会田心視点

 もう痛みのないまっさらな頬を撫でながら、今日は真面目に来ている清野の背中を見た。
 昨日息抜きにと室津と行った居酒屋に清野と井島田が居て、それが事の始まりで。俺のことが気まずくて休んだのはわかるが、サボっておきながら二人仲良く遊びに行くのはいかがなものかと思う。しかも井島田の肩を持ちながら楽しそうに話していた。そんなに元気なら休まなくても、と苛立ったのは最初だけ。そのあとはお辞儀する清野に怒りがなくなり、明日は来いよ、と声を掛けようとするが井島田に引っ張られてサッサと出ていかれてしまった。あっという間だったこともあり、気まずい雰囲気だったのを気付いていない室津は呑もうといいながら席に座る。俺も呑もうとは思ったが、どうにも気が進まず、室津には謝って席も座らずに居酒屋を出た。店を出たからといってどこに向かうわけではないのだが、足は行く先を知っていたように一人でに動く。考えるより先に清野と井島田を探していた。探して何になるのかすら分からなかったが、清野と話がしたかった。言葉を交わしたかったのだ。
 それなのに、そんな純粋な心は清野と井島田を見た時には消えてしまい、俺は立ち止まってじわじわと嫉妬で胸を焦がす。清野はなんの抵抗もなく、井島田からキスを受けようとしていた。清野は俺を好きだと言っておきながら、井島田とキスやらなんやらをするのか。あれだけ清野を気にした自分がバカらしくなった。そして、事を休んで遊び呆けている清野にさっきは許せたのに今になって腹が立ち、一言言ってやろうと二人に近寄る。キスが出来なかったからか、井島田はまだ憎まれ口を叩くがさすがに頭にきていた俺は清野を見た。そう俺は怒っていたのだ、清野に対して。清野には何をされても仕方ないで片付けていて、なによりあいつには怒るなんてことはしたくなかった。きっと弱いあいつは泣いてしまうと分かっていたし、泣き顔なんて見たくなかったからだ。それなのに俺は興奮状態で気にすることは出来ず、強く清野を引き寄せ連れていこうとする。が、それは失敗に終わった。あの、清野が俺の手を払ったのである。自惚れなんかじゃない、たしかに清野は俺を好きだったし、拒否をされたことなど一度もなかったのだ。その瞬間、もう、理性なんてなかった。本能のまま話して、怒って、彼を傷つける。だれもいない広場についた時には、もう意識がなかった。清野にキスしようとして、また拒否されて勝手に傷ついて、怒りを清野にぶつけた。清野に頬を叩かれて、やっと正気に戻る。謝ろうとした時には、清野は一番見たくない泣き顔で顔を歪ませていた。苦しくなって、動けない。彼を引き留める資格すらない俺は、見送ることもできなかった。
(で、これだし、な)
 清野は昨日のことなどなかったように、仕事をしている。しかも仕事がはじまって五時間の今、一回もミスをしていなかった。口を出せないし、付け入る隙もなく、井島田と仲良く話しているのを指をくわえて見ているしかないのだ。
(え、いや、まてまて。別に俺も話したいわけじゃない。けど。)
 すこしは俺を気にすると思ったのに、一度だってこちらを見ない。俺から吹っ切れたというのか、それとも俺に呆れて興味がなくなった可能性もあった。俺が片思いをしているわけではないのに、フラれた気分なのはなんでだろう。さっきから俺のパソコンは一向に仕事が進んでいない。

「おーい、どうしたんだよー、会田ぁ」
「す、すまん。」

 室津があきれた顔で覗きこんできて、やっと頭が冴えた。今、仕事中だというのになにを考えているのだろう、私情を挟むなど新人じゃあるまいし。
 俺は入力を再開するすると、室津はため息をつきながら隣で俺とは比べ物にならないくらいの仕事を仕上げながら、めを細めた。

「なんだよ、まだ、あの部下が気になってんのか」
「え? あ…」
「とぼけたって無駄だぜ。清野がお前の下から抜けただけなのに、上の空。べつにいいじゃねーか、面倒見なくてよくなったんだろ」

 タン、タン、とエンターキーを叩く音が均一に耳に響く。つまりは、彼がミスもなく続いているということ。彼に比べて、俺はどうだろう。ミスはないが仕事も進まず、 清野の事ばかり考えていた。
 そう、室津の言う通り。可愛がっていたと言えど面倒をみていたのは事実であり、それがなくなったのであれば仕事は捗るはずである。それなのに、

「俺は清野を」

 言おうとした事を思わず飲み込んだ。室津は続きを聞こうとこちらを見ているが、なにも言えなくなる。
(今、室津になにを言おうとした。俺は、清野を…)
 清野を、なんだ。続きが分からない、答えも出せなかった。答えも分からない自分に、悩みの種の清野もイライラする。とっさに俺はこの場にいれば室津にも当たりそうなので、気づけば席を立っていた。目を丸くして俺を見る室津は、まるで病気の人を見るかのように困った顔をしている。

