清野咲也視点

「清野クン」
「ん?」
「なにしてんだよ」

 お昼の時間、井島田の肩で眠る俺に井島田は顔を歪ませながらもんくを言ってきた。たしかに俺の頭が気になるせいか井島田の箸は進んでないし、迷惑をかけているのも重々承知している。だが井島田の肩はなかなか安定感があり、退かす気にはなれなかった。井島田ももんくをたれつつ、諦めたのか弁当を食べ始める。

「なんだよ、ねみぃのか」
「んー、頭いたい」
「はぁ? おい無理すんなよ、頭痛薬あるけど飲むか?」

 と、まあこんな感じで井島田はなぜか、(と言っても理由はだいたいわかっているけど)優しいので甘えたくなるものだった。頭痛薬を飲むほどの痛みではないので首を振ると、井島田はなにも言わず弁当をくちに運ぶ。

「なにか食わないと倒れるぞ、てめぇ」
「いらねー」
「ちっ、あ、ほら、からあげ」
「じゃ、ほしい」

 食べる気すらおきなかったが珍しく井島田が心配そうにみてくるし、久しくからあげを見ていなかったので食欲が出てきた。やっと唸った俺に井島田は嬉しそうに口許を緩め、はい、と口までからあげを運んでくれる。男同士で食べさせてもらうのは、と気が引けたが男の肩を借りている時点で少しおかしいし、井島田の好意だからそのまま食べた。満足げに笑う井島田は美味しいか、と聞いてくる。その笑顔は優しくて、涙腺が壊れそうになった。

「うん、ありがとう」
「ああ。500円な」
「ごひゃっ…高すぎない!?」
「はっ」

 鼻でバカにしながら笑う井島田を見て、やっといつもの井島田になったと思う。たまに出る井島田の優しさはこしょばゆい。意地悪や皮肉を言われるより優しくされた方が良いが、それだと井島田が無理しているようで嫌だった。
 今のようにいつもの井島田は安心する。そんな彼をみて、思ったより弱々しい声がこぼれた。

「井島田は、俺について何も言わないんだな。ありがとう」

 昨日会田さんと揉めてキスされたせいで混乱する。そのあと思わず先輩を叩き逃げ出すという醜態を晒し、さらにはそのあと大泣きしながら井島田に電話した。寝ていた井島田は電話してきた俺を罵倒したが泣いていると気付くと黙り、俺の言い分をひたすら聞いてくれて。朝目覚めて正気に戻ったときにはすっきり半分後悔した。だが、今日会ってみると井島田はいつもと変わらない。それは俺にとってありがたい話だった。そして、一から考えてみれば俺が同性に恋しているということにも何も言わない。それは、お礼を言わなければいけないと思った。俺のしけた顔に、井島田は眉尻をさげる。

「別に、興味ねーだけだし。なんでお礼なんか」
「ふふ、そう言うと思った。それもそうだけどさ、井島田はきっと俺を考えてくれてるだろ。なんか、そういうのって嬉しいじゃん」

 だろ、と言いかけてみれば井島田は興味無さそうにお弁当を食べ進めるが、照れているのが丸分かりだ。笑いながら俺は紅茶を飲むと、井島田が手を止めたのが分かる。

「清野」
「なに?」
「やっぱあの鈍感じゃなきゃ、だめなのかよ。」

 今までにないくらい、真面目な顔をして聞いてくる。井島田がはじめて俺に、興味を持った質問だった。だからこそ、何を思われようと本音をいうべきである。揺れる声を、張るように吐き出した。

「だめだよ。俺はあの人しか、好きになれない。会田さん、だけなんだ」

 不思議と悲しそうな顔をした井島田に胸が苦しくなったが、俺は本音が言えて嬉しくなる。これを本人に、もう一度言えたらどれほど嬉しいか。
(でも会田さんは嫌がらせをするほど、俺を嫌っている)
 キスなんて、きっと突き放す挨拶みたいなものだ。キスする寸前の会田さんはものすごく怒っていて、俺を怯ませたかったのだと思う。そして思い返してみれば、叩いたことを謝らなければならないのだが、あんなことがあった後近付けるはずもなかった。なにより室津さんが怖い。
 考え事はここまでにして、時計を見るとあと5分で午後が始まる時間帯だった。俺と井島田は立ち上がると、先ほどの話はなかったように楽しげに歩く。中庭で食べていたので日差しが強く、やっと陰に入れると思っていると目の前に立ちはだかる影に目を見開いた。

「む、むろっ、むろつさっ」

 室津さんの嫌に優しい作り笑いが俺を遮る。いきなりの室津さんの登場に井島田も少なからずびっくりしていたようで、二人して身構えた。すると井島田がいるからだろうか、室津さんは前会って話したときとは似ても似つかない声で井島田に話しかける。

