俺は最近、本格的におかしくなったらしい。

「あはは、ゆみちゃんって面白いね」
「そ、そう?」
「うん、あ、もし良かったらなんだけどメアド教えてくれない、かな?」
「う、うん! 喜んで!」

 俺の視線はMr.ナルシスト&タラシに注ぎ込まれている。まあ、いつもの事、と言うかもう釜播くんを見てしまうのは仕方ないという結論に至った。俺の視界でバタバタ動く釜播くんがいけない、だが。俺は今、思ってはならない感情を抱いていた。
 …あの子と話すのやめてくれないかな。
 ああ、そうだ、所謂嫉妬というものである。なにをバカな感情を抱いているんだと自分に問い質しても答えは出ずに、妬みが前に前にと顔を出した。段々あの子にムカついて来ている、どういうことだ。本を読みながらも文字なんて追えず、釜播くんばかり見ている。

「ああもう、俺ってなんなの!」
「わっ」
「!?」

 本を机に叩きつけながら呟くと、後ろから驚いたような声が聞こえた。此方もびっくりしながら振り向くとそこには陸が気まずそうな顔で、俺の顔色を伺っている。

「どーした、雄ちゃん、悩み事?」
「え、あ」
「相談なら乗るけど」
「あっいやいやいや!! いいから、大丈夫だから!」
「…」

 俺が言った言葉に、陸は返事もせずにいつもの笑顔もなかった。黙って前の席に座り、怖い顔をして俺から顔をそらす。俺は身を縮めた。
 陸はきっと今怒っている。きっと、というか99%怒っていた。陸は怒ると顔を見ないようにする、そうやって怒りを鎮めているようだが、俺からしてみれば不安になる。「陸、怒ってるの」言えば陸は窓の外をみながら、小さく「ううん」と言った。これも陸の癖。争いごとは嫌いなので怒ってるかと聞かれれば本音は言わない、いつも本音は胸の中。

「り、陸?」
「…」
「怒ってるんなら…」
「いい加減にしろよ」

 俺は口を閉じた、と言うより閉じざるを得なかった。陸を見れば、窓の外を見ていた瞳は真っ直ぐ俺に注がれている。唇を噛み締めて怒りを抑えているようだったが、言葉は攻撃的な態度が剥き出しだった。俺は瞬きを何度かして、目の前にいるのが陸なのか確かめる。何処を見ても陸だ。睨まれた生気のない黒目に、少し背筋が凍る。

「ご、めん。」
「良いけどさ、俺今気立ってるんだよな。だからそういう探りウザイ、黙ってろよ」

 ウザイ、なんて言われたことなかった。俺は言われた通りに黙って下を向く。だが、目の奥が熱くなるのがわかった。このまま黙って居たら涙が出て来そうなことが分かって、陸から逃げるように席を立つ。陸はこちらを見ずに苛立った態度を見せて、一定のリズムで人差し指で机をトントンと叩いた。
 立ったのは良いが行く所がない。あと五分もすれば授業は始まってしまうし、トイレに行くには時間が足りなかった。今までは思ったこと無かったがトイレが遠いこの教室に、少し不満を感じる。もういい、陸に謝ってもう一度席に戻ろうとした時、自分の手を誰かが引っ張った。目を向ければ釜播くんは上目遣いで俺を見ている。

「なに、釜播くんを構ってる暇なんてないんだけど」
「あのな、…ったく、お前本当可愛くねーな。心配して損した」
「はあ?」

 心配、とな。俺は釜播くんの手を外そうとしたが思わず、動きを止めてしまった。釜播くんは口先を尖らせて、頭をかく。

「二人して怖い顔して座っていきなりお前が立ったから、十山と喧嘩したのかと」
「あ、え、ああ。そう、だけど」

 喧嘩というより、陸が一方的に怒っているのだがそんなことを説明した所で釜播くんは理解できないと思った。俺だってあんな理不尽な陸は初めてで親友に恐怖すら感じる。勝手だと思うが、俺の知らない陸がひょっこり顔を出したようで悲しいのだ。
 だが、良く気付いたと思う。俺たちと釜播くんの距離は窓側と廊下側で離れて居たし、周りだって俺たちに気にしないほど静かな(一方的な)喧嘩だった。俺が首を傾げると、釜播くんは鼻を鳴らす。

「べ、別にお前らを見ていたとかいう訳じゃねーぞ! ただたまたま空が綺麗だったから見ようとしたらお前らがそこにいて、たまたまお前が立った時が目に入って、たまたま誰とも話して無かったから話しかけただけだ! さっきの心配したなんてのも、嘘だからな!」