「少し、休む。続きは残業にでも、なんでも」
「え、あ、おい!」

 必死に引き留める室津を無視して、俺は喫煙所へと向かった。一歩一歩が重い。その理由はどことなく、分かっている気がした。
 喫煙所について、胸ポケットからタバコを出そうとすると、タバコがないことに気付く。そういえば昨日むしゃくしゃして吸いきってしまったことを思い出した。昼休みでもないのに外に出るのはさすがに出来ないので、タバコを吸うのは断念する。いらいらが治まらないままオフィスに戻ろうとすると、前から井島田が歩いてくるのが見えた。
(あー、…ムカつく)
 昨日、清野と一緒にいてうでを組んだり、キスしようとしていたことを思い出すと、井島田の顔を見るだけて落ち着かない。だが思っていることをそのまま言っても、井島田からしてみればハテナマークが飛び交うだけだ。ここは触れないでおこうと左を歩く井島田と対照的に右を歩いていると、ふと井島田がこちらを向いた。

「あの」

 話しかける彼の声に、俺の足が止まる。井島田にしては静かな声で、意外性を感じながら左を見た。井島田は瞬きもせず、俺を見つめて、にっこりと笑ながら首をかしげる。

「清野をどう思っているんですか、恋愛対象として」

 いま、なんて言った。
 冷静に向いていた意識も、まるで後頭部を殴られたかのように朦朧とする。井島田をじ、と見れば顔色は変えないで絶えず不気味なくらいきれいな笑顔でこちらを見ていた。
(清野はすべてをこいつに言ったのか)
 そう考えると質問云々より、イライラは増すばかりである。何故、親しいからといって井島田に全て話すのだ。俺を好きと言っておきながら、同期で優しい井島田の方へ頼ってばかりいる。井島田がいれば、俺は用無しか。俺はいらないのか。いや、待て。さっきといい、今といい、こんなんじゃまるで
(井島田に嫉妬している)

「質問に答えてくれませんかね」
「え、あ」

 井島田の催促で、深い考え事から引き戻された。考えすぎで頭がショートしたのか、思わぬ答えが出てきてしまったのであれは保留でまた詳しく考えようと思う。
 さて、目の前の井島田は笑顔を無くし、むしろガンを飛ばしていた。先輩になんて顔を、と思ったがここは先輩らしく冷静に返すべきだと考える。咳払いをひとつして、俺は井島田を見た。

「俺は彼を良い部下として見ている。それ以外の感情はない。」

 言い切ってやった、と満足しながらスーツのしわを伸ばす。失礼をする、と言えば、井島田は目を見開いて一言いった。

「鈍感」

 俺は踏み出そうとしていた足をもとにあった場所に戻し、井島田をにらみつけると井島田は口をひきつらせて俺を見ている。そんな顔をしたいのはこちらだ、と言おうとしたら、井島田は少し力みながら口を開いた。

「貴方は周りも、もちろん自分も見えていない。考えてみてください、清野が貴方に告白しようとした経緯を、普通の人なら墓場まで持っていくであろう、意中を言ったわけを、そして貴方自身の気持ちも。」
「考えた、考えたが、」
「会田サン、ここまでヒントを与えてもし答えが出ないのなら、俺はもう手助けしませんし、清野はもらいます。では。」

 そこまで言うと井島田は喫煙所に向かい、タバコを出しながら顔をしかめる。残り2本か、とリアルな声が聞こえた。俺もあとで買いに行かなくては。さて、もう一度考え直したいところだが、
(清野は、もらいます??)
 なにを言い出したんだ。前から井島田はなにかと清野にちょっかい掛けていたが、本当にそんな感情があったとは気づかなかった。だから鈍感といわれてしまうのだろうか。勝手に貰えばいい、俺の清野ではないし、後輩たちの男同士の恋、などには興味ない。
(自分の気持ちも考えてみろ、か)
 たしかに、まだ自分の行動で解けていないことがあった。それは、やはり昨日のキス。拒否されたのがショックだったからとはいえ、男にキスをするだろうか。しかも、嫌では、なかった。

「おかしいな」

 しかも、井島田に嫉妬している、かもしれない。俺は調子を狂わされて、そのまま戻れないでいた。とりあえずどうしても男が好きなんてことはあり得ないので、昨日の行動はムキになった末の衝動的行動と片付けたい。だが衝動的行動でキスするか、その行為に嫌悪感すら感じず、まずこの気持ちはなんだ。清野に苛立ちを感じているのは自分を好かれて気持ち悪く思っているのではなく、それ以前に俺の側からいなくなったことに不満を感じているからというところまでは気付くことができた。問題は、そのあとだ。
 清野の気持ちは受け入れられないが今まで通り一緒に居たいと思う。そう、自分は凄く勝手なやつに大変身していた。
 素直に言おう、俺の毎日に清野がいなければ仕事はやる気しないし、楽しいとも思えない。きっと清野に依存している。だが、清野を誰かに取られるのはいやだった。自分のそばで笑っていてほしい、仕事で手間が掛かってもいいから清野を守ってあげたい、仕事以外でも一緒にいたい、できればずっと、それが本音である。
 ん、ちょっと待て、そうか、だとしたら答えは簡単なのか。

 おれがなぜ鈍感と言われたのか、やっと分かった。たしか初恋の相手にもこんな感情を抱いていた気がする。ただ今回の相手が男なので頑なになっていたのか。もうここまで知ってしまっては知らないふりはできない気がした。

(俺は清野を)

 俺には少し難解すぎる気持ちだったので、ヒントをくれた井島田にはお礼を言おう。









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