会田心視点

(やってしまった。)
 俺は清野に押し付けて来たファイルを見ずに思う。
 本当は、さっきのことを詫びするために、仕事を早く終わらせて、清野に出された山積みのデータ処理に手伝ってやろうと思っていた。俺でも残業せざるおえないであろう仕事を、不器用な清野にはもう嫌がらせとしか思えないと思う。
 だが、先ほど井島田と顔を近くして話しているところを見て、優しさの気持ちが消えてしまった。
(…井島田と仲が良いのは今に始まったことではないだろう。)
 入社当初から清野と井島田は正反対で、だからこそ補い合えた。唯一の同僚という訳か、2年前から仲が良い。今更仲が良いからと言って気にすることではないのだ。やはり、さっきのファイル半分でも手伝うべきだろう。
 振り返り清野を見ると、仲睦まじく机の間に(俺が置いたのだが)山積みのファイル置き、二人で処理しているらしい。

「…俺が気にしなくても、平気だな。」

 軽くふらふらと歩きながら、小さく呟くと仕事に掛かる。そのあと、失敗を何度も繰り返しのは清野のせいじゃない、絶対に!

 ようやく、仕事が終わった。毎日やりがいを感じながらしている仕事も、今日は少々苦痛にすら思えた気がする。
 帰ろう、鞄を持つと後ろからガタン、という物音がした。周りにはまだ人はちらほらと居るが、あまりにも大きなおとだったので振り向く。すると後ろには、人が転んでいた。
 いや、正式に言えば、清野だ。

「…」
「あ、あはは」

 気まずそうに笑う清野。ここら辺はコードなど、つまずくようなものは設置されていないはずなのに、何故、転ける。
 大丈夫か、声を掛けようと思ったが、あんなに冷たく当たっていたのにいきなり優しくするのも、なんだか気分屋に思う。だからといって、このまま意地を張ればそれはただの子供だ。
 うだうだ考えるのも面倒なので、無言で手を差し出すと清野の表情は明るくなった。俺の手を取って起き上がると、ぺしぺし、と前を払う。

「会田さん、お疲れさまです!」
「…ああ」

 言いながら清野に背中を向けると鞄を肩に掛けた。後ろではきっと清野が泣きそうな顔で立っているだろう。
 清野を悲しませたい、訳ではない。だが、今日一日どこかおかしい。清野のコトを考えすぎている。
(これを日常に入れたら、とんでもないことになるな)
 今日はこれ以上一切関わらず、明日からはまた前と同じにすればいい。思いながら、ドアに向かおうとした、が、そうは行かなかった。
 スーツの端を、清野に掴まれてしまった。

「清野」
「あ、あの」
「?」
「あの、えと、ごめんなさいでした! あれ、あ、すみませんでした!」

 凄い勢いで頭を何度も下げる。俺は思わず、何のことだ、と聞いてしまいそうになった。だが、すぐに朝の事を言っているのだときがつく。
(ごめんなさいでした、か)
 完全に焦っている清野を少し面白いと思ってしまった。ああそうだ、こいつはいつも一生懸命で、俺についてきて

「え、とあの、俺、本当に駄目なやつです。一人でろくに仕事できません、し」
 いつも真っ直ぐに俺を見て
「失敗ばっかして、指導してくれている会田さんにまで迷惑を掛けて」
 いつも俺の背中で笑ってくれて
「でも、でも、おれっ…」
 いつも…俺に元気をくれて。

(世話もしたときもあったけど、俺が落ち込んでいる時、清野の一生懸命な姿見て、立ち直ったときもあった。)

「会田さ、んのこと、大好きだから…!」

 ぼろぼろと大粒の涙を流す清野。いつも何があっても、目で止めていたのに、俺と喧嘩しただけで泣くのか。
(ああ、ああ、もう泣くな! お前の泣き顔なんて、見たくない)
 清野を引き寄せて、手で頬を包み親指で涙を拭ってやる。清野は驚いた顔をしていて、それでも泣く清野は、やっぱり一生懸命だ。
(俺が大人気ないばかりに)
 仕事が増えるからなんだ、清野はこれで精一杯だ。それを見守る、それが先輩の俺の使命じゃないのか。

「ごめんな。」

 謝ると、清野は元々大きい目をそれ以上に大きくした。ごめんな、もう一度いうとまた泣くので、次は俺のハンカチを貸してやった。

君の涙は不思議でした
(どうも俺を、苦しくさせます)



(あれ、仲直りしたんだ。)
(井島田!)
(じゃあ会田サン、あのファイル代わりによろしくお願いします)
(…分かった)







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