最初は単純に珍しい人から呼び出されたな、と優人は思った。呼び出した人と言うのは優人と関わりの無かった保泉という人物である。
 関わりがないと言っても保泉は優人と苗字が近いと言う事もあり、最初の席も何かで列に並ぶ時も優人の後ろな訳で、彼の性格はいやでも分かっていた。彼は、いつも弱いものをからかい愉悦に浸っている。保泉の一言で周りが態度を変えて、誰もが恐れていていばっていたので誰かを嫌いにならない優人でもいけ好かないとは思っていた。だが、呼ばれたのに無視するのはどうかと思った優人は行くことにしたわけだが。
 まあ、保泉が呼び出しを言いに来た時、後ろで遥歩が小さくなっているのを見て、何かあるとは思ってた。

「っぐ、…ぃ、」
「耐えんなよー、一言言えばいい話なんだってー、もう羽坂とは仲良くしませんってな」

 楽しげに笑う保泉と保泉のツレ、そして、辛そうに顔を歪めて優人を蹴る遥歩。始めは殴るだけだったが、立てなくなった優人に待ち構えていたのは腹を目掛けて振りかざす足。生きてきて初めて殴られ蹴られをされたので、死んでしまうのかと身体が震えた。だが、ここでこいつらに従うなら死んだ方がましか、と麻痺する脳で思う。ただ、トイレと言うのはちょっといただけないが。
 彼らはやはり、由樹と話したのが納得いかないらしい。優人は由樹に聞くまで由樹がいじめられていたことは本当に知らなかった。保泉はいつも友達をからかっては面白がっていたので、由樹もその一人だと思っていたし、なにより保泉が由樹に対して行き過ぎた行動を取った時に止めようとした優人を、遥歩が保泉はああやって由樹と遊んでいるんだと誤魔化していたのでわからなかったのである。あの時から遥歩は由樹が虐められていたことを分かっていたが、優人を守るために嘘をついていたのだ。自分が情けないと思う。こんなことすら気付けなかった自分が。
 保泉に友達やめろと言われたからと言ってやめるわけではないし、由樹を守ってやるなんて思うわけでもなかった。優人は正義のヒーローを気取りたいわけではではないし、そんな大それたモノになりたいと思わない。由樹だってヒーローなんて求めてはいないだろう。優人は由樹と話した時から、ただ由樹と対等に話せる友達になりたかったのだ。その時の気持ちは忘れない。
 由樹今までよく我慢したな、俺なら一人で食う飯なんて美味しくねーし耐えられねーわ。つーか自分がされて嫌なことは人にやってはいけないと、小学校で習わなかったのかこいつら。
 優人は手放しそうな意識の中薄っすら毒付いた。そんな優人の気持ちを汲み取ったかのように、保泉は顔を引きつらせる。

「こいつ意外と頑固だな、おい黒崎」
「なに」
「クビ、締めてみ」
「くっ、首!?」
「だーいじょうぶだって。殺すわけじゃねーよ、ちょっとだけ、な?」

 保泉の言葉に遥歩の足が止まった。優人は痛みに咳き込みながら遥歩を見ると、遥歩が戸惑っているのが分かる。遥歩はこんな時でも、最後まで自分の行動を悔いていた。遥歩の忠告を聞かなかったのは、友達をやめたのはこっちなのに、遥歩はまだ優人を守ろうとしている。
 優人は、遥歩と友達だったことが誇らしくて泣きそうになった。だが反対にこみ上げる笑いを隠せず笑うと、遥歩も保泉も優人を見る。

「え、なに笑ってんの、お前?」
「ゆう、と?」
「…は、は、あゆむ、俺は自業自得なんだよ。だから迷うな、やれよ」

 口元についた血を拭きながら、もう立ち上がる力がない身体を起こした。壁に寄りかかると皆の表情が良く見える。皆、保泉に怯えていた。親友の、遥歩も。
 おれの友達をこんな表情にさせるなんて、許さない。
  むせ返るほどの怒りを力に代えて、優人は壁に手を付けた。背中が打ち付けられたように痛い、頭だって割れて脳が見えてるんじゃないかと思う。だが、立たなければ前に進めない、友達も守れない。

「…保泉、お前こんな事してると友達いなくなるぞ」
「ぷ、はは! その前にお前の友達がいなくなったけどなー!」
「いなくなってなんか、ない」

 笑う保泉に優人は睨みつけて立ち上がる。足はガクガクで壁に手を添えないと立てないくらい優人の足は限界だった。その格好を保泉は馬鹿にするが、優人は立って良かったと思う。自分を囲む保泉の部下どもの後ろに、泣きそうな顔の由樹が見えたからだ。
 そう、いなくなってなんかいない、彼が俺の、友達だ。



「せんせー、こっちでーす。大変、保泉君たちが保逗君をいじめてまーす。」

 由樹の声に皆が一斉に振り返る。彼の声は低く、薄暗い廊下に響き渡った。言葉と裏腹に緊張味はなく、淡々と告げられる。その声に廊下から聞こえる足音は増し、息を切らした教師が五人ほど駆けつけた。逃げようとするとりまきは体つきの良い教師達にあっという間に捕まえられる。慌てふためく生徒達のなか、一人、保泉だけは立ちすくみ由樹を睨みつけた。

「お前、覚えてろよ」
「なにを?」
「…っ、てめえ!」

 保泉は由樹に掴みかかろうとするが、間に教師が入り保泉を引きずって行く。通り過ぎる時に由樹に手を出そうとするが、由樹は軽々と避けた。そして、軽い足取りで優人に近寄る。保険医が優人を起こそうとするのを見て、由樹は優人の腕を自分の肩に回した。優人は驚いた顔で由樹を見て、下を向く。

「なん、で。お前、あいつらにあんなことして」
「俺の心配より自分の心配しろよ。お前、こんなになってまで」
「だって、あいつら、由樹と友達やめろって、意味わかんない事言うんだもん。俺らはこれからもっと仲良くなるって言うのに」

 こんな場面だと言うのに優人はまるでひまわりが咲いたように、眩しく、笑った。口の端が切れていたのか、すぐに顔を歪めたが由樹を照らすには充分で。
 由樹は鼻で笑った。

「保逗くんってほんとバカだよな」
「な、バカだと!? お前の方が馬鹿だ、今まで我慢してたんだろ、なのにあいつらに刃向かったら今までのがむだになるじゃないか!」
「いいんだよ。今までは一人だったし、勝てないと思った。だから、我慢して無視してたけど。」

 そこまで言うと由樹は、優人を見る。優人は首を傾げた。腫れた目が痛々しいが、これは由樹の為の怪我なんだと思うと嬉しくて堪らない。味わったことのない感情、これが信頼というやつなのか。由樹は優人の肩を叩いて、心の底から笑った。

「これからは保逗くんがいてくれるんだろ? ならあのクズに勝てそうな気がするんだ、だから一緒に戦ってくれよ、友達、なんだし、さ」

 叩いた肩からは勇気が溢れ出る。優人はその暖かさを感じて、照れ臭そうに笑った。

「ああ! 俺めっちゃ強いんだぞ、体育の松本だって…」
「それはこの前聞いた」
「あれ、そうだっけ、あ、あと社会科のって、ってえ!」
「…勢い良く喋んなよ、口きれてんだから」
「へへ、ごめん」

 怒りながらも何処か笑っている由樹に、優人も笑みを零す。そんな彼らの背中を見て、遥歩は歯を食いしばった。






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