「井島田くん、ちょっと清野くん借りていいかな」
「…いいですけどもう休憩は終わりですよ」
「課長には許可はもらっているんだ」

 さすが課長のお気に入り、休憩も延びるのか。俺は呆然としていると、井島田は俺を気遣ってかなかなかオフィスに戻ろうとはしなかったが、室津さんの圧しに負けてとうとう戻った。井島田には世話になりすぎてどうも頭があがらない。さて、と室津さんがこちらを見た。

「彼は優秀な友人だな、顔も良い。お前の友達と呼ばれるのが可哀想だ」
「ひぃ、すみません…! 井島田と友達ですみません!」
「いちいち謝るなよ、うざってーな! おっとそれよりお前にもんく言いにきたんだ」

(まだもんくあるの、このひと!)
 会田さんと離しておいてまだ言いたいことがあるらしき室津さんは、さきほど俺と井島田が座っていたベンチに座ると足を組みながらタバコを吸い始める。ここが禁煙だというのに、なぜこんなに平然と吸っていられるのか不思議だが。

「俺はお前に会田がダメになるから離れろと言ったよな」
「は、はい。だからいう通りに離れましたし、会田さんの邪魔はしていません。」

 俺はうそ一つ言っていない。それだというのに室津さんの眉間のシワはどんどん深くなっていき、俺はそれと同時に空気が悪くなっていくように感じた。室津さんはハー、とため息をつきながら煙を吐くとタバコの灰を落とす。

「会田のやつ、もっとダメになりやがった。」

 俺を睨むとらしくない弱気な声で、低くうなりあげた。室津さんの言うことに俺は驚き、大きくこえを上げそうになったが今は俺たち以外は真面目に仕事をしている。本能は飲み込み、聞き返した。

「どういうことですか」
「…会田さ、最近上の空だし俺がふとお前の話題ふると挙動不審だし仕事も全然だめ。お前を構ってたときはたしかにタイムロスはしてたけどしっかりしていたし、やる気もあった。だけどさ今あいつやる気すらねーの」

 あの会田さんが仕事に私情を挟み手を抜くはずがない、と言いたいがはっきり言えない。なぜならば会田さんを避けている間、会田さんを見ていなかったからだ。室津さんが来るまでは毎日、見る機会など溢れていたが、今となっては自分の感情に引け目を感じ見ることはなくなっている。
 だからこそ会田さんの現状がわからなかった。室津さんは会田さんをよく見ている、だからこそ言いたいことは信じたい。だが、俺のせいで会田さんの様子がおかしいとは思えなかった。会田さんはきっと俺のことなど気にしていない、気にしていたのだとしたらキスのことは謝られているだろうし、また構ってくれていたかもしれないのだから。それもこれも俺が告白したせいである。自業自得になにもいえなかった。俺はこれらのことから会田さんの様子がおかしいのは自分のことではないと考える。

「いや、でも会田さんは俺のことなんか…」
「分かるんだよ、俺には。あいつがやる気あんのか、なんでやる気が出てねーのかなんてことくらい! 口答えすんな」
「はっ、はい!」

 室津さんはそう言うとベンチの手掛でタバコの火を消した。俺の言ったことに腹を立てて火を消したのだとしたらベンチに悪いことをしたと思う、さぞかし熱いことだろう。白いベンチが黒くなるのが見えた。
 すると、室津さんが俺のおでこに手をかざした。なにかと思い近寄ると、中指をたてられる。嫌な予感しかせず、後ろに遠退こうとすると室津さんの方が行動が早かった。ぱちん、と良い音がなったとともに、じりじりと痛むおでこの痛み。にじむ目で室津さんをみると室津さんはいった。

「…俺が会田の邪魔してたんだな。」
「室津さん」
「はは、なんでお前みたいなのが会田の支えなのか気にくわねーけどさ、お前すこしくらいは自惚れていいんじゃね。」

 そろそろ戻るか、と室津さんが初めて俺に笑いかける。これは室津さんに人として認められたと考えていいのだろうか。よろよろと室津さんの後ろを歩きながら見上げると見てんじゃねえ、と足を蹴られる。いたいと思いながらも、嬉しくなった。
 室津さんは自惚れていいと言ったが、俺はなかなかできない。なにより、会田さんが俺を好いてるとは思えなかった。俺の一方通行というか、うん、そんな感じである。
 だけどオフィスに戻ったら会田さんを見てみようと思った。なんか、ドジの会田さんって珍しいし可愛い。ふふ、と笑いながら俺は思った。

(やっぱり俺は会田さんが)









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -