そう、こうやって雄ちゃんは俺をぬるま湯につけて俺みたいなクズを咎めておくんだ。

 俺に引かれる雄ちゃんは、今にも泣き出しそうな顔でついて来ている。このままどこに連れて行こうかなんて考えて居ないが、2人だけの世界にいければ良いと思った。だけど現実はなんともつまらないもので、何処かに変わることもなくつまらない人間たちが蠢く世界のままである。
 俺には綺麗に表と裏に分かれている人間だ。表はみんなが大好きな明るくて優しくて愛想笑いが上手な十山陸、裏は雄ちゃん以外を見下して雄ちゃんしか考えてないただのキチガイ。雄ちゃんもきっと表の俺だけしか知らず、のこのことついて来ているのだと思う。自分の本質を隠して罪悪感などない、表も立派な自分だ。裏は、雄ちゃんが作り出した悪い子ちゃん。
 雄ちゃんとの出会いは今でも忘れない。雄ちゃんは忘れているだろうが、瞼を閉じれば今でも鮮明に思い出される、小学三年生、俺がまだ皆とも打ち解けられず愛想笑いで友情を繋ぎ止めていたときに俺らは会った。特に好きでもないドッチボール、遊びたくもない人とやりたくない外野で楽しんだふりをしている自分。とても、苦しかった。このまま誰か、連れ去ってくれないかと思ったとき、誰かがボールを何処かへ飛ばし、いい子に見られたかった俺は取りに行く。そこでボールを取ってくれたのか、雄ちゃん。最初は地味な子だな、というくらいしか思わなかった。だがそこで雄ちゃんは首を傾げたのだ、俺も愛想笑いをしながら傾げた時、雄ちゃんはたった一言「疲れない?」と聞いて来る。俺の笑顔を引きつらせた。
「どういうこと」
「そんな無理に笑って疲れないの」
 息が止まって立ち竦む。雄ちゃんは俺にボールを渡すと、本を持って学校へ入って行った。おれはその後ろ姿から目を離せずに、息を飲む。自分の笑顔が剥がれ落ちていくのが分かった。
 あの時から、俺の中の悪い子が生まれてしまった気がする。いや、目を覚ましたという方が良いだろうか。雄ちゃんを自分のものにしたいと思ってしまった、そのためならなんでもできる気がした。それから見つめる日々が続いたが、すぐにチャンスが来る。皆がはしゃいで外へ出て行く昼休み、教室に雄ちゃんは一人きりで本を読んでいた。彼の悲しげな顔を見て、おれは声を掛ける。そうして顔を上げた雄ちゃんの顔を見て、俺の悪い子ちゃんは歓喜に満ちたのだ。
 過去に浸って、本当おれってつまんない人間。
 過去は俺と雄ちゃん2人きりの世界だったが、今は違う。あの、釜播が雄ちゃんの心に侵入してからは。

「陸」

 舌打ちしそうになった時、雄ちゃんの不安げな声で我に返った。振り向けば目を細めた雄ちゃんがこちらを見ている。俺は自分の手元を見て、俺が掴んだ雄ちゃんの手のひらにメガネが掴まれていたのを知った。俺の顔が見えないようである。俺は、止まって雄ちゃんをみた。

「なに」
「まだ怒ってるの、俺なんか悪いことしたか、だったら謝るから、もう冷たくしないでくれ」

 必死に謝る姿に、ゾクゾクと興奮する自分を抑えるように雄ちゃんの手を離す。雄ちゃんがいそいでメガネをしたのを見て、俺は顔をそらした。こんな顔を雄ちゃんに見られたら嫌われてしまう。
 ああ、だめだ、ダメだ、駄目だ。俺はどんどん理性を無くしていく。笑うんだ俺、いつものように、そんな嗤いじゃない。分かっているのに雄ちゃんが上擦った声で俺の名前を呼ぶから、俺は。

「雄ちゃん、俺な」
「うん」
「すっげえ、独占欲強いんだ」

 言えば雄ちゃんは、俺の表情を伺おうとしていた。だが、見せる訳ない。また、口を開いた。

「だから自分の好きなものが取られそうになったり、好きなものを俺以外が興味を持つのも許せないんだよなー。なんつーか、全部俺のモンにしたいんだ」

 引き攣る雄ちゃんに、手を広げて嗤う。

「もちろん、俺以外の奴の手の内に入るのはすっげえ許せない」

 そこまで言って心臓が動いた。自分なにを言っているんだと表の俺が暴れて、俺自身手を縮こませる。
 まずいまずいまずい、本性を言ってしまった。
 雄ちゃんは凄く鈍感だが、これだけ言ってしまえばわかってしまう。かくれんぼで鬼に見つかりそうな時のように、心臓の鼓動が早くなる。俺の中の悪い子を雄ちゃんに見られた思うと、泣きたくなった。雄ちゃんは空いた口を一度閉じて、また開く。

「俺、陸の好きなもの取ったのか、あもしかして、弁当の…唐揚げ?! でもあれは陸が食べていいって言わなかった!?」

 俺はにっこりと笑う。
 そうだ、雄ちゃんは鈍感の中の鈍感だった。
 吹き出た汗を拭いて、表の俺が笑った。

「あ、あは。でも、俺いまさら食べたくなってさ。思い出したら、なんか、雄ちゃんのばか〜って」
「っなんだよ、それ! 俺、本気で嫌われちゃったのかと…」
「そんな訳ないだろー!」
「良かったあ」

 俺がいつもの調子で言えば、雄ちゃんは安心したように笑う。その顔は俺しか見れなくて、俺しか知らなくて、俺しか、見ちゃいけないんだ。だから、釜播は有罪。雄ちゃんの笑顔を見るなんて許せないんだ、絶対。
 微笑む雄ちゃんを見て、俺の裏の顔がにやりと嗤って表の俺に言う。それならいっそ、閉じ込めてしまえと。でも表の俺は首を振った。そんなつまらないことするわけないじゃないか。

「俺が雄ちゃん嫌いになるなんてあり得ないからな!」

 満足したように目を細める彼に俺は誓う。いつか俺が居ないと生きていけないくらいに依存させてやると、そして

「大好きだぜ、雄ちゃん!」

 一生離す気はないと。








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