机に書かれた暴言の数々と、椅子に置かれた生ごみに由樹はため息をつく。外を見ればまる由樹の気分を表した様な雨だった。

 優人に暴行を加えたものはそれなりの処分はされたが退学にはならないまま、今日も学校に来ている。勿論、遥歩もだ。
 だが処分されたことや由樹が歯向かったことがよっぽど気に入らなかったのか、イジメは悪化するばかりだ。今までよりも確実に酷くなっている、臭いも。思いながらも、予想していたので持参したビニール袋に生ごみを捨てて雑巾で拭こうとしていると、机の前に誰か立った。視点をあげて行くとそこには、笑顔の優人が立っている。由樹は舌打ちした。

「おい、どうにかしろよ、これ」
「ああ、しなきゃな、くっせ。それよりおはよう、由樹!」
「はいはいおはよう。」

 由樹は元気良く挨拶して来る優人に、面倒くさそうに手をブラブラさせて適当にあしらうが、優人はそれでも幸せそうに席の生ごみを片付ける。だが書かれた暴言を見て苦笑いした。

「うーん、死ねって言葉傷つくよなあ」
「いちいち真に受けるなよ、くだらねえ」

 由樹の言葉に、優人は黙って雑巾で生ごみがあった椅子を念入りに拭いた。そして、片付け終わりチャイムがなると由樹はゴミを捨てながら自分の席に戻る。優人はそこに座って、窓に張り付いた雨の水滴を眺めた。
 そう、ここは優人の席だ。ついでに由樹の席は何をされている訳ではなく綺麗で、対象的に優人の席は来る度にぐちゃぐちゃにされている。
朝来て片付けることはもう二人の日課になっているが、片付ける度に保泉の仲間たちが鼻で笑うのだ。
 由樹は保泉が言った覚えていろ、の意味が分かった。何が来ても狼狽えないと思っていたが、これは由樹でもこたえる。自分のせいで、自分の唯一の友達だけがイジメに合うなど見てられなかった。特に我慢ならないのが授業中だ。席は決まっていて由樹と優人は席が遠い、そして、よりにもよって優人を囲む様に保泉たちが円を組んでいる。授業中は立てないので一緒にいてやることも出来なかった。
 朝のHRが終わり、今日も授業が始まる。始まりを期して、保泉が丸めたプリントを優人の頭に投げた。
由樹は顔を歪める。

「あっごめんごめん、手が滑ったー。優人、プリント取ってー!」
「…おう」

 ニヤニヤする保泉の方へ優人が届けに行こうとすると、途中の保泉の仲間が足を出した。優人はつまづき転ぶが、その手を保泉が踏む。小さく唸った優人に保泉は笑った。

「ちょっと、優人おっちょこちょいにも程があるぜ。でも俺お前のそういうとこ大好き」
「っ、」

 周りがふざけだと思いながら笑いが起こる。教師から死角のところなので見えず、事実を知っているのは一部共犯者と由樹だった。保泉が足を退かすと痛々しく内出血した手のひらが現れる。それを見て笑う保泉に優人は下唇を噛んだ。

「おいおい、大丈夫か?」
「あは、先生、ごめんっ! 授業再開して、もう転ぶとかまじで恥ずかしいわ」
 
 痛そうに顔を下に向けた優人を変に思ったのか、教師は立ち寄ろうとするが優人はふざけた口調で手を隠しながら自分の席へと戻って行く。やはり保泉に勝つことは出来ないと情けない自分が嫌になった。

‐‐‐‐‐‐

「ゆきりん、一緒にご飯食べようぜ!」

 お昼の時間になり、優人は変わらない笑顔で由樹の肩を叩く。由樹は無言でいると、優人はそれを肯定と取り向かい側に椅子を置いた。いただきます、言いながら開けたお弁当の中身は真っ黒で、ほのかに墨汁の臭いがする。保泉の方から笑い声が聞こえて由樹が耐えられなくなり立ち上がろうとすると、優人が由樹の腕を掴んだ。すると代わりに優人が立ってお弁当を持ち、保泉の方へと向かう。そしてそのお弁当を保泉に見せると、保泉はニヤニヤしながら優人を見た。

「保泉、これ」
「あ? きったねーもん見せんなよな、つーかお前母親から嫌われすぎじゃね? 墨汁弁当とか、殺す気だろ!」

 なあ、と周りに同意を求めようとした保泉の頬にパンチが入る。出来事は一瞬で保泉は椅子から落ちて頭から落ちて行った。周りもあまりの驚きで保泉を助けられず、保泉に目を落とす。保泉は殴られた頬をつつみながら立ち上がろうとすると、優人は弁当を保泉に見せた。

「これをやったのは俺の母ちゃんじゃない! 俺の母ちゃんがこんな飯が不味くなることするわけないだろ!」

 優人は本気な顔をしていたが、由樹は笑ってしまいそうになる。しんとしていた教室が少しざわざわとし出し、保泉の仲間の中にいる遥歩も呆れた顔をしていた。ここにいる皆が思っていたと思う。
 そんくらい分かってるし、他に言うことあるだろう、と。
 保泉は自分が殴られたことが気に入らないのか、よろよろ立ち上がったあと優人の手から弁当を取り上げるとゴミ箱へと投げた。そして優人に殴りかかってくる、がそのパンチを軽々と避けた優人は止めるとゴミ箱へ駆け寄る。

「お前俺の弁当捨てんなよ! ご飯は…残念ながらもう食えないけど弁当は使えるんだぞ、酷すぎる、こんなのって!!」

 本気で落ち込む優人の言葉にクラスの皆は耐えられなくなり、教室は笑いに包まれた。保泉はまた後ろから優人に殴りかかるが、また避けられる。さすがに保泉は恥ずかしくなったのか、机を蹴ると教室から出て行った。その後を六人ほどの仲間たちが追って行き、最後に、遥歩が優人を見て教室を出て行く。
 教室の皆はほぼ全員優人に駆け寄った。

「優人くん、大丈夫?」
「てか、優人強いんだな、びっくりしたよ! ぶっちゃけ俺あいつ嫌いだからすっきりした」
「俺も、ありがとうな、保逗! そうだ俺のパン食うか?」

 わらわらとよって来るギャラリーに、優人は不思議な顔をしてゴミ箱から弁当を取る。皆がいきなり優しくして来た意味が分かっていないのだろう。由樹は優人を見ながら、少し嬉しくなった。だが、一つ気になることがある。
 今の様に優人は強く、簡単に攻撃をよけることだって出来ていた。なのに何故、遥歩の攻撃を黙って受けていたのかがわからない。
 もしかして、あいつ、裏切った友達にわざとやられていたのか?
 そう思うととことんバカだと思った。そしてそれと同時に、暖かい気持ちで溢れる。

「ただいまー、なんかわかんねーけど皆からパンもらっちった!」
「良かったな」
「うん、皆優しい! あ、これ、由樹にもだって」
「え?」

 優人の言葉に驚いて周りを見ると皆は気まずそうに由樹から目をそらした。今までイジメを見過ごしてきたことを申し訳なく思っているのだろう。前の由樹ならば馬鹿にされたと思い込みいらないと言っていただろうが、今は違った。友達が、優人が、由樹の景色を変えてくれたから。

「あ、ありがとう」

 由樹が小さく言うと皆が少し微笑む。窓を見ると、雨はもう上がっていた。







 

 


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