩に捨てられたら間違いなく貰うだろう。だが頭で描いていることを実際出来るだろうか。腕の中で他の男の名を呼んで無く龍太に優しく、包み込む事が出来るか、なんて、答えはNOだ。
 自分はそんな大人でもない。

「木葉くんの言いたいことわかるよ、俺も片想いで、俺の相手の場合好きな人居て、んーそうだな。男なんだよ」
「そうなんですか、片想い辛いで…って、男!?」
「はは、言っちまった。誰にも言うつもり無かったんだけど。あ、大丈夫俺そいつ限定のゲイ?だから」

 自分でもあったばかりの人間になに言ってんだと思ったが、この短時間で木葉を信用出来る人間だと判断したからだ。驚いている木葉に海飛は泣きたくなる。
 驚くよな…、俺も驚いてんもん。
 やっぱり引かれたか、と木葉を見れば木葉の顔は驚いている顔から、キラキラと輝いた物に変わった。どうしたと聞く前に木葉が目を輝かせる。

「お、俺もなんですよ!」
「え、なにが」
「俺も好きな人、男の人なんです!」

 え? 海飛が驚きながら、木葉を見ると木葉は嬉しそうな顔をしていた。嘘をついている、とは思えないがさすがに信じられず、海飛は手を振る。

「おい、木葉くんよお。先輩を慰めたいからってそんな嘘…」
「嘘じゃないですよ! うわっ、感動だ! 俺、周りに同じ心境な人とかいなかったし、自分のこときちがいだと思ってました!」

 そりゃ同じ心境の人なんかいないだろ、つーかこれ奇跡だから。
 笑顔で心底嬉しそうにいう木葉に、海飛は木葉が本当に男が好きなんだという事が分かる。そして、一つ浮かび上がる疑問。

「あれ、でもさっき好きな人に彼氏いるって…」
「そうなんですよ、俺の好きな人、この学校で一つ上って言ったら先輩と同じですよね、だから先輩と同じ学年で男の人なんですけど男の人と付き合ってるんです! もう凄いですよね、俺ももっとアピールすれば良かったな」

 おいおいおいおい、まじかよ!? 俺の他にこいつがいた事が奇跡なのに、もう一人!? しかも同じ学年で男同士が上手く行ってるだと!?
 世の中は不思議なもんだと頭の中で考えながら、ついた駅の改札口を抜けると木葉は笑いながら言った。

「ほんと今日先輩に会ってよかった。なんか俺だけじゃないんだって元気出ました。」

 木葉の黒い髪はちょうど電車が来て揺れ動く。海飛はそれに見惚れながら、電車に乗り込んだ。
 隣の席に座ってあれやこれやと話をする後輩を、海飛は黙って見ている。木葉はよっぽど彼が好きなようで、彼の話をした。彼との出会いは、同じ学校なのに屋外で会ったらしい。定期を落とした時に彼が拾ってくれたらしくその時の親切な彼に一目惚れ。それから追い掛けたが、その彼は他の男と(結婚ではないが)ゴールイン。あの時はカッコつけて祝福したが、今では後悔の毎日だと。
 なんだか、可哀想過ぎる彼に何かやってやりたいが生憎海飛の財布には一円もない。あるのは交通費だけだ。

「そんな訳なんですが、俺別れるの待ってます! いや、別れて欲しくも無いんですけど…」
「へへ、そうなんだ。木葉くん優しーのな。俺は好きな人が早くフられればいいと思ってるよ」
「え?」

 海飛は、笑う。

「幸せも願うけど、やっぱり彼が欲しい。フられてあいつを忘れてくれればなって思うよ、やっぱ俺も幸せになりたいんだ。俺って最低最悪な野郎なんだよ、ほんっと醜い」

 木葉の方が何倍も大人だと思う。こんな事を願う自分は、独りよがりで馬鹿で醜かった。こんな自分が嫌で仕方ないが、思ってしまうのだから仕方が無い。下を向きながら、黙っていると木葉の顔がひょいと現れた。びっくりして後ろに顔を引けば、木葉は首を傾げる。

「どこが最低最悪なんでしょうか?」

 とぼけた顔の彼は、笑顔を無くしていた。自分を責めるような顔をしていて、年下に情けなくもびっくりする。海飛は顔をそらそうとしたが許さない木葉に、おずおずと声を出した。

「だって、普通こういうのって相手の幸せ願うんじゃねーの? けど、俺は幸せどころかあいつの足を引っ張ってでも俺の所にくれば良いと思っているんだよ。それって最悪じゃね? すんげー醜いっつーか」
「それくらいで?」
「はい?」

 まだ何か言いたげに眉間にしわを寄せる。海飛は木葉が何を言いたいのか分からなかった。木葉の言葉に聞き返すと、木葉はゆっくりと子供に言い聞かせるように言い出す。

「いいですか、俺は好きな人を閉じ込めたいとすら思っています。というか出来る事ならば、彼を誰にも触れさせたく無い。ですが、それは思っているだけ。理性がそれを止めています。誰だってそうです、心の中に色々なものを描く、それは誰も咎める事はできない、自由なんです。だから、今先輩が言った事を本当にしてしまったなら、それはもう救いようのない馬鹿ですが
先輩はそれを心の中に秘めてる。という事は?」
「…最低じゃない?」
「そう、そういうことです!」

 正解! とでも言うかのように笑顔を浮かべたのを見て、海飛は思う。
 こいつちょっとズレてるな、と。
 木葉の言っていることは確かに一理あるが、それだったら皆そうなんじゃと思いながらも、自分の中の悩みが、今まで抱えて来た消えるはずの無かった罪悪感が浄化されていく気がした。海飛は、小さく笑う。

「そーだな、そうなのかも」
「はい」
「そっか、うん」

 そこで、海飛の最寄りの駅に着くとアナウンスが流れた。海飛は立ち上がり、木葉を見る。

「じゃ俺ここだから、頭も大丈夫、ここまでありがとな。つーか色々ありがと、すげー楽になったよ」
「そうですか、なら良かった」
「ああ、そうだ」
「はい?」

 電車が止まり、海飛は言いかけた言葉を言わずに口を閉じた。ドアは開き仕事帰りのサラリーマン達が、海飛を急かす。海飛は目を閉じてまた開けた。

「じゃあな、また会えたら続き話そうぜ!」

 木葉は立ち上がって何かを言いたげに顔を歪めたが、直ぐに笑顔を見せるので海飛も笑い返す。電車から降りて木葉が見えなくなるまで見送ると、海飛は階段を登って行った。そこで、一つ、呟く。

「やっぱ連絡先聞いときゃよかった」

 後悔しながらもまた、会えることを信じて、海飛は一歩踏み出した。電車はもう見えない。


 木葉は電車の中で今日あった事を思い出した。特に楽しいことも無く、好きな人に会えてもいない。そんな時に海飛に会えた。ごみを拾っている姿を見て、なぜかシンデレラを思い出し、男相手にプリンセスを思い出した自分に笑ってしまう。
 だが、そのあと話を聞いていて思った。やはり彼はシンデレラだと。このまま過ごして行けば、いつか素敵な王子様に会えると何処かで確信する。誰か魔法使いが現れて、彼を幸せにしてやればいいと、思った。

「俺が、魔法使いになろうかなあ」

 出来れば王子様になりたいけど、と思いながらも、役不足と思う。やはり自分、背中を押す係が似合っていた。その時、木葉は何かを思い出したのか文字通り席で跳ねる。周りから不審な目で見られても気にせず、彼は呟いた。

「あ、名前聞くの忘れた」







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