「おい、優人!」

 授業中居眠りしていたままの優人は、授業が終わるなり揺さぶりを掛けられ起こされる。優人は垂れそうになるよだれをすすりながら起き上がると、後ろの席に座る優人の友達、黒崎 遥歩(クロサキ アユム)は顔を顰めながら優人の手を掴み教室から出た。優人は不思議そうな面持ちでついていき、遥歩は適当に人通りの少ないところで止まる。振り返ると普段怒らない優しそうなたれ目がキッと釣り上がった。

「お前あの羽坂と話したんだって?」

 優人は遥歩が怒っている理由がなにも分からないまま頷くと、遥歩は短い髪をかきあげ、頭を抱える。そして盛大にため息をつくと壁を全力で殴った。優人はそこで固まる。高校に入って半年以上彼といるが、彼はこんな風に怒ったことがなかったからだ。

「うん、そうだけど…」
「お前…っ、このクラスでの平和な暮らし捨てる気か!?」
「えっ俺平和じゃなくなんのか!?」

 間抜けな返しをする優人に、遥歩はわなわなと体を震わせる。初めて会った時から遥歩は優人が少し抜けていることはわかっていた。だから何回か由樹に話かけようとしているのをみて、ハラハラして止めていたのである。
 理由は遥歩は優人が友達として大好きだからだ。面倒な事が嫌いで適当に生きてきた遥歩にとって、優人はいつまでも届かない尊敬した者である。自由奔放であるが人に迷惑をかかる事はせず、それでも自分のやりたいことはやり通して、どんな事にも狼狽えなかった。そんな性格が皆に好かれるのだろうが。
 さすがに今回はマズイだろ…。
 羽坂由樹、彼はクラスの中心核にいじめられている。誰しもわかってることだし、誰も触れないようにしてきた事で遥歩も中心核の人たちに強いられいじめた事もあった。彼と話せば、同じ事になる。それを恐れて、今まで話したものはいなかったのに。
 あーもう、俺が休んだからっ。他のやつに優人の保護者頼んどけば良かった!
 遥歩は自分を責めていた。どんな作り話でも良いから話してはいけないと言っておいて、他の友達に優人と弁当を食べてやるように頼めば良かったと後悔している。
 他の友達なら由樹と話したとなれば放って置いただろうが、相手は優人だった。遥歩は地団駄を踏みながら、優人の肩を揺らす。まだ、間に合うはずだ。

「いいか、お前は絶対、今後一切羽坂由樹と話しちゃダメだから! いいか何があってもだぞ!」
「なんで?」
「なんででもだ! じゃなきゃお前、一人になっちゃうんだぜ? 皆から無視されて、そんで」

 あいつと同じ扱いになる、と続けようとした時、優人は首を傾げて真っ直ぐな瞳で遥歩を見つめた。

「お前も無視するのか?」

 遥歩は、言葉を詰まらせる。
 そう、羽坂由樹と話した優人はもちろん、もしこのまま優人と仲良くしてれば遥歩もクラスで浮いた存在になるだろう。平凡に暮らして友達と楽しく暮らして可愛い彼女と過ごす計画を立てていた遥歩にとって、そんなことは耐えられなかった。
 友達とか自分のためなら、裏切ってなんぼだ。黒崎遥歩、お前はこのおばかちゃんのために人生を無駄にするのか?
 遥歩は自分に問いかける。答えは決まっているのだ。遥歩は、優人を見る事は出来ない。

「するに決まってんだろ、面倒なことは嫌いなんだよ」

 遥歩はそこまで言って、自分の心臓が破裂しそうなくらい脈打っているのが分かった。今まで裏切ってきた時も陰口言ってきた時も、こんなことなかったのに。遥歩は下を向きながら、おでこの冷や汗を拭く。
 お前がいけない、俺の忠告を聞かないお前がいけないんだ。
 遥歩が拳を作り握りしめていると、肩に置かれた手に目を見開いた。

「そっか。今までありがとう!」

 生涯、この笑顔を自分は忘れないだろうと思う。遥歩は清々しいほど裏のない笑顔に苛立ちを覚えた。
 俺が離れても良いのかよ、そんな笑顔で送りやがって。そんなにあいつと友達になりたいのか。

「ああ、お前といるの疲れてたし、ちょうどいい。」
「え、そうだったの。ごめんな、気付かなくて」

 はは、と笑う優人はらしくない元気のない笑い方だ。遥歩は気になったがその前のことが頭に残っていて、優人のことはもう考えてやれるわけが無い。このまま話していてもムカつくだけだと、遥歩は優人に背中を向けて帰ることにした。そこで優人が、遥歩の名を呼ぶ。

「なんだよ」
「遥歩、いつも俺に教えてくれてありがとよ! 俺ばかだから、あんまし世間のことわかんねーし。俺一人っ子だし、遥歩が兄ちゃんみたいで嬉しかったぜ」

 じゃあな、と言う優人に遥歩は振り向いて見ようとするが、もう優人も遥歩を見てはいなかった。遥歩は首筋を掛けて行く寒い風にブルりと身体を震わせる。別にあいつなんて。

‐‐‐‐

「おい、黒崎ー」

 授業が始まるギリギリに教室につき席に座ると話しかけてきたのは、後ろの席の保泉(ホズミ)だ。遥歩は内心どきりとする。彼は由樹を主にいじめているグループのリーダーであり、共に彼が誰を虐めるか決めていた。怖いが無視は出来ないので、遥歩は笑いながら振り向く。

「なんだ?」
「お前のトモダチさあ、あのキモいやつに話しかけてたんだけど? どういうこと?」

 彼は完全に怒っていた。遥歩は泣きそうになりながらも、首を振る。

「わ、わかんないな。俺、優人とは喧嘩したから…」
「ケンカねえ、はは。そりゃ良かったわ。あのなお前も協力してくれるよな?」
「え?」

 遥歩の恐れていたことは起きた。保泉が協力して欲しいと言ったのは、今日の放課後優人へリンチを行うと言う内容である。そこでもう由樹と話さないと約束させる、と言う内容。遥歩はその内容の酷さに絶句してしまう。親友だったやつにそんなことできるわけない、と言いたかったが喉に詰まったまま言葉は出なかった。
 これを無視したら俺も同じことを
 思うとすることは一つしかない。遥歩は頷いて、保泉が笑ったのを見た。





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