 ぐだぐだと述べられる言葉に、理解が苦しむ。結局釜播くんはなにが言いたいのか分からないし、心配してないなんて言い出した。それならば話しかけなきゃいいのに、と言おうとしたが一つ違和感を感じて黙り込む。
 なんだよ、と釜播くんが言うので俺は釜播くんを見た。


「誰とも話して無かったから、ってさっきあの子と話してたじゃないか。」
「え、は、何で知って」
「え? そんなの見てたから…」

 途中まで言って口を噤む。なんてこった、墓穴を掘った。まだ聞こえてなかったかと釜播くんを見るが、釜播くんの顔は固まっている。終わった、やっぱり聞こえていた。

「いやあの今のはそんな意味じゃ…」
「な、なんだよ。確かに俺はかっこいいけどそんな見つめられたらさすがの俺でも、恥ずかしいぜ」
「〜っ、ああもう腹立つ! 自意識過剰ナルシスト、だからそんなんじゃないってば!」
「自意識過剰ナルシスト、だと!? お前なあ…」
「うっさいな、だいた…むぐ」
「はいそこまで」

 釜播くんに言い返そうとした時、口を押さえられて発言も止まる。呆れたような声が聞こえて少し下を見れば、いつものように愛想笑いした陸がいた。周りを見れば俺たちのお馴染みの喧嘩にまた始まったか、と言うような顔揃いばかりで、恥ずかしくてメガネを掛け直す。釜播くんはまだ言いたげだったが、ちょうど授業も始まるようで先生が教室に入ってきたので席に戻ることにした。その時、陸を見たが顔は見えずに、授業は始まってしまう。俺は黒板を見たが、頭になんかはいるわけ無かった。
 そんなこんなで陸のことばかり考えた授業が終わる。それと同時に共に鞄に教科書をしまうと陸の方を見た。陸はリュックを背負ってドアの方へ歩いて行くのが見える。逃げられてしまうと焦った俺は、急いで走り陸の腕を掴んだ。振り向いた陸は驚いた表情だったが、すぐに笑顔に戻る。

「なに、雄ちゃん」

 騙されそうになるくらい穏やかな声だった。さっきのことを忘れてしまいそうになるくらい、彼は嘘を嘘で貼り付けている。俺は下唇を噛み、もう一度挑んだ。

「今日は部活?」
「うん、そう。今日くらい真面目に行こうかと思って。先帰ってていいからな」
「え」
「じゃあ」

 そう言うと早々と教室を出て行ってしまう。久しぶりに部活に行ってくれるのは安心したが、こんな時に行かなくてもと思ってしまった。あのえがおは嘘だ、そんなことくらい分かっている。だが追いかけて詳しく問い詰めてまたあんな態度取られるのが怖くて足が竦んだ。どうしよう、と泣き出してしまいそうなくらい弱った自分に少し嫌気がさすが、自己嫌悪になっている場合ではない。陸に嫌われた、とても衝撃的で立ち直れない出来事だった。

 陸と俺の出会いは、小学四年生の頃である。友達も居ないで一人きり、教室で本を読んでいた俺に、たった一言「一緒に遊ぼう」と外にいざなってくれた。あの時から、俺の親友は陸だけだ。
 陸は違う。人との付き合いが上手くて誰からも好かれる性格だ。それをどういうこう言うつもりは無い、みんなの中心で笑う陸を見ているのは、とても誇らしくてかっこいい。だが少し不安になるのだ、そんな陸にいつかつまらないと愛想をつかれるのでは無いかと。
 きっとそうだ…、もう俺のことなんて…。
 鼻をずず、っとすすり、メガネを外す。そして鞄を持ち直した時、手が暖かいものに触れた。メガネが無いのでぶれているが、目の前に陸がいることが分かる。急いでメガネをかけようとするが、陸がその手を掴んでいたので叶わなかった。

「陸…?」
「なんて顔してんだよ」
「え」
「そんなに俺が好きなの?」

 陸はどんな顔をしながら言っているのだろうか、近くて遠いこの距離でわかる筈がない。だが、呆れた言い方に嫌われたく無いという意味も込めて何度も顔を縦に振った。目から涙が出てしまわないよう、目を瞑って何度も。
 陸はこれでもなにも言わなかった。俺の腕を掴むと、早歩きで廊下を歩き抜ける。まだ陸の顔は見えなかった。








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